「な・・・。・・・来てたのか?お前達!」

強い衝撃と共に身体が宙を浮き、木の幹に押し付けられる。
その後暫くたってからクレスの耳にクラースの声が聞こえた。
「クラースさん…。」
粉塵が喉に痞えて声が掠れているが、その名を呼ぶとクラースは不意に顔を逸らした。
「・・・・チェスターも。大丈夫か??」
「あぁ。いきなり吹っ飛ばされるとは思わなかったけどな。」
クレスとの喧嘩や吹き飛ばされた衝撃で付いた傷を苦い顔で見ながらチェスターはクラースの問いに答えた。何故こんな事になっているのかと問い返そうとしたが、それよりも今は魔物の生存状態のほうが気になる。
「不可抗力だ。仕方ないだろう。」
「へいへい。死んだ?あいつ。」
「オリジンが確認しているところだ。」
苦い顔で言うクラースに生死を問い、返ってきた返事の内容にチェスターと共にクレスが視線を奥へやると、金髪の精霊が武器で(クラースを襲っていたと思われる)ツンツンと突付いていたところだった。その確認の仕方はどうかと思うと思いながらもクレスは木の葉や土を払いながら立ち上がる。
土煙はおさまり、異形の形が視界に入る。それは地面にへばりついている炭としか思えない形だが、焼け焦げたような異臭から生き物だと言う事が辛うじて分かる。
『ぐ・・・ググ・・・。』
灰の癖に虫の息か、と思いクレスが腰の剣を手に取るが、真横に立っていたオリジンがソレを踏み付け、息絶えた。
「主よ。死んだぞ。」
「有難うオリジン。」
振り返って事も無げに言うオリジンにクラースが礼を言うと、主人を守り役目を果たした彼は一つ欠伸をして3人の視界からあっという間に消えてしまった。途端にクラースの足元に浮かび上がっていた円陣の文様が大地に溶け込むようにふわりと消える。

「ダンナ、大丈夫か?怪我は?」
ぼうっと見送っていたクレスだったが、チェスターの一言で我に帰る。
一人その空間に置いてきぼりにされた感じのクレスは、チェスターがクラースの容態を伺っているのを見ずに、俯いた。
「大丈夫だ。掠り傷みたいなものだから。」
「そか。何だったら後でミントに治してもらえよ?」
どちらが年長者か分からないような言葉をかけられたクラースは、小さく笑ってふとクレスを見た。

「(鬼・・・!!?)」

俯いて何かに耐える様はまるで鬼のような般若のような毒々しいオーラを放っている。無自覚なのか、クレスにはクラースがこちらを見ていることなど分からずに、どうクラースに接して良いか考えていた。
その毒々しい不気味なオーラを感じ取ったチェスターは、小さく息を呑んで、わざと大きめの声で言い放った。
「あー・・・じゃあ俺先に皆のトコに帰ってるな。二人ともゆっくり帰ってこいよ。特にダンナは怪我してんだし。な!?」
「お前だって(何故か知らんが)怪我してるだろう。」
半ば強制的にクラースをその場に残したまま帰ろうとするチェスターにクラースは引き止めるような目で見て突っ込むが、チェスターも命は惜しいとこれまた目で訴える。今この場は二人っきりにさせなければならない事を本能で察知していたのだ。
遠くで鳥がか細く鳴き、それを合図にしたようにチェスターは木々の間に姿を消した。
「(チェスターの奴・・・)」
きちんとクレスと話をつけなければならないのは分かっているのだが、何故か居心地が悪い空間にクラースは眉を寄せる。
小さくなっていく木々を掻き分ける音と共に訪れるのは静寂。
未だクレスは口を開こうとはしなかった。

「・・・クレス?」
自分は何も悪い事はしていないのだと己を正当化し、クレスに話しかけるが返事は得られない。
「クレス。」
二度目。
「クレス。」
三度目。
そして再び静寂。
風が柔らかく二人を包み去っていくが、クレスの気配は決して柔らかいものにはならなかった。
どうしたものかと、少し離れたところに居る金髪の少年にはばれないように溜息を吐くクラース。するとクレスが小さな声でポツリと呟いた。まるで、そう、下手をしたら風に攫われそうな程に小さな声。
「クラースさん。もっと、呼んで下さい。貴方がここに居る事を確かめさせて。」
そして、大地を踏みしめながらクラースの傍に歩み寄り優しくその身体を抱き締めるクレス。
「クレス・・・。」
「・・・ごめんなさい、僕がついていればこんなことにはならなかった。貴方といつか離れなければならない現実に一人で焦って一人で怒って、貴方に八つ当たりをして。最低だ。その上迷子にさせて貴方が傷ついて・・・。」
耳元で一気に喋るクレスをクラースは唯聞いていた。何を言うわけでもなく耳を傾け、その懺悔とも取れる台詞を聞いていた。
己の浅はかな行動や考えに小さく肩を震わせるクレスに、クラースは安心させようと背中を撫でる。時折あやす様にぽんぽん、と叩いてやればクレスの口から堪え切れなかった言葉が漏れた。

「貴方を失いたくない・・・。」

それは、常日頃からクレスがクラースに放っている言葉だったが、耳元で囁かれた今日は重みが違った。ズシリとクラースの中に入り込んでくるその文字列はクラースを通り越してクレス自身を縛っているかのように見えた。

「それでも・・・いつかは別れが来る。」

『いつか』なんてものじゃなく近い将来、別れが来る事は二人が良く分かっていた事だった。クレスとだけでなく、クラースは他の4人とも別れなければならないのだ。辛いのは自分よりもクラースの方だと分かっているクレスなのだが、頭で理解するのと心で理解するのとは別物だ。

「・・・・・ねぇ、クラースさん。」
「ん?」
「いつか、別れなきゃいけないんですよね。」
「そう、だな。」
「なら・・・今は一緒に居てもいいんですよね。」
許されるんですよね?
そう、聞こえたクレスの言葉の本心。
「あぁ。」
ダオスを倒して、平和な世界が作れるまでは。
「じゃあ、傍に居て下さい。離れないで下さい。いつも僕と一緒に居て下さい。」
どうしようもない別れ。
「それまでは、一緒に居て下さい。皆が居ようが居まいが関係ない。僕と貴方が一緒に居られる時間は限られてるんだ。だから、その時間を減らすようなことはしないで下さい・・・。」
それがせめてもの願いです。とクレスはクラースの顔を見て微笑む。
「・・・努力する。」
皆が居ようが居まいが、のところで少し渋ったが、それでも告げられた言葉にクレスは満足そうに頷いた。

「さて、戻るか。夕飯の時間も大分すぎてしまった。」
「アーチェが煩そうですしね。」
「もう食べているかもしれんな。」
「有り得る・・・。」
クレスの気持ちも落ち着いて、二人は同時に歩き出した。
炭となった魔物を踏みつける事を忘れないクレス。自分が居ない間にクラースが襲われた事に対する自己嫌悪は止まる事が無かったが、クラースの「煩い」という一言で終わってしまった。
その魔物の所為で怪我をしたクラースには先ほどミックスグミを食べてもらったから大丈夫だろう。破けた服は後で繕う事にすると言うクラースに、クレスは自ら裁縫を名乗り出たのだった。
やっと帰り道を進みだした二人。空は大分暗くなっていた。怪鳥がギャアギャア鳴き喚いていたが、心穏やかな気持ちになっているクレスは不気味だとか思わなかった。隣を歩いているクラースの細い腕をギュ、と掴む。
「何だ。怖いのか?」
「嬉しいんです。」
「鳥の鳴き声が?」
「そうじゃなくて・・・」
どうしてこの人はここまで疎いのだろうかと頭を悩ませながら、クレスは「貴方と居られる事が」と言い放つ。するとクラースはそうか、とそっけない返事を送りながら爆弾を投下した。
「私も…今この瞬間に、お前と居られる事が嬉しいよ。」

「―クラースさん!今の本当ですか!!?」
「うっ煩い!ほら、早く歩け!!」
嬉しさで一気に舞い上がったクレスはその言葉を噛み締めるようにしっかりとした足取りで山道を歩いた。



「私だってお前の事を・・・特別に思っているんだ、・・・・・・クレス。」
口を動かしただけのように呟いたその声は風に攫われてクレスの耳に届く事は無かった。



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2007.10.1 改   水方葎