* Mission! 2 * 〜ペンギンの休憩〜 書類に走らせていたペンを止め、おれは窓の外へと目を向けた。 変わらずの曇天だが、嵐は完全に抜けたようだ。不安定な海域に居る所為で昨日から気が抜けず、船のあちこちへと目を配らなければならない。それに加えて敵船や海王類への警戒も怠れないので雑務は増すばかりだ。周囲への警戒というのは、こういう時だからこそ強めねばならない。 外の天候が昨夜よりも回復しているのを確認して、少しばかり安心する。 このまま順調にいけば夕方までにはこの海域を出る事が出来るだろう。 「・・・船長は・・・。」 ふと、独り言が漏れてしまう。 キャスケットとベポに船長の世話を任せたのは2時間ほど前だが、どうなっているだろうか。 確かベポは午前中見張りだから、今頃何か策を練っているだろう。 とすると、今はキャスケットが何かしら進言…していると良いのだが。 「少し様子を見に行くか。」 止めた手はそのままペンを下ろし、立ち上がる。 きっと船長は私室に居るだろう。こんな天候だ、甲板をふらついていて何かの拍子に海に投げ出されてはかなわない。 ・・・いや、悪天候でも平気で出歩いているが、うちの船長は。 自室の扉を開け、すぐ隣の船長の私室の扉をノックする。 コンコン、コンコン。 気配はあるが反応が無い。 起きているならば面倒でも、ぼーっとしていても、なんらかのリアクションがある筈だ。まさかまだ寝ている訳じゃないだろうな、と思いながらノブを回すが、嫌な予感ほど的中するというものだ。 そう、部屋はカーテンが引かれたまま薄暗い。 「・・・・。」 キャスケットは何をやっているんだ。 思いながら眉を顰める。 アイツの場合、根が優しいから眠っている船長を見て「寝かせてあげよう」という考えになるのは容易に想像がつく。 想像はつく、が・・・ ・・・これはどうなんだ。 ベッドまで進むと、その上には二つの影。 勿論片方は船長。もう片方は、・・・起こしに来た筈であろう、キャスケット。 「・・・・。」 思わず溜息を吐いてしまう。 「おい。船長、起きてくれ。」 ミイラ取りがミイラになったキャスケットは放置しておき、まずは元凶である船長を起こしにかかる。温度の低い肩を揺するが、キャスケットの腰に手を回し、その腹部に顔を埋める船長はピクリとも動かない。視界の端に映る薬の小瓶やカプセルや錠剤からは良い予感がせず、おれの眉間の皺は更に深くなる。 「船長。」 回している腕は簡単に外れ、グイ、と無理に仰向けにさせた。 その目は開いているものの光を映してはいない。 ただ、虚空を眺めている。 またか、と思った。 普段は眠れない己の体質に見切りをつけて暇を潰したりする船長だが、たまに意地になって寝ようとする時がある。その方法は様々で、後に引かない程度に身体を酷使したり、ベポに羊を数えさせたり(ただしベポが先に寝る)、それから強力な薬を複数使用したりする。 だが飲み合わせも何も考えず睡眠薬を口に放り込む今回のようなケースが一番厄介だ。 きっと、睡眠よりも意識の方が先にトんでしまったのだろう。 「ハルシオン、サイレース、・・・この瓶は、アルコールか?」 ベッドの上に転がる薬瓶と一つの酒瓶。掌にすっぽり収まるサイズで、アルコール臭も薄いがこれは確かに酒瓶だ。 いくつもある薬瓶に記されている小さな文字をそれぞれ読み上げるが、医学には全く精通していないのでどんな薬かは分からない。・・・が、薬とアルコールを一緒に摂っても良くないこと位は知っている。 「船長。」 もう一度呼びかけ、そっと頬に手をあてる。 瞼を閉じるように撫でると、小さく身動ぎした。 「ぅ・・・・んぁ、」 と同時に、キャスケットもようやく起き出した。 「・・・・んんー・・、・・・ん・・。・・・あれ?おれ・・・。」 幸せそうな顔でもう一度眠りの世界へ入ろうとしたキャスケットが、バチリと目を開けた。 そして文字通り飛び起きる。 「え、ペンさん!!?うわ、おれ何やってんだ!?」 「本当にな。」 「ギャー!!すんません!!!」 キャスケットが起き上がる為に、おれは船長へ伸ばしていた手を引っ込める。 寝癖を戻しつつ、キャスケットはあたふたと立ち上がり状況説明を始めた。 既にこの状況になるまでの検討などついているのだが、とりあえずキャスケットなりの弁明を聞いてやる事にする。 「えっとですねこれはその、べべべ別に変な意味じゃなくって!起こしに来たら捕まっちゃって、いや違う船長の様子がおかしくて!いやおかしいのはいつもですけどもっと変っていうか意識が!!」 「落ち着け。」 ・・・どうやら時間の無駄だったようだ。 寝起きで頭が混乱しているのか、今の状況に混乱しているのかはさておき、おれは「状況は分かってる」とだけ告げて船長を起こしにかかる。キャスケットの居た場所が空いた分、行動に移りやすくなったからだ。 仰向けのままぼーっと目を開けている船長の真上へ乗り上げ、少し乾燥している唇へ口付けを落とす。 キャスケットが居るが、今更なので構わないだろう。気配を探れば案の定、慌てて背を向けているようだ。 啄ばむように軽く2〜3度、それから口内へと舌を進める。 仄かなアルコールの味に思わず顔を顰めるが、今何を言っても無駄だと悟り行為を続ける事にした。とりあえず、コチラに引き戻すのが先決だ。 そういえばこの手段が一番有効なのだと気付いたのは、いつ頃だっただろう。そんな事を思いながら、ぴく、と反応する舌を突付き、舐め上げる。息が抜けるような声が近くに聞こえ、少しばかりの満足感を得る。そのまま角度や深さを変え、アルコールを共有するように口を貪っていると、背中に僅かな衝撃を感じた。 「・・・う、ぜぇ。」 「起きたか。」 「、きてる、っ・・・・の」 声が掠れて上手く出ていないが、悪態だけは忘れていないようだ。 とりあえず出来る限り優しく唇を舐め、顔を離す。その行為に機嫌を直したのか、目を細めて笑う船長に安堵した。 戻ってきたのだ。 背中を向けつつも様子を窺っていたのだろうキャスケットが、思い出したように口を開いた。 「あ、おれ、水持ってきます!!」 きっとおれに先程の事を言及されるとでも思ったのだろう。 ・・・まあ、それは今夜にでも伸ばしてやるか。 出て行ったキャスケットを見送り再度船長へ視線を戻すと、些か眠そうにベッドの空いた場所を見つめていた。 「・・・ああ、キャスケットの奴、居たのか。」 「分かってたんじゃないのか?」 「あぁ。」 その返事は、どちらともとれる。 だが、敢えて問い返しはしなかった。 「あまり薬は使わないでくれ。」 「アルコール使ったら流石にトんだな。」 酔ったのかもしんねぇけど、と呟きながら首をコキリと鳴らす船長に、本日何度目かの溜息が出る。 全く、食事を取ったかどうかの確認に来ただけなのに寝起きじゃ何も出来ないだろう。船長を起こす仕事は頻繁にある訳ではないが(何せ朝になると既に起きている…というより浅い睡眠しかとっていないだろう事のほうが多い)、まだキャスケットに起こしに行かせるのは無理だったかと考える。 まあ、今回のケースが稀であることは確かだが。 「そろそろ仕事に戻るが、いい加減食事を、」 グラッ 食事について口を開いた瞬間、船が大きく揺れる。 外の天候は安定しつつあるとはいえ、油断できない。何かあったのかと思わず廊下の方へ顔を向けると、遠くからおれを呼ぶ声が聞こえてきた。あれは舵を任せていた奴の内の一人か。 声の調子からいって大事ではないにしろ、手助けが必要なのだろう。 「―あぁ、戻れよ。」 ニヤリ、と船長が顎で廊下をさすのを視線で咎める。 ・・・肝心の部分が全然言えてない。 しかしのんびりしている訳にもいかず、おれは廊下へと駆け出した。 「夕方までに何か食べておかないと無理にでも突っ込むぞ、船長!」 そう、言い残して。 Law vs Penguin …draw! →next 「キャプテン、何なら食べてくれるかな〜?」 ペンギン、頭痛の種と愛しい気持ちは尽きず。 2009.05.30 水方 葎 |