おれは、ペンさんをそっとしておこうと思った。



だって、おれなんかじゃ。



きっとあの二人の間に入れないから。







叩きつけた日記を、ゆっくりと拾い上げた。
「(書かなきゃ。)」
おれは何故か分からないけど、そう思った。
使い慣れた小さな机に日記を置き広げる。ペンとインクを取って、椅子へ腰掛けた。ギシリと鳴るそれはかなり古くて、船長の私室にある椅子の一つだったものだ。新しく買ってやるよと言われたし、自分で買い換える事も出来たけれど、おれは我侭を言って船長のものを欲しがった。

『しょうがねぇ奴だな。』

そう言って、船長は笑った。
「・・・・・・ぅ、・・・っ。」
部屋にある何もかも、想い出がありすぎる。おさまった筈の涙が溢れてきた。視界が滲んで、パタパタと落ちた雫がノートを濡らす。
構わなかった。
もう、誰も読まないのだから。
「せんちょぅ・・・!」
恥ずかしいから、と、船長に日記を見せなかった。
少し拗ねてたけれど、無理矢理見る気はないと言っていた。
こんな事になるなら。
「ぅ、ううっ・・・・。」
こんな事に、なるなら。

涙は止まらない。
けれど震える手で、おれはノートに文字を綴ってゆく。
昨日の日付。
天候―快晴、のち、嵐。
朝、いつも通り船長を引き摺って食堂に行った事。ベポが船長にサラダを食べさせていた事。おれの"目玉焼きにマヨネーズ"事件。ペンさんが船長のサプリを取り上げた事。
昼、船長に航路の報告をしに行った事。ベポが洗濯物に絡まっていた事。ペンさんが夜中には嵐が来ると言ってた事。船長がシャワー浴びた後、タオル一枚でウロウロしてた事。
夜、まだ海は穏やかだった事。これからだ、とペンさんが準備を確認してた事。ベポと船長が楽しそうに次の島の話をしてた事。おれがその傍で洗濯物を畳んでた事。

夜中。
嵐がやってきた。

手が、止まった。
「―っ・・・・!」














書けない。



書けるはずがない。
























おれは机に突っ伏して、泣いた。
認めたくなかった。
現実だと、思いたくなかった。
逃げていると詰られても、蔑まれてもいい。


ただ、船長が居ない世界なんて。





「意味が、無いんですよ・・・っ・・・」