「ねぇ〜!ヤらせてよぉ〜!!」
「駄目だっ!」
「いいじゃんか〜!」
「絶っ対に駄目だ!」
「死ぬ訳じゃないんだからさっ!教えてもらって上手くなったんだよ!?」
「それでも、だ。」
「ふーんだ!!ケチー!!」



*食卓事情*



「どうしたんですか?」
本日のキャンプの準備をしていたクレスが、揉めているクラースとアーチェの傍に寄ってきた。
テントは張り終わったのだろう、中でミントが荷物を片付けているのがチラリと見える。
「どうしたもこうしたも。アーチェが料理をさせてくれと五月蝿いんだ。」
「クレスだって私の料理食べたいよね?!」
困って料理が作れない、と言いたそうなクラース。
クレスは詰め寄るアーチェに向き合うものの、何て声を掛けたらいいのか分からないでいる。
「アーチェ・・・あ、あのさ。」
クラースと1対1で話している時には決して出ない慌てている様子。やはり女の子に面と向かって『不味いから食べたくない』とは言えないのだろう。
「けっ。誰もテメーの料理なんか食いたくねぇんだよ!」
どう言っていいのか分からない2人に降ってきた声は、惜しげもなく悪口を声に出す。
『近くに川があります』というすずの案内で水汲みに行っていたチェスターが戻ってきたのだ。
「只今帰りました。」
少し遅れてすずも声をかけながらその姿を現す。
「何よ!誰もあんたなんかに聞いてないわよーっだ!行こっすずちゃん!」
舌を出してむくれるアーチェ。そしてすずの手を引いてテントの方に走って行ってしまった。
「チェスター、少し言いすぎじゃないのか?」
「でもダンナが困ってただろ?」
『イイコ仮面』を被ってチェスターに言うクレスに、チェスターは何でもなさ気にそう言った。
「まぁ・・・多少言いすぎかも知れんが、アーチェにはあのくらいが丁度いいのかもな。」
言って調理を再開する。
「ほーらな!」
「だが、きちんと謝っておくんだぞ。」
勝ったと言いたそうなチェスターの笑顔に、今度はクレスとチェスターの喧嘩が始まったら面倒なので釘を刺すクラースだった。
「・・・へーい。」
言われると180度変わって不機嫌顔になり、森の奥に姿を消した。ご飯が出来るまで秘密(皆にはバレバレになっているが)の特訓をするのが彼の日課なのだ。そして余ったクレスは、調理しているクラースの手伝いをしたり剣を研いでいるの日課になっている。
勿論ミントが料理当番の時は見回りに行ったりして、結局はクラースの傍を離れないのだが。
「クラースさん、何か手伝う事はありませんか?」
「うーん・・・。そうだなぁ・・・。」
いつものクレスの申し出に、少し考えるクラース。その手が止まらないところは流石、といったところか。
「あっ・・・そういえばさっき、シナモンの樹があったな。」
「しなもん、ですか?」
「あぁ。無くても支障はないが、あれば良い味になるからな。・・・採って来れるか?」
「樹をですか?そりゃクラースさんの為なら何でも出来ますけど。」
「馬鹿、丸々一本な訳無いだろう。」
はぁ、と溜息をついてクラースは鍋を掻き混ぜていた手を止めた。
「しょうがない。ちょっと行ってくるから鍋を見ておいてくれるか?」
「えぇ!嫌ですよ!僕も一緒に行きます!」
クレスにお玉を渡そうとすると、拒否の態度を示すクレス。代わりに自分の隣に置いてあった剣を取る。
「第一ここらの魔物はまだ戦い慣れていませんし、一人じゃ危ないじゃないですか!」
「チェスターはどうなるんだ、チェスターは。」
「チェスターは一人でも大丈夫ですけど、クラースさんは一人じゃ詠唱してる間とても危険じゃないですか。」
クレスが言い出したら聞かないのは、良く知っているクラース。クレスの言う事も正論なので、二度目の溜息をついて鍋の火を消した。
「ったく、しょうがないな。まぁ、あとはシナモンを入れて煮るだけだから、少しくらい席を外しても構わんだろう。」
鍋にフタをして、武器である本を手に取るクラースだった。



「ねぇねぇ聞いてよミント!チェスターの奴がアタシの料理食べれないって言うのよ!?」
すずの手をひいて怒りながらテントに入ってきたアーチェにミントは苦笑して振り返った。
「そうですね・・・ですが今日はクラースさんの当番ですし・・・。」
「そーなのよ!クラースの料理美味しいからイイんだけどさー。でも、アタシだって料理作って皆に『美味しい』って言われたいじゃん?」
「アーチェさん…。」
怒っていたアーチェの顔がみるみるうちにショボンとした顔になり、ミントは励まそうとアーチェの傍に寄る。
「誰だって得手不得手はありますよ。」
「うん・・・だけどさ・・・なーんかやっぱ、チェスターの『お前の料理は不味い!』って言う言葉がグサッとくるじゃん、乙女として。」
声真似をいれつつも心が傷付くと喚くアーチェ。
「ならば特訓しかありませんね。」
「「特訓??」」
それまで黙っていたすずが、口を挟んだ。
と、同時にテントの外からクレスの声。
「3人ともー。ちょっと僕達材料採りに行ってくるけど、大丈夫ー??」
以前クレスが女性陣のテントに行った時、いきなり扉を開けてしまって着替えに遭遇し「超スケベ大魔王」の汚名をとりそうになったのは記憶に新しい。きっと学習したのだろう。
「はい、問題ありません。」
テキパキと答えるすずに、クレスが安心して「行ってきます」と言い残して行った。
「ねぇねぇすずちゃん、特訓って??」
クレスの気配が消えたのを確認し、アーチェが改めてすずに問う。
「料理の特訓です。忍者でも最初から術を行使すれば失敗します。修行をして、特訓を重ねて、それで初めて術が使えるようになるのです。」
「そっか!じゃあ、あたしも料理特訓すればいいんだね!」
「はい。」
暗に『誰でも最初から上手いはずがない』と言うすず。アーチェはヤル気を出して立ち上がるが、すぐに浮かない顔をする。流石パーティ一表情豊かなハーフエルフ。見ていて飽きないというのはこのことだろう。
今度はどうしたのかと、ミントが声を掛ける。
「今からあたしが特訓したってさ、もう遅いじゃん。ダオス倒し終わっちゃうよ!」
一応自分の料理熟練度が上がるのが遅いのは自覚しているらしいアーチェ。
「それなら、私達が現代に帰った時にご馳走していただければ・・・」
「ヤだぁー!そんなの、クラースやすずちゃん居ないもん!『今』がイイのー!」
駄々を捏ねるアーチェに、困る二人。そこへ、再び何かを思いついたすずが提案をした。
「それならば、『真似る』というのも立派な修行になります。」
「マネ・・・?」
「味を盗む。それからどんどん自分の味をだしていけばいい事だってあります。」
「ほぇ〜・・・成る程!分かったよすずちゃんっ!」
言うが否やアーチェは元気良く外に飛び出して行ってしまった。
「あっ、アーチェさん・・・。」
何をやらかすか心配であり、不安なすずとミントはただその背を見送った。



「どの辺りですか?」
「確かもう少し東の方だったと思ったんだが・・・。」
緑の良い匂いがする木々を掻き分け、2人は先程通った道を通っていた。
「ねぇクラースさん。」
「ん・・・?」
もう少しあっちだったか、こっちだったか、と記憶の糸を手繰っているクラースの返事は上の空だった。
そしてそれに漬け込むクレス。
「2人っきりですね。」
「ん・・・。」
この樹は違うな・・・、等とぶつぶつ呟くクラース。
「静かですよね。」
「ん・・・。」
「ね、クラースさん。」
「んー?」
「質問しても、イイですか?」
「ん・・・。」
「僕の事愛してますか?」
「ん・・・。・・・・・・・っ!?」
返事をした後でクラースがやっと我に返ったらしく、勢い良くクレスを振り返った。が、その勢いでバランスを崩し、こけそうになってしまう。
「ぅわっ!」
「全く何やってるんですか?クラースさん。」
そんなクラースの手を引っ張って抱き締めるように受け止めるクレス。ポス、と小気味良い音がした。
一瞬の静寂の後、クラースがクレスの腕の中でもがきながら怒鳴る。
「お前の所為だろう!?」
キャンキャン吠え立てる犬みたいだ、と内心思ったのは口に出さず(出したらもっと五月蝿い)クレスは苦笑して、そのまま抱き締める腕に力を込める。
「クレス!」
「誰も見てませんから大丈夫です。」
「アホか、離せ!」
「嫌です。」
「おい!」
「離しません。」
「ちょっもう・・早く冗談抜きで離せ!」
「絶対に・・・離しません。」
「・・・・・・・クレス・・?」
焦って腕を振りほどこうとしていたクラースは、クレスの様子がおかしいのに気付いてその動きを止める。
「何かあったのか・・?」
数秒の静寂の後、クラースが遠慮がちにクレスを見上げる。
そんなクラースを見て、クレスは寂しそうに少し笑ってみせるだけで、何も言おうとしない。
「クレス。」
「・・・。」
尚も沈黙を破ろうとしないクレス。
日が沈みかけ、そろそろ戻らないと夕食の時間が過ぎてしまう。どうしたものか、とクラースは内心困り、溜息をついていた。
「クレス。言わないと分からないだろう。」
柔らかく諭してみるものの、通用しないのは分かっていた。
「嫌だ・・・。」
が、珍しく声に応じるクレス。
多少驚きつつもクラースはそれに乗じて質問を畳み掛ける事にした。
「何が嫌なんだ?」
「・・・。」
「何か気に入らないコトでもあったのか?」
「日に日に、減ってく・・・。」
「減る?」
「貴方に、触れる時間が・・・。」
あぁ、分かった。
この時の剣を手に入れた最強に等しい男は、自分に触れない事がとても不安らしい。
「それだけじゃない・・・。」
まるでクラースの心の内を読んだかのようなクレスの声に、クラースは一瞬ドキリとする。
「このままダオスを倒せば、貴方と離れなきゃならない・・・。その時間が、どんどん近づいてる。なのに、触れられる時間は反比例して減っていくんだ・・・。」
確かに最近は氷の剣だの炎の弓だの、そして契約の指輪を手に入れてオリジンとの契約だの・・・とても忙しく、更に前のような余裕はなくて二人きりで話す時間すら減っていた。話す時間が減るというのは即ち触れ合える時間も減るというもの。クレスはそれが嫌で仕方なかったのだ。
「・・・無くなる訳じゃない。」
「それでも!」
それでも、と繰り返す。宥める為に呟いた声は逆にクレスを刺激してしまったようだ。

「・・・・・・・いつか・・・いつかなくなるじゃないですか・・・。」

か細い声。
「そんな事言ったって仕方がないだろう!?」
いつの間にか自分の帽子を取っていたクレスに噛み付くように言うクラース。
自分でもそんな事は分かっているし、幸せに終わる関係だとも思っていない。それなのに、独り不安になっているクレスが何となく腹立たしかったのだ。
だがそんな事口が裂けても言えないし、言うつもりも無い。自分はクレスより大人で、冷静に判断して動かなければならない。それなのに今回は、力任せに言葉が口から出てしまう。
「ダオスを倒さなくてもイイと言うのか!?」
キツク睨んで言い、帽子を取り返してクレスの体を手で押して無理矢理離れる。
「そんな事ない!」
「だったらもう少し考えて・・・」
「それでも貴方と離れるのは嫌なんだ!」
激しい言葉の攻防が続き、いつまでもいじけるクレスにクラースは身を翻しながら言い放った。
「もうゴメンだよ、私は。」
_私だって、離れたい筈がないのに。
素直に出せない言葉を飲み込むクラース。
その淡灰の瞳は正反対に『付いて来るな』と言っているようで、クレスはクラースの後を追う事が出来なかった。
ただクラースの地を踏む音だけが、クレスの耳に入っていく。
風が、頬を撫でた。




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2007.10.1 改   水方葎