「ふぁ・・・。今日は天気がいいね…。」 あと少し歩けば森という所で、クレスは欠伸をして後ろを振り返った。 今クレス達はベネツィアに戻る途中であり、この辺りは魔物もそう強くないので森の中を歩いて近道しようとしているところだった。 「そうですね。ここのところ雨ばかりでしたから。」 ミントが穏やかにクレスの相槌を打つ。アーチェは空の散歩を楽しむかのようにのびのびと箒と共に澄んだ空に舞い上がっている。この暖かく穏やかな風の中では気流の心配もいらないし、気持ちが良いだろう。 「いいよな、アーチェは空が飛べて。気持ち良さそうだ。」 そんなアーチェを見てクレスがぽつりと言葉を漏らす。 「ねぇねぇ、だったら少し休憩すればー?まだ時間はあるでしょー?」 尖がった耳は聴力を良くしているらしく、クレスの言葉を聞き取ったアーチェはピンクの髪を躍らせながらクレスに問いかけた。実際とてつもなく急いでいるという訳では無かったので、クレスはかなり後方を歩いているクラースを振り返り提案した。 「クラースさーん。森に入る前に休憩にしませんかー?」 「・・・。」 「ねー、クラースさーん。」 「・・・・・。」 「クラースさんってばー。どうかしたんですかー??」 「えっ?い、いや、何でもないっ!どうした、クレス?」 「・・・。」 中々問いかけに答えないクラースを不審に思ってクレスは首を傾げる。 「森に入る前にここらで休憩にしません?って聞いたんですけど…。」 離れて歩いてくるクラースとの距離を縮める為、歩みを止めるクレスにクラースは距離を保つようにピタリと止まる。 その行為が更にクレスの眉を寄せさせた。 「あぁ、いいんじゃないか?」 しかしクラースは平然としながら答えてみせる。 「そうですか。じゃあ皆、休憩にしよう。クラースさん、こっち。」 何故か休憩の度に自分の隣に座らせたがるクレスにクラースは諦めていた毎日だが、今日は違った。渋々近寄るクラースが傍に来ないのだ。 アーチェとミントが腰を落ち着け雑談しだしたのを見て、クレスはクラースに近付いた。 しかし、逃げられる。 「クラースさん?僕何か悪いことしました?」 「べ、別に。ホラ、お前も座って休んだらどうだ?」 冷や汗を垂らしながらクラースがあとずさる。 「女の子と一緒に、なんて神経の使う事出来ませんよ。」 一応男なんだから、と肩を竦めて付け足したように言うと、クラースは「そうか」と言っただけで近寄ろうとはしない。 「クラースさん・・・僕の事が、嫌いになりました・・・?」 俯いていたクラースに、クレスが声をかける。 一瞬「元から嫌いだ」と言いかけたクラースだったが、その寂しげな声で言葉を飲み込んだ。 「違う、そうじゃない。」 「じゃあ何ですか?クラースさんまで僕から離れて行くんですか!?・・・・・両親も、チェスターも・・・僕が好きな人は皆、僕から離れて・・・!」 普段の冷静なクラースだったら「大袈裟だ、馬鹿」と言って一蹴するのだが、珍しく取り乱していた。 「いや、違うんだクレス。その・・・・」 狼狽えて顔を上げたクラースに、クレスの目が光る。 その瞬間。 「ぅわっ・・・!」 二人の間にあった距離は一気に無くなり、クラースはクレスに押し倒されていた。 「『その・・・』何ですか?」 馬乗りになっているクレスが黒い笑みを浮かべながら、クラースに問いかける。手首を柔らかな地面に縫い付けるように手を置いて、自由を奪う。 「お前!!演技だったのか!」 「ヤだなぁクラースさん。僕から逃げられるとでも思ってるんですか?」 そんな悪役じみた台詞を耳に流し込みながら、必死で身体を起こそうとするクラース。帽子は倒された時に転がってしまっているようだ。 「痛っ・・・!」 じたばたと無駄に力を入れて暴れるクラースに、クレスが肩を押さえようと手を置いた時、小さな悲鳴が上がった。 「・・・・・・・クラースさん・・・?」 次いで覚えのある、ぬるっとした感触にクレスが慌ててクラースの上着を剥ぐ。 「ちょ、クレス!」 「クラースさん!これはどういう事ですか!?」 あくまで敬語を駆使するクレスだったが、この時は流石に敬語を忘れかけたという。 クラースの肩からは大量の血が止まる事を知らない様に流れている。さっきの戦闘でやられたのだろうか、大型モンスターの爪痕が白い肌にくっきりと残っていた。 「・・・・・お前に知られないように治療しようと思ったのにな・・・。」 拗ねたようにそっぽを向いて舌打ちする姿にキスを送りたくなったクレスだったのだが、それよりもまずは傷の手当てだ。この類の傷は放っておいたら化膿するし、毒が入っていないとも限らない。 「毒が入ってるかもしれませんから、僕が吸い出して舐め・・・ 「いらんっ!!」 本気で傷口に顔を近づけたクレスに危機感を覚えたクラースは暴れ、クレスを横に退ける。確かに川が無いココ一帯ではそれが一番の消毒方法なのだろうが、クラースはそれをされたくないが為にクレスを避けていたとも言える。ここで拒否しなければ、今までの(傷口を隠してきた)努力が水の泡となってしまうだろう。 「全く、しょうがないな・・・。」 どっちがだ、と突っ込みたいクラースだったが、クレスの次に行われるであろう奇行に目が離せなかった。馬乗りになったまま、何やら道具袋を漁っている。 クラースにとって、道具袋の中をガサガサ探る音がこれほど恐怖になった事はなかっただろう。そのくらいその袋の音とクレスの笑みは怖かった。 「・・・・・・。」 一瞬クラースはチラリと少し離れた所で休憩しているであろう女の子二人組みを見た。アーチェと目が合い助けを求めるが、まだ死にたくない、と手振りで説明されて項垂れた。ミントは花冠を作るのに夢中なようだ。 「クラースさん。どっち向いてるんですか?」 「!」 ほんわかした空気から過酷な状況下の現実に引き戻されて、クラースはハッとしてクレスを見た。同時に降ってきた唇。 「・・・!」 咄嗟に避けようとしたものの、いつの間にか顔を固定されて動くこともままならないままクラースはクレスのキスを受けた。 キス自体初めてではないのだが、やはりどうも慣れない。 調子に乗って舌を入れようと試みるクレスに、あらん限りの力で抵抗する。すると以外にも、侵入してきたのは別のモノだった。 「ん、・・・・。」 柔らかくて、飲み込みやすいゼリー・・・というかもうジェル状になっているモノを、クラースは重力に従って飲み込んでしまった。 後に林檎の味が口に広がる。 やっと解放されたのだがクラースは声を出すことが出来なくなっていた。 「アップルグミ。傷舐めるのがダメなら、せめてそれくらい食べてください。」 にっこりと言い放つクレス。 コイツはこういう所があるから、 完全に嫌いにはなれないんだ・・・。 漠然とそう思ったクラース。何だかんだ言っていても自分が愛想を尽かさないのは、彼のこういうさりげない優しさにあるのかもしれないと思い直す。 傷が痛くなくなるのを感じて、クラースは軽く身体を起こしたのだが、 「!」 クレスが隙を見て再びクラースに口付ける。今度は先程のようなキスではなく至って軽い、掠めるようなキスだったのだがクラースを驚かせるのには十分だった。 「クラースさん。傷癒えたなら・・・続きしよ?」 ぶち。 クラースの何かが切れる音がした。 「さっさと・・・退け!!」 クラースの渾身の蹴りは見事クレスの鳩尾にヒットしたようで、クレスは彼の上から退かざるを得なかった。 「クラースさん・・・痛い・・・。」 「これで痛くなかったら私はお前を人間ではないと確信するよ。」 立ち上がって、服に付いた草や土を払う。ついでに先程クレスによって剥がれた上着も着る。血は付いているものの、ミントとアーチェにバレなければ良いのだ。 「まったく・・・。」 ぶつぶつ言いながらぶ厚い本を拾いミントとアーチェの所に逃げようとするが、頭にいつもの重さが無い。 帽子が無いのに気が付いて、慌てて振り返るとクレスが帽子を差し出して立っていた。自分にとって大切な、帽子。 「はい、クラースさん。」 「・・・・・・・有難う。」 押し倒された時に同時に飛ばしてしまった帽子を、きちんと保護しておいてくれたらしいクレスに小さく礼を言う。 やっぱり、嫌いではないかもしれない。 愛しい者を見る眼でクレスに見られながら、クラースはバツの悪い顔をした。 2007.10.1 改 水方葎 |