「ねぇ、クラースさん。」
「・・・?」
小高い丘。
休憩するのに持って来いな土地であり、風当たりがとても気持ちが良い。丁度日が翳ってきた時間帯という事も手伝って、一行はそこで休憩をとることにして腰を下ろした。ミントとアーチェ、それにチェスターはいつも通りの口論と喧嘩を繰り広げている。
こんな穏やかな日にそれを止めるのも面倒になり放棄したクラースは、皆とは少しはなれたところで腰を落ち着けたはずだった。
しかしそれをクレスが見過ごすはずも無く、結局はいつもどおりクラースの隣に座るのはクレスになっている。

そんな中投げかけられた疑問符。
しかしいつまでたってもその続きは耳に届かず、クラースはクレスを振り返った。
「クレス?何か言いたいことがあるんじゃないのか??」
帽子を風で飛ばされないように注意を払って置きながら続きを促すと、クレスは彼に珍しく曖昧な返事をしてみせる。言うべきか、言わないべきか、迷っている時のクレスの癖だ。言ってしまえばいいものを、どこか心の中でひっかかりがあるから言えないでいる。クラースはただ黙って先を促すことにした。

風が、二人の間を通り抜ける。

「ねぇ、クラースさん。」

このまま二人で、遠くに行っちゃいましょうか?

言いたいはずの言葉は決して口にしてはならないもの。
クレスも充分それを分かっていた。
だが、クラースと居る事がクレスにとって全てであり、彼がいない後の世界なんて、いくら平和になろうとクレスにとって生き地獄のようなものだった。
「(本当の地獄なんて体験した事ないけど。)」
きっと、そうなんだろうと思う。

暗くて、怖くて、寂しくて、冷たくて、心細くて、次第にそんな世界と自分自身に腹が立って。
「貴方の居ない世界で僕は、自害するんだ。」

クラースは黙ってクレスの頭を撫でた。
それが、今自分に出来る最善の事柄だと思ったから。

     言葉なんて、いらない・・・


陳腐な言葉や軽々しく交わせる約束なんて、生憎持ち合わせていない。
それに、目の前に居る金髪の男がそんなものを望んでいるとも思えなかった。

「所詮違う時代に生きる者同士なんだ。」

クレスに会ってから100回以上繰り返した言葉は風に乗り、世界を巡り時代を巡るのだろう。

それならば、100年後クレスの居る時代にも届くのだろうか。

己の言葉と、本心が。

「(・・・馬鹿馬鹿しい。)」


そうして二人同時に溜息をつく。





2007.10.5    水方葎