* 喫茶店事情 4 *




















「・・・っと、とと・・・。」
ふらふらになりながら間を空けたのは良かったものの、適当に走っていたら道が分からなくなってしまった。
辺りに人影は無いし、鬼児はまだ自分を狙って追ってきている。
「しつこいなぁ。俺食べても美味しくないし、闇に帰ってくれればいいのに。」
橋があったところから曲がって、川沿いに走って、小道に逃げて、意識がふわふわする頭で走って。
後ろを振り返ると、人外な速さで自分に追いつく鬼児達にファイは愚痴を漏らした。
鬼児達は反応するでもなく唯ひたすらにファイを襲い続けた。いい加減逃げ疲れて、持っていたダーツも飛び道具(遊具かもしれないが)だけあってもう手元には無い。ポケットにしまってある短剣で攻撃しながら隙をついて逃げるしかないかと考えるが、今の自分にそれだけの集中力があるだろうかと自問する。
何処かの道に続くのだろう、少しカーブしながら上がる階段の前まで来たファイはそれを昇らず立ち止まってナイフを手に取った。
「出来れば戦いたくないんだけどー。」
言葉が通じないので言っても無駄ということは十分分かっているつもりだ。それでも話しかけずにいられない。
目の前まで集まってきた鬼児達は甲高い、喉が擦れるような音を出しながら次々と鋭い爪を繰り出す。構える暇も無いファイは、へにゃっと笑ってそれらをかわすのだが、数体向かっている鬼児全部を相手に出来そうも無い。
「(どうしようかなぁ・・・。)」
まるで人事だ。
手摺に移動したり街灯に上ったりして攻撃をかわすファイも限界にきていた。
攻撃を入れようにも数が多い。
それに頭がふらふらして足元がおぼつかない。
「(なんだかイイキモチー・・・。)」
そして数分逃げ回った後、ファイは再び手前へ着地した。
ずっと逃げていたら鬼児狩りの誰かが気付いてくれるかな、と淡い期待を抱きながら再び自分に向けられた光線を横に避けようと地面を踏む。しかし、足に力が入らない。
「・・・!」
そのまま横に倒れるように階段に手を付くファイ。足がもつれて階段から転げ落ちる。2〜3段上がったところだったから良かったものの、一番上から落ちていたら怪我になっていただろう。
そのまま動けないファイに追い討ちをかけるように鬼児の一匹が目から出す光線を標的物に向けようとした。咄嗟に持っていたナイフを投げつけてなんとか回避するものの、他の鬼児が手負いの人間を見逃す筈が無い。酒の所為で酔いが回り立ち上がれないで居るファイに鬼児の爪は容赦なく振り下ろされた。
「っつ!」
首を分断させんとする攻撃になんとか起き上がって免れるが、右肩を掠り赤い血が飛ぶ。出血を押さえて立ち上がろうとするが、後ろに居た鬼児が我も我もと言わんばかりにファイに光線を向けた。鋭い光りと共にファイの命を奪おうとするそれを、一つ目は後ろに飛び上がって踊り場の手摺に着地して逃れるが、続いて打たれた光線に捕まってしまう。
轟音と共に壁に打ち付けられたファイは重力に遵って力無く踊り場に倒れ込んだ。
同時にファイの視界と意識も暗転した。






「あいつ、何処行ったんだよ・・・。」
息を切らすわけでもなく、それでも走り続けていた黒鋼は途方に暮れながらも焦りを含んだ声で呟いた。
シャオランと修行していた川まで逆戻りをしてみたものの、金髪でひょろい姿は影も形も無い。仕方なく辺りを捜索してみたものの姿は捉えることが出来ずまるで空気のようだと眉を寄せる。闇色に染まっている川は流れを早くしていて、穏やかとは程遠い。何か不吉なものを感じて黒鋼は再び走り出した。
「くそ!」
悪態をつきながら適当に荒れた川沿いを走って居ると、随分古い橋の手前で2人の鬼児狩りの姿が見えた。もしかしたら何か知っているかもしれないと声をかけようとしたところで、黒尽くめの二人は黒鋼を見るや否や逆に声を掛けてきた。
「なぁあんた、鬼児見なかったか?」
「鬼児ぃ?」
「ここら辺で反応があったんだけどよ、消えたみたいで。」
いきなりの質問に、そういう事かと納得して10m程ある距離を縮めようと近付いた。気配が無いというか、無に近い鬼児のそれを掴むのに慣れていない黒鋼は、まだ反応を感じ取ることは余り無い。だから今はまだ視覚に頼るしかないのだ。
「見てねぇな。」
「そか、有難な。」
「いや。・・・それより、金髪でひょろい奴見なかったか?」
「金髪でひょろいの?何じゃそら。」
「見てねぇか。」
「あぁ。探してるのか?見つけたら黒い奴が探してたって言っとくぜ。」
「お前らだって黒いだろ!」
「煩いなぁ。」
「煩いねぇ。」
軽いテンポの会話を済ます。
お互い見つけたいモノが見付けられず溜息を零すが、こんな事をしている暇も無いと早急に分かれた。双子のような二人組みは黒鋼がやってきた方へ、そして黒鋼は橋の向こう側へ。無闇に歩いても仕方が無い事は分かっているのだが、情報が無いのでしょうがない。
兎に角、余り気は進まないが人から情報を仕入れようと黒鋼は大通りに出た。大通りなら鬼児狩りを中心にまだ人は出歩いているし、もしかしたら目撃情報があるかもしれない。無かったら小道を歩いているという事になるだろう。
黒鋼の予想通り、大通りには人が沢山歩いていた。
最近では鬼児狩りではないものも襲われるという事なので、街の人も迂闊に小道を歩こうとしないのだろう。現に黒鋼が歩いてきた小さく細い道は人一人歩いていなかったのに、大通りに出るとコレでもかと言うほど明るいし賑わっている。微妙な時間帯の所為か、お酒の匂いも様々な場所から香ってきた。それに仏頂面な顔を更に歪めながら黒鋼は少し歩く。
灯火が落ちる事の無い街灯が道を照らしてゆく。人の声や音楽、雑音、車の騒音。それら全てを享受しながら帰り道とは逆の方向へ歩いて行くと、見た事のある人物の後姿が目に入った。
「クローバーのバーテンダー?」
ファイの衣装と似たような服と、健康的に焼けた肌と髪の色。名前は、そう、確かカルディナとか言ったか。
記憶を掘り起こすと、そういえば阪神共和国みたいな話し方をする女だった気がする事を思い出す。
あいつならファイと出会っていたらどっちに行ったかまで教えてくれるだろうと踏んで、黒鋼は呼び止めようと声をかけようとした。
「・・・・。」
しかしそれよりも空気に異変を感じた黒鋼は、ふと違和感がした方向へ顔を向けた。
別に禍々しいとか、異様な空気だとか、そういうのではない。唯単に違和感が有り、そこだけ夜の闇が引き裂かれたかのような、居るべきでないモノが居るような、そんな違和感だ。初めて感じるソレに黒鋼がどうしようか迷っていると続いて小さい地鳴りがした。
「鬼児だ!!」
自分の他に鬼児狩りが居なさそうなその大通りで一般人の誰かがそう叫ぶ。しかしそれより早く、黒鋼は違和感を感じた方向へと駆け出していた。




「!!・・・オイ!!」


やっと、見つけた、細い体は。


「―チッ!」


狭い路地へ入る、下り階段の踊り場で




動かぬ人形のようにくたりと横たわっていた。






舌打ち一つしてファイのところへ一気に駆け寄る。
前や横は鬼児だらけで、振り下ろされた何本かの爪を剣で受け止めて弾き返す。光った目に感付いて、ファイを抱き起こしてその場を退くと、予想通り光線が飛んできた。
抱き起こした身体は体温が低いから冷たいのか、それとも・・・。
それは、確認する暇も無い黒鋼にとって一番重要な情報だった。


一刻も早く。


駆けつけた他の鬼児狩りは、出る幕が無かったと言う。何人足りとも踏み込ませない、そんな領域があったと口に出す。
その位黒鋼の剣技は凄かった。
振り下ろす剣の中、2度3度姿かたちを変える鬼児が居たのだが、それもお構いなしに唯ひたすら目の前の黒い影を切り倒した。
光線が自分に向けられたと感じると、万が一でもファイに当たらないように移動して鬼児に止めを刺し、鋭い爪がファイを狙う事の無いように腕を切り落とすのを最優先にした。
「(コイツは、俺が守るべき存在じゃない。)」
頭に血が上った筈の脳が、やけに冷静だ。
そんな中自分で言い切った答えを反復し、「知世姫」の名を出して固定させる。動くはずの無い言葉をしっかりと固定させる。
「(だが、)」


自分と正反対で
考え方から価値観まで全て違う
この旅の目的まで正反対ときたものだ


それでも、そんな彼を、ずっと見続けていたいと思う。
「(愛しいと、思う。)」
身体を許したからと言って、心を許した訳ではない。黒鋼もそれは同じだ。
けれど、それでも、愛しい。



「一緒に居てぇんだよ。」


黒鋼が呟いた時、最後の一匹と思われる鬼児が闇の道に伏した。

















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黒鋼はファイの保護者も兼ねてる気がする。
保護者っつーか、精神面で支える事が出来る方?
格好悪く格好良く助けに入れたかしら(何)
一緒に居たい=守るべき人 とはちょっと違うんですよ。


071001 水方 葎