「主よ。今日が何の日か知っておるか?」

「へ?」



今日もいつものように一緒にお茶をしようと召喚したオリジンに、そう唐突に言われたクラースは何とも間抜けな声を出した。
「だから、今日が何の日か―・・・」
「あぁ、いや、出てきていきなり何の話かと。」
「七夕の話だ。」
「たなばた?」
戸惑うクラースを余所に、オリジンは長い金髪の髪を宙に舞わせながら、ふと壁にかけられたカレンダーを見る。自分の記憶が正しければ今日は七夕の筈と思い主人に話をしてみれば、その主人は七夕を知らないようだ。
今日のお茶会は七夕の説明会になりそうだ、とオリジンは苦笑した。

このようにクラースとオリジンのお茶会はいつも唐突な話から始まったり、他愛の無い事から発展していったりする。オリジンは人間の話を聞くいい機会だし、クラースは精霊の話を聞くいい機会で、お互いがお互いに貴重な時間としていた。

「・・・で、一年に一度『おりひめ』と『ひこぼし』が出会う事を許された日、という事か。」
「大体そういうことになるな。単に昔話だが。」
二人して椅子に落ち着き、オリジンから一通りの説明を受けたクラースは「ふぅん」と返して話を要約した。
シャドウと契約する為にこの寒い地方まで出てきた一行が泊まっている宿は、今はクラースとオリジンの二人だけで少し寂しく、そして寒くさえ思える。しかしオリジンはあまり寒さを体感した事が無いし、これからもする事が無いだろう。だが温かい飲み物を手にしつつ真剣に『七夕』の話を聞くクラースにはどこか温かいものを感じる。
「それはユミルに伝わるものなのか?」
疑問に思ったら徹底的に解決しない時がすまない性分のクラースは、オリジンを飽きさせない。
オリジンは子供のような目で聞くクラースに笑って珈琲を飲んだ後に答えた。
「いや。あれは忍者の里からだ。大昔に笹を持った子供が石版のところへ遊びに来て、一人で七夕の事を私に話してくれた事があってな。」
「どうせその子供に『オリジンさんも七夕に来て』とか言われたんじゃないか?」
「良く分かったな。」
そう言って二人同時に笑う。


「そういえば、長方形の紙に願いを書いた『短冊』というのを笹に吊るす、というのも聞いたな。」
「へぇ・・・面白いな。」
異文化に興味を示すクラースに、オリジンはふと考え付いた事を口にしてみた。
「主は…、主は、もし書くとしたら何を書く?」
「私か?」
大体願いなんて、紙に書いて叶うものじゃない。
多分自分への戒めの一つとして習慣付いたものがその『短冊』なんだろう、などと聞かれた事とは全く違う事を考えていたクラース。オリジンに促されて我に帰ると、クラースを覗き込んでいる端正な顔がすぐ傍にあった。
「お前はどうなんだ?オリジンよ。」
何故か少し恥ずかしくなったクラースは、温かいコップを両手で持ち上げ顔を隠すようにしながら訊ねた。
オリジンは自分にその質問が回ってくるとは思っていなかったらしく少し驚いたような顔をしていたが、すぐに反論を返す。
「今は我が質問しているのだが。」
「気にするな。」
「気にするぞ。」
「いいじゃないか。お前が答えたら私も答えよう。」
「・・・そうくるか。」
不毛な争いの果て、折れたのはオリジンだった。
オリジンが言ったら自分も言わなくてはいけない事実に何だか試されている気分がしたクラースは、さてどうしようかと首を捻った。それはオリジンも同じ事で、大抵の事は何でも一人で出来る自分が欲する望みとは何だろうと自問自答する。
そうして心地よい静寂が二人を包んだ。

パッと思いついた「願い」にクラースは顔を赤くしたりして、オリジンは見ていて飽きなかっただろう。
些か可愛いなぁ、などという考えがオリジンの頭を過ぎる。
「オリジン?考えたのか?」
難題を出しているわけでもないのに小難しい顔をしているクラースは、仕返しと言わんばかりにオリジンを覗き込む。しかしオリジンは余裕で、逆にそのクラースの顎を軽く掴み触れるだけのようなキスを送った。
「―な!」

「我の望み・・・『いつまでも主と共に茶会が出来るよう』・・・これが願いだ。」

言っている間、オリジンの顔は真剣そのものだった。それはまるで叶う事が無い願いのように空気に溶け込んで流される。実際半永久的に生きるオリジンと違いクラースはいつか果てる生き物だ。それにこの旅が終わればきっといつかは契約が解除されるだろう。
そんな表情で言ってのけるオリジンにクラースは呆気に取られた。つい今キスされた事も忘れただろう。
「して?主は?」
いつもの尊大な態度に戻ったオリジンが、聞き返す。
しかしクラースの頭の中には先ほどのオリジンの表情が棲み付いて離れなかった。

「私、は。・・・『限り或る時間を、オリジンと一緒に過ごしたい』・・・。」

「・・・!」
「最初に思い浮かんだ願いがそれだ。」
恥ずかしいのか俯いて話すクラースに、オリジンの流れ落ちた一滴の涙は見えなかっただろう。
否、見なくて良かったのだとオリジンは思う。
「(限り或る時間を・・・、か。)」
実際涙を流したのかどうかは分からない。ただ熱いものが込み上げてきたのは確かで、それは確実にオリジンの心を奪った。



「これからも一緒に居てくれるか?敬愛なる主よ。」
「勿論だ、オリジン。」



もうすぐ終わり、ではなくて
  今この瞬間から、始まる。



そう答えた少し後にクラースがキスの事を思い出して赤くなり、そこへクレスが帰ってくるのはまた別の話。





2007.10.1 改    水方葎