私は、この世界が出来てからずっと独りだった





世界が創造され、文明が発達しては滅び、発達しては滅びを繰り返している。愚かな人間共は何度も過ちを繰り返していくだけだった。昔はエルフとも関係を持っていたのに、自らの所為でエルフからも拒絶され、中途半端な存在とされてしまった掛け合わせのハーフエルフは両方から受け入れてもらえずに居る。

ダオスが現れたのは、そんなときだった。マナを消費し続ける人間に終止符を打とうとするダオス。それは奴も自分の目的の為、つまりはエゴだったのだが、私には少し好都合だったのかもしれない。

愚かな人間共を、もう見飽きていたから。



その日も私はいつものように、石盤に座って暇潰しをしていた。
石盤は私が私としてこの世に存在したときからあるもので、まるでコレ自身が私なんだとでも言わんばかりに、私はここから動けなかった。動けずとも意識を傾ければ世界の状態を知る事が出来たので不自由はしないし、また、この聖域から出て人間が住んでいる所へ出る事など考えもしなかった。

「こちらがオリジンが宿ると言われている石盤です。」
一人のエルフが木々の道からひょっこりと現れ、その後を人間が現れた。このエルフは知っている。最近集落の長になったとか言う奴だ。名前など覚えるに値しなかったが、その容姿だけは見間違える事など無い筈だ。
誰かが聖域に入ってきたのは感じていたが、どうせエルフが獲物を狩りに来ていたものだと思っていた私は少々驚いた。この長い道のりを来る人間なんてそう居やしないし、ともすれば何か大切な用事でもあるのだろうか。これで何もしないで帰っていくほうがおかしいだろう。
久々に生で見る人間に興味が無かったと言えば嘘になる。
私は木々の葉や泥を払って一息つく人間達を値踏みするように視界に入れた。
「クラースさん、大丈夫ですか?」
この年若い青年がリーダーなのだろうか。何だか意思の強そうな瞳が今までの苦労と、精神的強さを物語っている。金髪に付いた枯葉を払いながら後ろの方へ声を掛けると、声を掛けられた人物が木々を掻き分けてようやく3人の所まで辿り着いてきた。
が、

カラン

私の何かが一気にざわめいた。
初め、その心地良い響き渡るような鳴子の音に、かと思った。けれど、それだけじゃない。

鳴子
身体に刻み込まれたその紋様
それから、容姿
・・・・声。

「あぁ。後ろから魔物は来ていないようだ。」
クラースと呼ばれた男が完全に姿を見せたとき、私は動けなくなっていた。
もう一人の少女の事も目に入らない。
初めてだった。
こんな感覚。
けれど、どこか懐かしい。精霊の私が言うのは可笑しいが、私の中の知らない何かがソレらを懐かしいと感じていたのだ。

「じゃあ、始めましょう。」
エルフの声にハッとなる。
石盤の上に足を組んで座っていた事すら忘れていた私は慌てて態勢を整える。
そのエルフは壊れた指輪を石盤の前へ置き、少し後ずさって言う。
「万物の根源オリジンよ、我は今、壊れし契約の指環の修復を願う。」
いつからだろう。
私の存在を感じ取った人々は姿を見せた事も無いのに此処に私が居る事を信じ、物質の再生を図りに来る事がある。確かに私は此処にいるのだし、物質の再生など訳も無い。実際暇だったので再生に力を貸したし、森の守護に尽力しているエルフの頼みならばと思っていた。
今回もそうだった。人間が関わっているのが気に喰わないのだが、エルフが協力しているのならば少しは力を貸してやっても良いかもしれない。それに、何よりあの男が気になって仕方が無い。そう思って契約の指輪を宙に浮かせた。

力を注ぎ込んでいるが、浮かんでくるのはあの男の事ばかり
あの男は何者なのだろうか
こんなにも私に印象付ける人間が、過去居た事があるだろうか・・・いや、無い。
こんな感情は初めてだ

「(・・・そろそろだな。)」
無残にも割れている指輪の両方に力を注ぎ、繋ぎ合わせても大丈夫だろうと踏んで実行する。
バシッと強く光が跳ねた瞬間、男と、目が合った気がした。
「・・・!」
唯それだけの事なのに。人間には私の姿が見える筈無いのに。
私は今のこの一瞬に何を期待したのだろう。
何を心躍らせたのだろう。


そうして指輪の修復は、終わった。



「(契約の指輪、と言う事は召喚士なのか…)」
この聖域で一時休息を取る事にした3人。エルフの方は流石身軽な種族と言ったところか、先に帰ってしまった。
石盤から少し離れたところに居る3人・・・特にあの男を見ながら考えに耽る。
既にマスクウェルとの契約を終えているらしいクラースという男は、人間ながらよくやっているほうだろう。最もその召喚術を何に役立てようとしているのかは分からないのだが、ダオス関連だということは間違いなさそうだ。
しばらくするとその男が、少女と青年2人を置いて私の方へ近寄ってきた。・・・と言っても石盤だし、人間に私の姿が見える筈が無い。実体化すれば別なのだが、今ここにあるのは意識体だけなのだから。
石盤の前へ来て、膝立ちをして触れる。
多分冷たい筈の石盤は彼の体温を吸収しているだろう、それでも男は石盤に触れたままだった。
「・・・?」
近場で見ると髪がサラサラだとか、体中に巡らされた紋様の美しさが良く分かる。けれど召喚士が何をしたいのか分からない私は、ただそれを見ている事しか出来なかった。
「根源の精、オリジン・・・・。・・・彼が、此処に。」

コツン。
合わされた額。
また、自分の中であのざわめきが起きる。
こんな感覚初めてだ
どう押さえたらいいのか分からない

「クラース・・・。」
気が付けば男の名を口にしていた。
すると突然顔を上げて辺りを不審そうに見渡す召喚士。
まさか自分は人間にも聞こえる声を出してしまったのかと驚くが、そんな筈が無い。第一声にしていたら他の仲間だって気が付くはずだろう。自分自身そう考えるなんて、それほど何かに焦っていたのだろうか。
『何か』に?
「今・・・?」
「クラースさん?そろそろ行きましょう??」
キョロキョロと不審そうに辺りを見回すクラースに、青年が声を掛ける。
嗚呼、これでこの不思議な感情が治まる、と思った。
しかし同時に、少し寂しいとも・・・思った。
「そうだな。今行く。」
荷物を纏めている青年のほうを振り返り、返事をして立ち上がる。
知らないのに、何だか置いていかれる赤子のような寂しさを覚えた。これも、初めての感覚。
一体私の身体はどうなってしまったんだと言わんばかりに立て続けに起こる真新しい感情。一種の人間らしさと言うべきか、そんな感情達は精霊に必要の無いものだろう。
「オリジンよ。」
うんうんと何を悩んでいたか忘れる程に考えていると、クラースが石盤に向かって声を掛けた。
私は、その石盤の上に座っているというのに。こっちを向いて、話せばいいのに。
・・・見えないから仕方が無い。

「きっとまた、私は此処へ来る事になると思う。・・・その時は、貴方の力を、私に貸してもらいたい。」

クラースが、見上げた。

眼は合っていないのに、確かに私が石盤の上に居るのだと言いたいように見つめてくる銀色の瞳。

捕らわれた。

「・・・我に…勝てたら。」

気が付くと、口が動いていた。
ハッとして唇に手を当てる。
精一杯の虚勢は彼に届いていたのだろうか。また来るという言葉は私に届いた。なら、私の言葉は?
緩く、子供のように笑って石盤に背を向けたクラースに、私の言葉が届いたかなんて定かではない。私は唯、長い金髪を風に遊ばせながら対極する銀色の髪を見つめる事しか出来なかったのだから。


今日は色々ありすぎて、まるで10年分くらい生きた感覚だった。
あの時あの男に感じた感覚は何だったのか。世界が創造された時から生きていても、こんな感情の名前は知らない。知らなくて良い筈だったのに。
「・・・?」
彼は、また来ると言っていた。
私の力を借りる為に。
では、私はそれまでの間にこの感情が何なのか考えておくとしよう。ほんの小さな暇潰しだ。
「早く、来い。クラース…。」






その時初めて、未来が早く来れば良いと思った。





2007.10.1 改    水方葎