* Mission! 1 * 〜キャスケットの場合〜 「うーん・・・」 おれは悩んでいた。 ペンさんの命令に元気良く返事したまでは良かったけれど、実は何も方法が無い。 「正攻法でいってもムダだし、かといって頭を使っても船長に敵う訳ないし。」 考える前から諦め腰になっている自分に思わず溜息をついてしまう。 おれってこんなに弱い男だっけ? 「考えてても仕方ない、行動あるのみ…かな。」 ベポは昼過ぎまで見張りの番があるから、午前中に行動できるのはおれしかいない。そう思うと気が引き締まってくるというもの。使命感、と言ったら大袈裟かもしれないけど。甲板であれやこれや考えていたおれは、とりあえず船長を起こさない事にはどうにもならないと思い、まずは船長の私室へ向かうことにする。 階段を上がり、細い廊下の先にある船長室の扉をノックした。 コンコン、と、軽い音が廊下に響く。 「船長?まだ寝てますよね、入りますよ。」 今の船とは違うけど、昔、返事が無いから30分近く扉をノックし続けていた事がある。ペンさんが「返事が無けりゃ勝手に入っていいぞ」と教えてくれなければ1時間はノックし続けていたことだろう。・・・今となってはいい思い出だ。 そんな過去を思い出しながらノブを回し、部屋へ入る。予想通りカーテンは閉められたままで、中は薄暗い。遮光カーテンにするから余計に朝の光が入らないんだと思うけど、睡眠が浅く朝方にようやく眠り始める船長には良いのかもしれない。人としては駄目だけど。 「船長、寝かせてあげたいですけど、起きてください。」 ああ、我ながら矛盾した事を言ってるな、という自覚はあった。 「船長ー。朝、つーか朝と昼の真ん中ですよー。」 この薄暗さでは夜と言ってしまっても差し支え無さそうだ。その方が驚いて起きるかも、と思ったけれど、即座に有り得ないなと思い直した。夜と聞いて驚く神経を持っていれば、当の昔に普通の人のような生活を送っているはずだ。 結局何を言っても無駄なんだ。強硬手段は百倍返しの恐れがあるけれど、そうも言っていられない。 おれは船長のベッドまで歩き、船長を覆っている羽毛布団をわしっと掴んだ。 あれ?この中に居るよな? 思いながら、グイッと引っぺがす。 「船長、いい加減に起き、・・・・って、」 居ることには、居た。 「・・・・・・・・。」 「・・・・・せ、船長?」 おれは思わず目を瞬いた。 胎児型にゆるく丸まっていた船長は、ぼうっと目を開けている。 けれどその瞳に光は無く、顔は無表情だ。 「船長!」 おまけに手元には、いくつもの小瓶と、散らばったカプセルや錠剤。 おれは一気に血の気が引いた。 「船長、おれが分かりますか?船長!」 「・・・・・。」 ガバ、とベッドに片膝を乗り上げて船長の薄い身体を揺する。 とろんとした目は反応を返さない。 嫌な汗が出る。 「船長!あぁあどうしようペンさん呼んできた方が・・・!」 「・・・・、・・」 その時、微かに船長の口が動いた気がした。 「だ、大丈夫ですか!?」 「ぅ、ん・・・・。」 ゆっくりと、瞬きを繰り返す。猛ダッシュで水を持ってくるべきか、このまま此処に居た方が良いか悩む。 やはり水分は取ったほうが、いやでもこんな状態の船長を一人にするのは、とグルグル考えていると不意に左腕を掴まれた。その力は随分弱弱しい。 「せ、船長?」 「・・・・・・・ぃ、・・・」 「え?」 その瞬間。 体がガクッと傾いた。 「!?」 今まであんな状態だったとは思えないほどの力で掴んだ腕を引かれ、おれは支えていたバランスを崩して船長の上へ倒れ込んだ。うわ、とかひゃ、とか、兎に角情けない声を上げて圧し掛かってしまう。 「すすすすいません!って、ちょ、離して下さい!」 ぐい、と引かれた左腕の所為で退くことが出来ない。 おれの体重で船長が潰れてしまわないか心配になった。 「・・・・むぃ・・・・」 「え?」 何事かを呟いた船長は、おれの腕を引っ張っていた力を緩めて、それから、おれの胸元へ頭を埋めた。まるでむずがる子供のように。 え・・・・。ええ!? 「船長・・・?」 そっと移動して体勢を整えようとするけど、きっと船長はそれを望んでない。 とりあえず意識はあるし、最悪の事態でもなさそうだという事実にほっとした。 水は持ってこれそうにないけど、仕方ない。 「・・・・どうしよっかな…。」 眠そうだし、と思ったところで気がついた。 『・・・・むぃ・・』 ・・・・・・・・・もしかして、眠い? そうか、さっき船長は眠いって言ったのか。 今になって解けた疑問に、おれは余計頭を抱えるハメになる。 起こすか、このまま寝かせるか。寝かせた場合、確実に昼過ぎまでは寝たままだろう。それはそれで良い、睡眠不足が少しでも解消されるなら喜んで協力する。けれど、昼過ぎまで寝たら今夜眠れなくなって確実に夜通し起きる事になるだろうし、おれの使命も達成できない。元々達成できるかどうか微妙な使命だったけど。 うんうん唸って考えていると、未だ夢の中に落ちていなかったのか船長がおれの腰にぎゅっとしがみついてきた。 ・・・おれの中の天秤が「寝かせる」選択肢へ傾いた瞬間だった。 「船長・・・。」 身動ぎしてその顔を覗き込めば、寝ていると思った人は先程と同じくとろんと目を開けたままどこか遠くを見ていた。 ヤバい、これ絶対ヤバいって!!!何か色んな意味で!! 「船長!起きるか寝るかハッキリして下さい!!」 いつからこんな調子なんだ!?結局昨日の夜も眠れてないって事!? 「ありえねぇええ!」 おれの今日下された命令は、「船長に何が何でもきちんとした食事を食べさせる事」の筈なのに! なんでこの人は朝っぱらからこんなに波乱万丈なの!? しかも何この状況、ちょっと色っぽいかも・・・って落ち着いて、おれ。 本当落ち着いて。 朝からこういう事考えるのは良くない。 けれど心ここに在らずの船長は、おれの葛藤を知ってか知らずかしがみつく手を離そうとしない。眠ろうとしても眠れないから体がスイッチを切ってる状態なのか、それともただ単にぼーっとしているだけなのか。そもそもこの散らばった薬は何だろう…良くない予感は、する。 どにらにしろ、食事がどうこういうレベルではない。 そうしておれは溜息をついて、行儀悪くその場で靴を脱いだ。 「・・・・・10分、だけですよ。」 ベッドの上に転がる小瓶をコロコロと退かし、おれは船長に抱き締められたまま大人しくベッドへ横になった。 途端、きゅ、としがみつく力が強くなる。 薄く開いた口や光を映さないけれど澄んでいる目、惚けている表情とかが、おれの中の何かを駆り立てようとしてるけど。 おれはその場で小さく深呼吸して、やり過ごす。 そう、こういう時は意識を他にやればいいんだ。 別のことを考えよう。落ち着け、おれ。 今の内にどうやって何を食べさせるか考えておこうと思いながら、おれの意識はいつの間にか闇の中へと沈んでいった。 胸元で、船長が小さく笑う気配がした。 Winner,Law! →next 「ああ、もうすぐ昼飯の時間か。船長は何か食べただろうか?」 キャスケット、地獄へのカウントダウン開始。 2009.05.26 水方 葎 |