*食べたいもの*



3種の神器も揃い、オリジンに時空を越える剣を合成してもらおうと、一行はユミルの森周辺に来ていた。
最後の炎の剣が苦戦してしまった為少々急いで来た事もあり、ユミルの森に入れないまま日が暮れてしまった。今朝まではオリーブヴィレッヂで休んでいたのでそうは疲れていなかったものの、やはりベッドで眠りたいところだ。

「なぁダンナ。今日の夜飯何〜?」
夜ご飯の準備をしていたクラースに、薪を持ってきたチェスターが訊ねる。
彼はクラースが当番(殆どミントとの2人交代制だが)の時、いつもメニューを聞く癖がついていた。時にはリクエストを聞かれたり、味見をさせてもらえたりするし、普段なかなか話す機会の無いクラースと一緒にいられるのはこの一時だけなのでチェスターはこの時間を大切にしている。

そんなチェスターの気持ちも知らないでクラースは刃物を洗いながら答える。
「あぁ、今日はカレーにしようと思って。アルヴァニスタでヨーグルトも仕入れたしな。」
刃物を洗った後は、料理に必要なジャガイモ、人参、キャベツを順に洗う。
「カレー?って、今朝オリーブヴィレッヂで教えてもらったアレか?」
「そうだ。カレー粉の『甘口』を入れればすずちゃんだって食べられるだろう。」
そう、昨日へとへとになって炎の塔から帰ってきて早々、カレー(辛口)をワンダーシェフから貰ったすず。一口食べただけで滅多に表情を崩す事の無いすずが「辛い」を連発して涙目になりながら水を飲んでいたのは記憶に新しい。
チェスターはそれを思い出しながら苦笑した。
「俺はマーボーカレーとかで食べ慣れてるけどな。」
「へぇ。作るのか?」
「いんや。俺の妹が得意だったんだよ、マーボーカレー。」
「・・・・・そうか。」
「あぁ。・・・・・・もう・・・食べられねぇけどな・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
お互いに気まずくなって、静寂が流れる。
その間もクラースは材料を淡々を切り、カレーの準備を進めていく。
今日に限ってこんな話をしてしまった自分を恨むチェスター。返答に困るのは当たり前だろう。
「・・・チェスター。」
「ぅん?」
「・・・そこの、肉。とってくれないか。」
「・・・・・・あぁ。」
いつの間にか即席のかまどに火を点けていたらしく、鍋の底から薄い煙が上がっている。
チェスターは言われた通り傍においてあった肉の塊を取り、クラースに渡す。鍋に落とすと、強い音が弾けた。

ジュウウウゥ・・・・・

「あ・・・。」
「ん?」
それを見てかどうかは分からないが、チェスターがいきなり声をあげたので不審に思ったクラースは短く問う。
「じゃあさ、ダンナが作ってくれよ!」
突然の提案にクラースは鍋の肉をほぐしながら返答に困る。
「マーボーカレーを、か?」
「そう!」
名案だ、と笑うチェスター。
「私はチェスターの妹ではないのだが。」
「知ってるよ。てか、そうだったら怖ぇ。」
「確かに。」
二人で交わす、小さな約束。
『私では、チェスターの妹とは味が違う。』
『それでもイイ。アンタに作って欲しい。』
『・・・分かった。』

コトバの裏に、秘められた、小さな約束。


「ねぇ、二人で何をコソコソやってるの?」
「ぅわ!!クレス!驚かすな!」
「あっちでミントと喋ってたんじゃないのか?」
「いやぁ、美味しそうな匂いがしたもんですから、つい。」

果たされるのは、いつの日か。






おまけ↓
「美味しそうな匂いって、まだ肉しか入れてないぞ?」
「嫌だなぁ、クラースさんの美味しそうな香ばしい香りですよ★」
「(コイツ俺がダンナと喋ってるのを邪魔しに来ただけか!)」





調子こいておまけのおまけ↓

「辛くないのですか?」
「あぁ。大丈夫だから食べてごらん。」
「では、頂きます。」
クラースとすずが軽いやりとりを交わしている間、皆は自分の分のご飯を適量取り、各自好きな場所に腰を落ち着けていた。
「ねぇねぇクラース!すっごい美味しいよ!」
「本当。キツイ辛さが無いというのでしょうか、コクがあってとても美味しいです。」
「私もこれならば好きになれそうです。」
「そうか。有難う。」
アーチェとミント、それに辛い物が嫌いなはずのすずから褒められて嬉しそうに笑うクラース。クレスもとても上機嫌そうにもぐもぐとカレーを頬張っている。
_どうやら今日の食卓は平和に済みそうだ_
とクラースは心のどこかで安堵した。
そう、いつもはクレスとチェスターのどっちがクラースの隣に座るかという喧嘩をしたり、アーチェとチェスターが騒いだり、魔物が出たりして、なかなかゆっくり食事の時間が取れない。だから平和な食卓が珍しいくらいになりつつあるのだ。
「でもな〜・・・人参が入ってなきゃ・・・。」
既に完食しようとしているチェスターの皿の上には、2〜3個の人参。
「何〜?あんた人参キライなの〜?」
それを見たアーチェが『これ幸い』とばかりにチェスターを馬鹿にし始めた。やはり今日も穏やかな食卓は過ごせないらしい。
「ほらアーチェ。人には好き嫌いがあって当然だろう?チェスターも、その位食べろ。」
とりあえず手っ取り早くクラースが二人を宥めようと諭してみるものの、二人の低レベルな喧嘩は終わりを告げようとしない。
「じゃあアタシが当番になったら人参尽くしにしてあげる♪」
「へっ。お前が当番なんて一生ねぇよ!」
「言ったわね!アタシだって料理の一つや二つくらい出来るわよ!」
「そう言ってこの前結局ミントにバトンタッチしたのは何処の誰だったかな!」
「あ、あれは!そう、やっぱりミントの味が恋しくなっただけだもん!」
「あぁもう、煩いっ!」
いつになったら止まるのか分からない言い合いをクラースが遮断する。するとチェスターは何かを思いついたかのような顔をし、クラースに言い放つ。
「じゃあ、ダンナが食べてくれよ。この人参。」
「は?」
話を向けられたクラースは、思わずスプーンを落としそうになる。まるで『何故そうなる』と言いたそうに。
クレスが皆にバレないように影でチェスターを睨む。

「んでさ、人参を食べたダンナを食べるから。」

どうやら先程会話を邪魔されたウサ晴らしらしい。
しかし、クレスにそんな冗談が通じる筈も無く・・・

冥空斬翔剣!!!(Lv.100で習得)」

いつの間にか習得した最強技で撲滅されてしまいましたとさ。




2007.10.1 改   水方葎