そして数ヶ月が過ぎた。











「今日にでも来るんじゃないですか?」
朝食の後、珈琲を飲み干したキャスケットがそわそわとおれに尋ねる。
ベポから貰った手紙によれば、確かに今日あたりこの島に来てもおかしくはない。
「そうだな。」
頷くと、キャスケットは待ちわびたと言わんばかりの喜色満面で席を立つ。
「あ〜も〜、早く来ないかなあ〜!」
まるで子供のようなそのはしゃぎぶりに、やれやれと溜息を吐く。楽しみなのはおれも同じだが、あまり態度に出すのも憚られる。心臓の音を鎮めるために飲んだ珈琲もあまり役に立ってくれないようだ。
「ペンさん、今日仕事ありませんよね?」
「ああ。」
おれたちが居着いた島には小さいながらも街があって、森があって、長閑で良い島だった。たまに立ち入ってくる海賊や、森から出てくる大きな獲物、漁師を困らせている海王類の子供などを退治して生計を立てているのだが、仕事の評判は上々だ。不安定になるだろうと思っていた生活も意外と潤っているので、こうして仕事があったり無かったりな日々を過ごしている。

それも今日で終わりだ。

「あ!!ねえ、ペンさん、あの船!ベポじゃない!?」
海沿いにある窓から外を見ていたキャスケットが声を上げる。同時に立ち上がって窓へ寄る姿に、どうも落ち着きが無なと苦笑した。
「やっぱりベポだよ、ペンさん!!」
窓の外へ大きく乗り出し手を振るキャスケット。
おれも立ち上がり、ゆっくりと窓へ近付いた。
海に揺られて港へ向かってゆく定期船には、見間違う筈もない白熊が此方へ大きく手を振っていた。もう片方の手には何かを握り締めている。この場所からではよく見えないが、それは約束した物に違いないだろう。
「いこう、ペンさん!早く!」
バタバタと玄関から外に飛び出したキャスケット。
おれも早足でそれに続く。
外に出るとなだらかな坂道が街の方へと伸びている。まっすぐ下れば、すぐに港へ出る筈だ。パタンと閉じた家には鍵なんてかける必要は無く、さっき使っていた珈琲カップも、皿も、洗濯物も、読みかけの雑誌も、そのままだ。

何もかも、もう必要無い。

おれたちには、着慣れたこのツナギと。

それぞれに馴染んだ帽子があれば良い。




おれたちは雑草が生えた道を下ってゆく。
「キャスケット。」
「え?」
数歩先に歩いていたキャスケットが、おれの言葉に振り返る。
おれは懐から薬瓶を取り出した。
「丁度今日で最期みたいだ。」
残りの量は少なく、大きめの薬瓶には不似合いだった。目の前で中身を少し揺らすと、キャスケットは破顔した。
「ベポの奴、タイミング良いなあ!」
「全くだ。」
そう言いながら片手を差し出すキャスケットへ、薬瓶の蓋を開けて残っている半分を掌へサラサラと流す。僅かな量のそれを零さないように口の中へ入れたキャスケットは、再び機嫌良く坂を下り始めて行った。
おれはその背を見詰めた後、冬独特の澄んだ青空へ、そっと薬瓶を翳す。




「遅くなってすまなかったな、船長。」



独り言のように、おれは自分自身へと語りかけた。


ふ、と口元が自然と綻ぶ。


そうしておれは、残った瓶の中身を全て口の中へと流し込んだ。
























「 い ま か ら 、 み ん な で い く か ら 。 」






















先に合流したキャスケットとベポが、おれに向かって手を振っていた。

















独白のような、その小唄  END