「あ〜・・・冗談抜きで腹減った・・・。」 既に足音を立てずに歩く事をしなくなったチェスターは、ぼやきながら木々を掻き分けてテントが張ってある所まで戻っていた。 そんなに奥地に来たつもりはなかったのだが、結構な道のりだったらしい。迷わないように地図を握りながら歩く。 ユミルの森とは違ったこの禍々しい雰囲気がある森は、なるべくなら一人で居たくない。 「ん・・・?」 そんな事を考えながら宿泊地を目指していると、前方からガサガサと、自分と同じように草木を踏みしめる音が聞こえる。チェスターは眉を顰めて、素早く弓を番えた。キリキリと、矢を引く。 ガサガサ・・・ そう、近くはないが遠くもない。 まだ矢を打つには早かった。 「(来い・・・)」 上手くいけば食料になるかもしれないなどという期待を込めながら、チェスターはその獣が姿を現すのを待った。 ガサガサ・・・ だが、チェスターの目の前に現れた物体は、獣などという可愛らしいものではなかった。 「この僕を撃とうなんて、いい度胸じゃない?チェスター。」 「(ラスボスが来た・・・!!!!)」 チェスターの目の前に現れたのは、髪や服に葉を沢山引っ付けて、物凄い形相をしている我らがパーティのリーダー、クレスだった。 笑顔が、引きつっている。 『そろそろお仲間が探しに来る頃じゃありませんか?』 「・・・知るか・・・。」 魔物の問いに、クラースは掠れた声で答えた。 どうすればこの状況から脱出できるか頭の中でシュミレーションし、いくつかの可能性を消していく。 『それにしても貴方、人間の癖に整った顔立ちをしている。』 「・・・。」 『どうです、私達の仲間に入りませんか?―なんて。冗談ですが。』 「・・・。」 頭の中で集中して考えているため、魔物の言葉など一切耳に入ってこなかった。そうでなくとも聞こえない振りをしているだろう内容。顔が整っているだの、綺麗だの、そんな内容の会話はクラースが一番毛嫌いをしているのだ。反応は薄い。 『聞いていますか?』 そんなクラースの態度に少し頭にきたのか、魔物はクラースの首を掴んで持ち上げる。 軽い身体はすぐに吊るされ、何の抵抗も出来ないまま魔物の言いなりになってしまう。 「ぐ・・・っ」 『ふむ。仲間が来た時に貴方が既に殺されていた、というのはつまらない。ですが、このまま待っていても貴方は私の話を聞いてくれませんし、つまらないのですよ。』 何が言いたいのか分からない魔物の言葉に、クラースは耳を傾けた。 先程の攻撃により壁に打ち付けた肩が、悲鳴を上げた。 『よって、』 頭で考え出した魔物の結論が、無慈悲にクラースに伝えられた。 『貴方を犯します。』 「全く危ないなぁチェスターは!その弓折って捨てちゃうよ!?」 クレスが言うと冗談に聞こえない為、性質が悪い。 チェスターはそう思いながらひたすら謝った。 「まさかお前とは思わなかったんだよ!な?許せって!」 手を合わせながらチェスターは心のどこかで「何で俺今こんな事やってんだろう・・・」と少し空しくなっていた。 それでもクレスの機嫌は直らないのか、まだそっぽを向いていた。 「それにしてもクレス。何でこんなところにいんだよ。」 思い出した疑問を投げかけてやる。 まさか自分を探しに来たわけでもあるまいし、第一一緒に居るはずのクラースが居ないのだ。喧嘩でもしたのかと思うが、即座に否定される。 「そうなんだよチェスター!!!クラースさんが大変なんだ!!魔物に捕まってアンナコトやコンナコトー!!」 既に言葉になってない言葉を叫び、ガクガクとチェスターを揺さぶるクレス。チェスターは訳が分からずその言葉を聞いていたが、内容を理解すると同時にクレスの手を引き離した。 「んだよそれ!ダンナに何があったんだ!?」 「話してる暇はない。」 「(うわぁ超偉そう・・・。)」 チェスターもクラースの事を大事に想っている人の一人だ。 クレスは自分の所為でクラースが危険な目にあっている事を伝えたくなくて、チェスターに背を向け再び森の中へ駆け出した。 「待てよクレス!」 折角ゆっくりと気を使いながら歩いてきた道なのに、クレスと遭遇してしまった事で晩御飯が遠のき、魔物が近づいたとチェスターは毒づいた。そして自分もクレスの言った内容が気になり後を追う羽目になることも、十分理解していたという。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 『おや、聴力は良くないんですか?私は貴方を犯す、そう言ったんですが。』 聞き間違いだろうと思い聞き直したクラースに、衝撃的内容が伝えられる。同時に薄い望みも消し去られた。 「な、何を!!」 慌ててあらん限りの力で身を捩るクラースの身体に、魔物の手が伸びる。 『魔物は、皆快楽主義なんですよ。雄も雌も関係ない。気持ち良ければそれでいい。子供が生まれても関係ない。我々魔物は生まれた時から世話してくれる『親』なんて存在ありませんから。』 魔物の構造社会を聞かされながら、クラースは頭が混乱した。 そんな事をされるくらいならば、半殺しのほうがどんなに良いかと思うが、無駄な願いだろう。 『なに、貴方は綺麗だ。そうそう傷付けはしませんよ・・・。』 言いながらその異形の魔物は木に縛り付けられたクラースの顎に手をかけ、ついと上にあげる。 「・・・っ!」 クラースは思わず息を呑んだ。 同時に、魔物の鋭い爪によって上半身に身に着けていた服が一気に上から下へと切り裂かれた。布の裂ける音が、クラースの耳にやけにリアルに入っていった。 左上から右下へと切り裂かれた服は成す術がないまま、重力に従って地面へ舞う。 「(いちかばちか・・・)」 クラースは己の鳴子と文様が傷ついていない事を確認し、すっと息を吸い込んだ。 『くくくっ・・。久しぶりに美味しそうな獲物だ!』 魔物はそんなクラースに気が付いていないのか下品な笑いを口元に浮かべ、口から覗く牙を舌で舐め上げた。 「我、盟約に従い、この儀式を司りし者。来たれ癒しと流れを司るものよ・・・」 クラースは出来るだけ小声で、口の中で呟くような詠唱を始めた。こういう時はミスティシンボルが大変役に立つ。それなりの値段が張るが、買っておいて良かったな、等と言う事を頭の隅でチラリと考えた。 魔物のザラザラした舌がクラースの身体を這いずり回る。思わず声が出そうになるのを懸命に堪えた。ここで失敗しては元も子もない。 「・・・っ我に秘術を授けよ!風の精霊・シルフっ!」 『!!?』 クラースが詠唱を終えると、クラースの身体をゆっくりと堪能していた魔物の体が宙に浮き、かまいたちが魔物の身体を包む。鋭い空気に次々に切り刻まれていく魔物の体から緑色の体液が迸った。 『ぐぅぅ・・・!』 クラースを食べる事に意識がいっていたからか、シルフでも結構なダメージを与える事が出来た。 しかし、やはり頭脳が発達している魔物なだけはある。 自らの羽を犠牲に風に割り込ませて、かまいたちを消し去った。 『くそっ・・貴様!今すぐ殺してや―・・・』 「〜・・・万物の創造者。世界を照らす者・・・」 『な、なんだと!!?』 シルフを召喚してから息をつく暇もなく再び召喚をし始めたクラースは、早口に詠唱をする。 そこまで気が回っておらず術士一人では何も出来ないと思っていた魔物は、シルフがちょっとした時間稼ぎだった事に気が付いて勢い良くクラースに襲い掛かった。 と、そこへ背後から草木の掻き分けられる音がする。 「クラースさん!!大丈夫ですか!?」 「旦那!」 出てきたのは、息が上がっているクレスとチェスター。何気に喧嘩した痕のような怪我が見られる。 『くそっ!こんな時に仲間か!!』 その時、クラースにそのまま襲い掛かるか、背後に来た人間の仲間に爪を立てるか、一瞬でも迷った魔物の負けだった。集中していてクレスとチェスターが来た事に気が付かなかったクラースは、無慈悲にも現時点最強召喚術のオリジンを放ったのだ。 「契約の指輪の名の下に、我に秘術を授けよ!オリジン!!」 刹那。 召喚されたオリジンによって、雷に似た轟音と共にその一帯が無に還った。 next→ 2007.10.1 改 水方葎 |