ペンさんの声だった。









「ペン、さん…?」
おれは上体を起こす。
・・・どこからが、夢だったんだろう。頭がガンガンする。
「え、っと…。」

もしかして、全部夢だった、とか?
船長が死んだとか、
ハートの海賊団が解散したとか、
ベポが旅立ったとか、
ペンさんが・・・


そこまで考えたおれに、嘔吐感が襲う。
思わず、う、と口元を押さえた。


引き千切られる、"船長だったモノ"
グチャリ、と口に押し込む姿。
立ち込める血と肉の臭い。
ナイフで薄い肉を抉り出して―



「ぁ、
あぅ"・・・っ・・・」
おれは口に手を当てたまま、必死に嘔吐感をやり過ごす。
「キャスケット?」
「ひっ!!?」

ふと顔を覗き込んだペンさんに、おれは思わず上体を仰け反らせる。
完全に頭が混乱してた。
どこからが夢で、今自分は何処に居るのか。
そもそも此処は何処なのか。
おれは一体、どうしてベッドに。
「随分魘されていたな。水要るか?」
「ぁ、あ、」
前にも似たような事が、あった。
あの時は船長が居て、ベポが居て、勿論ペンさんも。
おれは打ち合わせ中に寝ちゃって、悪い夢見て、恐慌状態になって。
その時もペンさんが水を差し出してくれたんだ。
「・・・・だいじょうぶ、です・・・。」
背を向けたペンさんに、おれは呟くように答えた。
2〜3回深呼吸して落ち着くと、ようやく周りの景色が視界に入る。
簡単なベッドに、よくあるサイドテーブル。部屋自体は広くない、というより船のおれの部屋と大差無い感じだ。窓から差し込む日は明るくて、今が夜じゃないことを知らせてくれる。少し冷たくて清清しい空気に、朝かもしれないな、と思った。
遠くに海の音は聞こえるけど、此処は海の上じゃないらしい。
窓の外は土と森が見えるし、揺れもない。
「あの、此処は・・?」
そろそろと、ペンさんの背中に声をかける。


船長を、食べて、その血に染まった、人へ。


くるりと振り返ったペンさんに、血の跡なんて一滴も、なかった。
「覚えてないのか?」
「え?」

やっぱり、おれが見てたのは、夢だった?
ハートの海賊団は解散なんてしてなくて、新しい島にきて。
おれは・・・えーと、とりあえず何かあって、気を失ってたとか?


























「 甲 板 で 気 を 失 っ た だ ろ う 、 お 前 。」




そうであってほしい、というおれの願いは脆くも崩れ去った。



















「・・・・・・・っ・・・。」
息を呑むおれに、ペンさんは淡々と続ける。
「風に操舵を任せていたら、この島に辿り着いたんだ。」
ペンさんの話によると、気を失ったおれは3日間眠っていたらしい。
その間にペンさんは、船を、焼き沈めたそうだ。
想い出も、必要最低限の荷物以外、何もかも。
この島は小さな島で、海軍も海賊も滅多に寄りつかないらしい。
だからペンさんとおれは注目の的になってるけど、街にはおれたちみたいに海賊やってた人もいるみたいで、親切にしてくれてる・・・という話だ。
この空き家も好きに使ってくれて構わないと言われてな、と静かにペンさんは言った。
「そう、だったんですか・・・。」
状況は理解できてきた。
鈍痛が消えないこめかみを押さえて、ベッドから出ようとする。得体の知れない不安がおれに付き纏っていて、一時も早く自分の足で地面に立ちたくて仕方が無かった。
「まだ寝ていたほうがいい。体力も大分落ちているだろうしな。」
けれどそれはペンさんにやんわりと止められる。
少し躊躇った後、ベッドに戻ったおれはふとした違和感に気付く。そういえばペンさん、私服だ。見た事が無い訳じゃないけど、見慣れてないのは間違いない。真っ白なTシャツ…あんなの持ってたかな、とぼーっと考えていたら、椅子にかけていた上着を羽織りながらペンさんがおれの方へ振り向いた。
「近くに医者が住んでいてな。一応診て貰った方がいいだろう。呼んでくる。」
「え、あ、はい・・・。」

船長を、その口に入れた筈なのに。

なのに普段通り過ぎるペンさんが。

どうしようもなく、おれに余所余所しい態度を取らせた。




本当に・・・ペンさんが、船長を?




疑いたかった。
疑っていたかった。
この状況の、何もかもを。
けれどおれは問い質す勇気も無く、ただベッドに潜ってシーツを握り震えてる。
聞けない、聞きたくない。



ふと、部屋から出て行こうとするペンが妙な物を持っているのに気付く。
・・・・瓶?
「ペンさん・・・ソレ、何ですか?」
背中越しに振り返ったペンさんは、これか?と言って持っている瓶を少し揺らしておれに見せた。船長がお気に入りだった薬瓶に似ているなあ、と思った瞬間だった。





中に入っている、灰色の粉の正体に気付いたのは。



























「残り、だ。」

































愛しそうに中身を見つめるペンさんに、





おれの頭の中は、真っ白になった。