* 絶対安眠領域 *






それに気付いたのは、エルマーナだった。

「そういやぁ、そいつどーすんのん?」


此処はケルム火山入り口、つまりは町への出口付近。
外の光が洞窟まで差し込み、あと数メートル歩けば石畳と太陽の下へ出る事が出来るという所だった。先頭をきって歩いていたエルマーナが、そう告げてから振り返る。
「どうするって、何がよ?」
汗を拭い拭いで歩いていたイリアが、疲れきった表情で顔を上げた。
「だって、そいつ退治する約束でうちら火山に入ったんやんか。」
そういえばそうだった、と一同思い出す。
「えぇ〜?誰を退治する予定だいみなさま〜。鬼さん?桃太郎さん?」
空気を読まない発言をするこの男、ハスタが一行に加わってから約1時間。
火山守とのやりとりをすっかり忘れていた皆は、エルマーナの言葉で熱さにやられていた思考を元へ戻す。
「そうだったね…。どうしよう、僕たちが彼を連れて出てきたりなんかしたら…。」
「やっぱぶっ倒すべきだ!!今からでも遅くはねェ!」
心配顔をするルカとは正反対に、スラリと剣を抜くスパーダ。だが、そこでアンジュが呆れたように拍子を打って皆の注意を促した。
「はいはい、皆ちょっと聞いて頂戴。確かに堂々と連れて歩いてたら危ないけど、そう難しい問題じゃないと思うんだけどな。」
「何かあるのか、セレーナ。」
リカルド自身何か考えは浮かんでいそうなものだが、如何せんずっとへばりついているハスタへの対処で、それどころではないらしい。先に意見を聞こうとアンジュを促した。しつこく引っ付いてくるハスタへ銃を向けようとするリカルドを尻目に、アンジュはニコリと微笑む。
「リカルドさんと彼で、此処に残って頂きます。」
「えぇえ!?」
「はぁっ!?」
「!?」
火山道に悲鳴やら驚きの声やらが響き渡る。反響して消えていった声の後に静寂、そしてそれに反応した魔物の咆哮だけが遠くから聞こえてくる。
「・・・っと、待て、セレーナ早まるな!!」
「早まってなんかいません。夜には火山守の気を引きに来ますから、その隙に合流して貰えれば。ね?」
名案でしょう?と微笑むアンジュにリカルドは絶句する。
「ほ、他に何かあンだろ!?そいつだけ先に行かせるとか、そいつだけ後で来させるとか!」
リカルドの後に続いて反論を上げるスパーダだが、彼がアンジュに勝てた試しなどある筈も無い。
「あら、そうすると一人になった時に何をし出すか分からないでしょ?それともスパーダ君が彼と一緒に残る?」
別にそれでもいいのよ、誰か見張り役が居てくれればね、と脅しに入るアンジュを誰も止められるはずが無い。イリアなどは熱さで参っている様で、何でもいいから早くこの場所を出たいと目で訴えている。エルマーナも楽しそうに成り行きを見守っているだけのようだった。
此処に己の味方はいない・・・そう思ってリカルドは溜息をつき、ハスタが引っ付いたままその場にしゃがみ込んだ。
「…雇い主の命なら、承知した。」
腕を組み、全てを諦めたかのようなオーラでもってその場を鎮める。
当然リカルドの肩にへばりついていたハスタも腰を下ろす事となり、この蒸し暑い中、彼の首に手を回してくっつくのを止めようとしない。
「やぁ〜、さっそく二人っきりフラグじゃないかリカルド氏。そんなに一緒に居たいなら、いっそ一緒になっちゃう?溶け合っちゃう??」
「断る退け。」
「俺も残る!!!」
先ほど銃口を向けられていたにも関わらず離れようとしないハスタに、スパーダが思い切り怒鳴りつけた。
「リカルドだけじゃ、もし何かあった時に危険じゃねェか!」
「危険・・・ねぇ・・・。」
「バッ…ほら、ぶっ、武器とか考えるとよ、リカルドが不利だろ!?2対1のが対処しやすいじゃねェか!」
イリアのジト目に、しどろもどろと答えを紡ぐスパーダ。くすくすと笑いながら聞いていたアンジュが、それもそうね、と納得だか見透かしているのか分からない答え方をする。
「じゃあ、スパーダ君にも残ってもらおっか。」
構いませんか?リカルドさん、と問いかけられ、リカルドは軽く頷く。
「決まりだね。僕らは街に行こうか。必要なものは、先に買い足しておくよ。」
ハーレムとなった事に未だ気付いていないルカが、スパーダとリカルドへと声をかける。
「おー。」
「ミルダ、セレーナを頼むぞ。」
「うん、分かった!」
そうして女性陣+ルカのメンバーは街への入り口に向かって歩いていったのであった。
「二人は落し物を探してる事にする?火山守さんを入り口から遠ざけて…」
「アイツを追いかけて、って事にしたほうが良いんじゃない?」
「何でもエエけど、お腹減ったわぁ〜…」
やっとの事でこの熱さから逃れることが出来る開放感からか、女性陣+ルカは楽しそうにお喋りをしながらその姿を消していった。





「リカちゃんリカちゃんっ★」
「誰の所為でこうなったと思ってる。黙っていろ。」
「やだやだー!だってオレ、暇すぎるんだもーん。暗くなるまでって後どのくらい〜?この星が何回回ったくらい〜?」
「撃つぞ。」
「別にオレ一人で動いても良かったのになあ〜。気晴らしに誰か殺しながらでも、さ。」
「ハスタ。」
「はいはい〜っと。分かってまぁ〜す。でもぉ、ここらの魔物てか雑草も食い飽きたんだもん★」
スパーダは、意外と流れる会話を苛々と腕組しながら聞いていた。
丁度向かいの壁に一人座り込んで俯いているため、声が耳に入っているだけだ。これで目を開けていたら、きっと抑制が効かず目の前のピンク色というピンクを消滅させていた事だろう。
「・・・確かに、戦闘は粗方お前が片付けたな。」
「でしょでしょっ!?オレちゃん、役に立つでっしょぉ〜?得な買い物したよ、シャチョーサーン♪」
「…だが、あまり一人で前に出るな。」
「はぁ?」
リカルドの言葉に、怪訝そうに顔を顰めるハスタ。いつも薄気味悪く笑っているか無表情か、はたまたふざけた表情しか印象に無いリカルドは、こいつも人間だったんだなと当たり前のことを思い出す。そういえば先程も、とても純粋で嬉しそうな笑みを見たんだったと思い返した。
眉を寄せた表情のまま次の言葉を待ち続けているハスタに、リカルドは本日何度目か知れない溜息を吐く。
「一人で片付けようとするな。何の為の団体行動だ。・・・お前に言っても無駄かもしれんがな。」
「でも、だってオレの目の前に出てきたら、オレの食事でしょ?普通誰かに食われる前に食うでしょ?」
リカルドにとっては当たり前のことを話していて、ハスタもハスタなりに当たり前の持論を展開しようとしている。が、それは断ち切ってやらねばならない。
・・・一応、仲間となったのだから。
「これは戦闘の話で、食事の話をしてるんじゃない。」
「一緒。」
「第一お前、俺達との戦闘の後での、この連戦…疲れてるんじゃないのか。」
「!」
「だから一人で突っ走るなと言っている。」
お前は傭兵の頃からそうだから、改善されるとは思ってないがな。そう付け足してリカルドは口を閉ざした。
ハスタは先ほど「一緒に来るか?」と聞かれた時と同じような顔のまま固まっていた。勿論、口は半開きのまま。
数秒経ったのか、数分経ったのか、分からない。
ふと本人も気付かないほど俄かに唇を震えさせて、ハスタがようやく声を出した。
「オレ、は。オレのやりたいように殺す。指図なんて受けない。」
でも。

「・・・でも、リカルド氏がそう言うなら。聞く。」

するりとハスタの口から漏れた言葉に、苛々と会話を聞いていたスパーダも、何を言い出すのか身構えていたリカルドも、同時に己の耳を疑った。驚いた二人の目で見られたハスタは居心地が悪かったのか(彼の辞書にそんな単語があるのかは疑わしいが)、リカルドに背を向けて伸びをする。
「オレ、疲れたなー。いやマジ充電切れた。ハスタさんの本日の営業は終了しました。じゃ、おやす。」
そう言って、動けないでいるリカルドの胡坐を掻いた足へと頭を乗せたのだった。
リカルドがその重みに気付いて戸惑う声を出すものの、時既に遅し。ハスタは聞く耳持たずの状態で夢の中へと落ちていったのだった。
「信じらんねェ…。マジで寝やがったのか?コイツ。ってか、其処を退きやがれ!!」
「ん〜・・・リカちゃん、ちょっと高い…足伸ばしてよ俺の為に。」
顔は土壁に向けたままの状態で、もぞもぞと呟くハスタ。
嫌そうな顔をしたものの、リカルドは素直に組んでいた足を伸ばし、片足だけを立てた姿勢へと座り直す。それに満足したらしいハスタが、伸ばされている方の足の太股へと頭を置き、再度静かな寝息を立て始める。
「ベルフォルマ。やっと静かになったヤツを起こすんじゃない。煩くなるのは御免だ。」
結果的に皆疲れているのだから。
リカルドが言いたい事は理解出来るが、納得はしない。スパーダはハスタの反対側へと歩み、不貞腐れながら壁を背に腰を下ろした。
「あーくそ、ムカムカする…。」
そう独りごちて剣を脇へ退かし、悪態をつく。そのまま煙草でも吸い出しそうなそれに、リカルドは思わず笑みを零した。
「ハスタに対抗心を燃やしてるのか?」
「あぁ?」
「強さで言えば武器の特性を含めて考えても、お前たちは互角ぐらいか…。だが戦場の場数で圧倒的な差がある。それに、ハスタは残虐非道で卑怯な手を当たり前のように使うからな。」
お前の剣はいつも真っ直ぐすぎる。それがお前の良い所でもあるが。
そう続けられてスパーダは閉口せざるを得なかった。実際対抗心を燃やしていたのは間違いではないのだ。…ただ、対抗していた部分が違うだけで。
スパーダはリカルドの微妙な勘違いに溜息をついて、凝り固まった身体を解すように伸びをした。
「俺はそいつ自体を信用しちゃいねぇだけだっつーの。前世を知ってっからな。」
「フン、信用などしてたまるか。…だが、強さは本物だ。危害を加えなければ戦闘力にはなるだろう。」
「危害・・ねぇ。どーだか。」
一方的に会話を打ち切り、身体の隅々の筋肉を伸ばしてから再度剣を手元へ手繰り寄せる。
「俺も疲れた。寝るわ。出る時ンなったら起こしてくれよ。」
「全く・・・、お前が残る意味があったのか?」
「大有り大有り。」
勿論、目を瞑るだけで寝るわけがない。
「(…あんな危険なヤツをリカルドに近付けさせといて、寝てられっかよ。)」
ハスタのように膝枕を所望したい、が、そんな本音など言えるはずも無く。
「(これからが勝負だな。)」
どうやったらハスタをリカルドに近付けさせないでいられるか。
そうしてスパーダは睡魔に襲われつつも作戦を練っていくのであった。



「・・・本当に寝たのか。」
寝る、と言ったくせに張り詰めた空気を出していたスパーダの気配が穏やかになったのを感じ取り、リカルドは呆れたように声を出す。
確かにこの火山を一日で往復し、且つ隣で眠る殺人鬼を相手に死闘を繰り広げたのだ。先陣切って敵を伏せていた男が疲れない筈が無い。元々ハスタの見張りは自分に任されていたのだし、まぁいいか、と思い直した。起こす気など毛頭無い。
「あらら、寝ちゃったの寝太郎。」
「…寝ていたのはお前じゃなかったのか。」
寝ていると思った人物が起きていて、起きていると思った人物が寝ている。
やりにくい奴らだ、とリカルドは心中で思う。
「うん、久しぶりに寝た。」
「一生寝てろ。その方が世の為だ。」
「それじゃリカルド氏が寂しいデショ?少なくてもオレは寂しいんだぷー。」
「・・・。」
ハスタのテンションに付いていけないリカルドは、無言という方法を用いて会話を止める。
常人ならば止まるはずの会話だが、ハスタは普通のカテゴリに納まるはずがない。
「オレさー、いっつも寝れない訳よ。何か生き物の音とかウルサイじゃん、葉っぱさんとか人間の呼吸音とか。メンドウだから放置してお目目閉じてるだけなんだけど、何でっかな〜、今、オレ、寝てたよな?不思議不思議、エクステルミさんの七不思議〜!あ、あとの七つは追々追加してくんだぴょん。」
「ハスタ。」
「コレ、ナンダロネー?やっぱ恋?さては恋?そして愛?よし、愛してるよぉ★リカルド氏!!結婚しようぜベイビー、スタンダップさあ挙式だ!」
「良いから起き上がるな。寝てろ。」
勢い良く起き上がろうとしたハスタの頭部を、こちらも勢い良く伏せさせるリカルド。
何が起きたか良く分かってないハスタに、リカルドが再度言い放つ。
「寝ていろ。」
言外に含ませた"お前が起きていると面倒だ"という言葉は、きっと彼に届いていないだろう。
とりあえずもっと膝に居ても良いんだということを理解したハスタは、リカルドに背を向けもそもそと背を丸める。
「・・・。」
「・・・。」
素直に聞き分けて大人しくなるハスタに首を傾げるリカルドだったが、静かになるに越した事は無いと思う。
…が、この沈黙が不気味だ…などと思っていると、ようやく、しかし短くハスタから声がかかった。
「寝る。」


そうしろ、とだけ答えておいた。









   ねぇ、リカルド氏の膝ってキモチイイネェ。
    あー。もう、ぜんぶどーでもいいや…











此方に背を向けているためにその表情は分からない。
しかし案外穏やかな寝息を立てているハスタに、リカルドは静かに表情を綻ばせるのであった。











最後はちょいラブ?に見せかけて、「やはりこいつも人間だな」「ガキ二人がようやく静かになった」とか思ってるはず。
ハスタが丸っきり別人になってきたよ!所詮は二次創作!二次創作!!^=^)ノ

2008.02.11    水方 葎