少しだけ。 少しだけ、様子を見に行ってみよう。 かける言葉なんて、見付からないけれど。 コンコン、 軽く部屋をノックした。 いつもは返事を期待しない船長の私室。返事が無かったら勝手に入って良い、と教えてくれたのはペンさんだ。船長は、寝ていたり、無視したりするときがあるからって。それはまるで、昨日の事のようだった。 そっとドアノブを捻る。 「・・・ペンさん?入りますよ…?」 す、と足を踏み入れると確かに人の気配はした。 そのままベッドへと視線を向ける。 ペンさんは、広いベッドの上で、船長を抱き抱えるようにして座っていた。 船長の身体は、くたりとしてる。 「…あ・・・・。」 これが、穏やかな午後だったらどれだけ良かっただろう。 もうすぐ島がみえるみたいですよ、って言いにきただけなら、どれだけ幸せだろう。 けれどいくら願ったって、船長の心臓が動く事は無かった。 「ペン、さん・・・。」 俯き、船長を抱き締めるペンさんへそっと手を伸ばした。 肩に触れるけれど、返事は無い。 暗にそっとしておけと言われているようだったけれど、ペンさんの声が聞きたかった。 「ペンさん・・・。」 小さく、揺らす。 バシッと、手を弾かれた。 「っ!?」 瞬間、ペンさんの目に映ったのは紛れもない狂気― 「・・・・キャスケットか。」 「あ、はい…。」 ペンさんは、少しだけ眼を見開いておれを見た。その眼にさっきのような色はない。 「・・・・どうした?」 聞いた事の無い、夢現のような声で聞かれておれはたじろいだ。 まさか心配で見に来ましたなんて野暮な事は言えないし、おれ自身、船長の亡骸を見ると涙が零れそうになる。言葉に詰まったおれは、とりあえず会話を繋げないといけないと思った。 「・・・・・・・これから、どうするんですか・・?」 船長の姿を誰にも渡したくなくて、船を出したのであろうペンさんの気持ちは分かる。 けれど、いつまでもこのままの訳にはいかなかった。 おれたちの目の前には、暗闇しか広がっていないけど。 「・・・・これから?」 不思議そうに首を傾げるペンさん。 少し、嫌な予感がした。 「だって、」 「航海を続けるに決まっているだろう?」 ペンさんはおれの言葉を遮って続ける。 「なあ、船長。」 「ぁ・・・。」 「まだ新世界へも行ってないんだぞ。レッドラインには近付いてきているが、まだいくつか島はある。というより、さっき島を出たばかりだろう。どこへ行くも何も・・・まったく、一体どうしたんだ?」 「ぁ、あ・・・。」 おれは息を呑んだ。 「肝心の船長はいつも眠れないと言う癖に、今日は良く寝ているな。」 良い事だが、と呟いて、ペンさんはそっと船長だったものの頭を撫でる。 「起きたら快眠ついでに何か食べてくれないだろうか。」 愛しそうに、額へキスを。 ―ああ、この人は、壊れてしまった。 この人も、おれも、船長が全てだったから。 「ペンさん。」 「どうした?」 滅多に見せない微笑を浮かべ、おれを見上げる。 その漆黒の瞳に光など、ある筈も無かった。 そしてそれは、おれも同じ。 ねえ、ペンさん。 おれが。 会わせてあげますから。 「だからもう、安心して下さい。」 おれは、脇に置かれていた船長の愛刀を手に取った。 → |