おれは、ペンさんについていくことにした。










「ペンさん!」
「・・・・キャスケットか。どうした。」
港へ行くと、ペンさんは船の出港準備をしているところだった。
その姿に、いつもの出航景色がダブる。けれど、ここにはもう他のクルーは居ない。いつまでも残っていたクルー達は、きっとペンさんが有無を言わせず追い返したんだろう。
「おれも・・・乗せて下さい。」
船長の亡骸と海に出てどうするかなんて、分からない。
けれどおれは一緒に居たかった。

「もう、一人になるのは嫌だから。」

ペンさんはややあって、小さく頷いた。












思えば、それがまともなペンさんを見た最期だった。













船は、進む。
二人で出港準備をするには船は大きすぎたけれど、何とか島を出る事が出来た。
おれは自分の部屋に戻り、する事もなく、ただぼーっとベッドに腰掛けている。
操舵などいらなかったから。

「・・・・。」
ゆっくりと部屋を見回す。
忙しすぎて流れていた風景は、改めて見ると想い出ばかりだった。


船長が無造作に貼って行ったポスター。
本人に確認した事はないけれど、これは多分北の海。
それも船長の故郷近くだろうと思う。


グチャグチャにしまってある衣類ケース。
そういえば洗濯物を出せってペンさんに言われてた。


元気の無いサボテンはベポに太陽に当てろって言われたんだっけ。


定期購読してる雑誌は、船長がグラビア頁を見てエロ本だと勘違いしてた。


航海術、勉強してて…分からないところはペンさんに聞きに行ってた。


そういえば、日記。昨日の、つけてない。
おれはおもむろに立ち上がって、低い本棚から日記を引き抜いた。
船長には三日坊主じゃないかって言われた日記。


ねえ、ちゃんと最期までつけますよ。・・・船長。









ペラ、と捲った手は最初の頁で止まる。

これは、クルーになった時に書いた・・・




『死ぬときは、船長を守って―』






バシィッ


おれは日記を床へ叩きつけた。











何が守って、だ!!


見ている事しか出来なかったのに!!


手を伸ばす事さえ、出来なかったのに!!!














「ちくしょう、畜生!!!」
悔しかった。
何もかも。
頭の中は真っ白だ。
まだ事実だなんて思えない。
どうしておれはあの時、あの場所に居た?
どうして船長を安全な場所に居るように言わなかった?
どうして、どうして!!

後悔と怒りだけがおれの中を駆け巡る。




静かにしていれば、甲板からクルー達の声が聞こえるんじゃないかと思う。
クルー達の騒ぐ声。
ベポの楽しそうなはしゃいでる声。
ペンさんの呆れた溜息。
・・・船長の、人をからかう声・・・。



けれど部屋には、ざざ、と海を進む音だけが虚しく響いた。





「畜生・・・・。」















「・・・ペンさん、どうしてるかな…。」

思考を振り払うかのようにおれは一人呟く。
そうしないと、この世界に独り取り残されたように感じてしまうから。

実際、船が動き出してから無言で部屋に入ったからペンさんがどうしてるのか分からない。おれの部屋の方が手前にある。先に部屋へと入ったおれには、ペンさんが自室に入ったのか、船長の身体と一緒に居るのか・・・いや、分かってる。

ペンさんが船長と離れる訳、ないから。




おれは床に叩き付けた日記を一瞥してから、ドアへ目を向けた。
ペンさんに声を、かけるべきだろうか。
そっとしておいて欲しいかもしれない。昨日は副船長として船を纏めるのに、必死だったから。泣いた形跡なんて、あの横顔からは皆無だったから。














けれど、なんだか胸騒ぎがした。




















 →様子を見に行く



 →様子を見に行かない