* 喫茶店事情 5 *




















「ん・・・。」


「オイ、終わったぞ。」
ファイの目に再び街灯や月の光が射した時、黒鋼が横に座っていた。
今二人が居る場所は心臓の音を確かめ、脈拍等を測った後に黒鋼が移動させたのだ。先程戦った階段を上に昇った大通りのとある一角なのだが、起きたばかりで記憶が曖昧なファイにはそれすらも良く分かっていない。ましてや黒鋼が自分を抱き上げて移動させた事なんて、知る由も無いだろう。
「・・・あれー・・・、黒りん…?」
いつも通りの呼び声に安堵しつつも、そんな表情を見せないように黒鋼は立ち上がった。ファイが黒鋼を見上げるが、色々な世の光りの所為で逆光になってしまう。何とか顔を見ようと目を細めるファイだったが、無駄と悟ったのか、暫くして穏やかに目を閉じた。
「俺、鬼児と戦っててー。」
「お前、武器を碌に持ってない癖に、危険な時間帯に外に出るんじゃねぇ。」
「あ、酷いー。黒ぷー達を探しに出ただけだよー。ちょっとしたら帰るつもりだったんだから。」
やっと状況が飲み込めてきたのか、背中の壁を伝いながらファイも立ち上がろうとする。
やだな、と言って手をヒラヒラさせる姿にどうしようもない誰かへの憤りを感じて黒鋼はファイを睨みつけた。
「ちょっとしたら帰る?さっきも言ったが、お前には武器が無ぇんだぞ!」
「うん。分かってるよ?」
「そんな中、外に出たらどうなるか位分かるだろ!」
「黒っち。」
「あぁ!?」


「何、苛々してるの??」


普段の黒鋼ならば流すであろうファイのその台詞に黒鋼はぐっと詰まる。何かを言おうと口が開くが、何も言えずにそのまま閉じる。まるで言葉だけを心の中に置いてきたかのように。
ふとファイの顔を見ると、その綺麗さに吸い込まれそうな位の藍と目が合った。
「それにしても、やっぱり凄いね、黒様は。あれだけの鬼児をやっつけちゃって。」
目が合った途端逸らされる話に何故か黒鋼は苛ついた。
それはここ数日、ファイが喫茶店をやる事でストレスが増していた所為もあるのだろうか。
「・・・。」
「・・・。」
それ以後会話が続かなくなってお互い黙り込む。
風が二人の距離を強調するかのように強く吹き抜けて、遠く彼の地へ去ってゆく。
「俺は、お前が好きだ。」
その風に逆らうようにファイの耳に届く声。誰にも文句を言わせないと言わんばかりの力強さは風に逆らうには十分すぎた。
「お前はどうか分からねぇが、俺は独占欲も強いんだと思う。」
「・・・。」


「俺から逃げるな。」


ファイが最も苦手としていた黒鋼の、その刺すような視線は今、とても暖かいものにかわりつつあった。
冷たい氷の瞳を溶かす炎。見詰め合った目はお互いどちらから外すでもなく、ずっとそうしていた。それでも暖かさに耐え切れなくなったファイが視線をそらして俯くが、黒鋼がファイの目の前に座り顎を持ち上げる。
「逃げるなっつったばっかだろ。」
「・・・うんー。ごめんね。」
でも、黒ぴっぴが捕まえてくれるから
逃げても逃げても、追って、追って、捕まえられる。捕まえてくれる。
そう言って笑うファイに、黒鋼は「当たり前だ」と一言呟いて立ち上がった。「冗談言うな」とか、「誰がお前なんか」と言われても、そんな言葉を掛けられるとは思っていなかったファイはついきょとんとした顔で黒鋼を仰ぎ見る。
「帰るぞ。腹減ってんだ。」
不器用に言葉をかけて歩き出す黒鋼を背にファイは複雑な気持ちで立ち上がる。それは嬉しさや切なさや、温かさ等の感情がごちゃ混ぜになっていて。自分の考えを見通しているかのような黒鋼のその発言はファイの心に染み入った。
「(ダメだよ黒わん。また・・・勘違いしちゃうじゃない。)」
それとも、黒鋼の自分に対する思いは、唯の優しいそれではないというのだろうか?
しかし頭の中を巡るフワフワした感覚に思考と足を取られ、それ以上考える事も歩き出す事も出来なかった。
そこで再びファイの視界は暗転する。
「優しいと、勘違い…する、から・・・。」
風に逆らう黒鋼の言葉とは正反対に、ファイの言葉は風に身を任せた。






ゆらゆら、ゆらゆら


ゆらゆら、ゆらゆら



「黒むー・・・。」
「起きたのかよ。っつーかあんだけのブランデーで酔ってりゃ世話無ぇな。」
「ごめんねー・・・。」
帰り道を、二つの影が歩く。
黒鋼は背中にファイをおんぶして、文字通り帰路を急いだ。
酔っている奴を揺らすのはどうかと考えたが、こんな大通りで抱き上げれば何を噂されるか分かったものじゃない。仕方なく背負うことにした黒鋼は溜息をついて軽い金髪を抱え直す。
「揺れるけど、吐くなよ。」
「うん、ごめん・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
耳に痛い静寂に包まれて、二人言葉を失くす。
あれだけ多かった人や車も随分とまばらになっていて、結構な時間がかかった事を二人に知らせていた。
「・・・・・俺は、他人の事はどうでもいい。」
「・・・うん。」
「誰が何をしようが関係ねぇし、関わる気もねぇ。―知世の命令だったら別だけどよ。」
「・・・うん。」
「・・・・・・・・・・・それに、お前は俺が一番嫌いなタイプだ。」
「・・・ごめんね。」
同じような時間帯、クローバーへ行く途中に鬼児に出くわしてファイに言ったのは記憶に新しい。けれど裏を返せば、一番嫌いというのは「一番気になる」という事でもある。
他人の事はどうでもいいと言う黒鋼が唯一自分から干渉したい、否、してやると思い込ませる人物。
それがファイなのだ。
「俺はお前が思ってる程優しい奴じゃねぇ。好きなように好きな事をする奴だ。」
「・・・。」
「だから、俺が好きでお前と一緒に居るんだよ。それを何勝手に自虐的になってんだ。」
「ごめん・・・。」
「謝るくらいなら勘違いするな。俺が自主的に気にかけてんのは、テメェだけだからな。だから、」
「ごめん。黒んた。書き置きの絵・・・おっきいにゃんこの髭、描いて無いや・・・むにゃ。ごめんにゃ・・・・・。」

「って、今までの全部寝言かよ!!!





はぁ、と一人突っ込むのも虚しくなって再び歩き出す黒鋼。
聞いていないのならコレ幸いに、と、黒鋼は聞き取れるか聞き取れないか程の音量で呟いた。
「心配するな。何があっても離れてやらねぇ。」



独占欲が、強いのだから。



求めても求めても足りない。



求めて、求められて、初めてそこがスタートになる。



求めることを恐れないで欲しい。



もっと内面的なものを、求めて欲しい。




黒鋼は、ファイ自身と、『ソレ』を求める。



















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何書きたいのか分からなくなってきt・・


071001 水方 葎