* 長い髪 *



「・・・長いな。」

唐突にクラースが漏らした言葉を、オリジンは逃さなかった。
「何がだ?」
今、この状況で「何が」と聞くのは無粋な気がしたが、敢えて問う。
「勿論、お前の髪の話だ。」


今精霊の王・オリジンは主であるクラースに髪を梳かれていた。


別に梳かなくても絡まらないようなオリジンの髪だったが、皆が街へ買い物へ行ってしまい暇を持て余していたクラース。そう、結果的にオリジンは主の玩具になってしまったのである。・・・流石に女子供では無いのでリボンやゴムと云った装飾品は用意されなかったのが、唯一の救いだろうか。髪を梳くだけならばと、オリジンも温かい一時を笑顔で許した。また一つ、主と触れ合える機会が作れるのだから。

サラサラと流れるような髪を一房手に取り、マジマジと見つめるクラース。その様子に何だか気恥ずかしいものを感じたオリジンは主に「前を向いていろ」と命令されたにも関わらず、後ろを振り向いた。すると、丁度顔を上げたクラースと目が合う。
その顔は整った眉が寄せられていて。
どうやら振り返った事に対するお咎めは無いようだと判断するオリジン。

「オリジンよ。聞きたい事があるのだが。」

「シャンプーは何を使っているかとかは聞いてくれるな、主よ。」

「う。」

そもそも精霊なのだから、シャンプー等使う必要が無いのだから。
それでも思わず聞きたくなったのだろうか、クラースは先を越されてぐっと言葉に詰まる。

「じゃあ、」

「切らなくていいのか、とかも聞いてくれるなよ。」

「・・・。」

そもそも精霊なのだから、髪が成長して伸びる筈が無い。
それでもやはりクラースは聞きたくなったのだろう。今度は言葉に詰まる声も出なかった。


寒々しく無言になった部屋に、開け放たれた窓から優しい風が吹き込み、オリジンの腰程まである髪を優雅に靡かせていた。

次はどんな質問をしてやろうかと頭を巡らすクラースに、オリジンは座っていた椅子から立ち上がる。部屋の中でも中々手放そうとしない帽子をそうっと外し、銀糸を束ねているゴムを解く。途端にオリジンにも負けないような細くてサラサラした髪が細い肩に広がった。

「・・・オリジン。」

その行動を咎めもせずにされるがままになっていたクラースは、意味も無くオリジンの名を呼んだ。
或いはこの先に続くオリジンの行動を読んでいたのかもしれない。

「・・・・・主よ。」

「・・・なんだ?」



「主の髪も、結構伸びた。」



そう言ってオリジンは、クラースを後ろから抱き締めて、伸びた髪に優しくキスをした。









人間は、成長する。



2007.10.1 改    水方葎