*その昔、きっとあの時恋をした*




切欠は、ルカの何気ない一言だった。
「僕、詳しく前世の事覚えてないなぁ…」
宿で食事を取っていた時のことである。此処はテノス領なので前世の話をしても問題はなかろうと判断し、今までに出来なかった話を始めたのが少し前。最近になってアスラの記憶を取り戻しつつあるルカは、寂しそうに言い放ったのだった。
「別に俺も沢山覚えてる訳じゃねぇよ。元々剣だったんだしな。」
意思があったのは覚えているが、あくまでおぼろげにしか思い出せないと言うスパーダ。それでもルカよりかは覚えている事だろう。
自分だけ取り残された感覚に陥ったルカは、皆の前世の様子を聞きだそうと必死に前のめりになる。
「スパーダは僕と一緒だし、産まれも大体聞いた。ヴリトラやイナンナも大体思い出したけど…。ずっと一緒に居なかったヒュプノスやオリフィエルはどんな生活をしてたの?」
戦場でしか会った事がない、と付け加えると、話を振られたリカルドとアンジュは困ったように眉を顰めた。自分たちですら、どんな生活をしていたかなんてあまり分からないのだ。
とりあえずアンジュは、夢に見た事のある光景を話し出した。
「私は…別に、皆と同じと思うけど?ただ、軍師という立場から部屋に篭って会議会議、それから実際に戦闘に出たり…。あぁ、それからアスラと秘密裏にやり取りをしていたくらいかしら?」
「へぇ、結構デスクワーク派だったんだな。」
「そうよ。気分転換に色々ふらふらしていたみたいだけどね、基本机に向かってた記憶が強いわ。」
「でも戦闘の腕も立ったってアスラ経由で聞いてるぜ?」
「うーん…どうかしらね?そこについてはあまり記憶がないの。」
スパーダとアンジュがお互い覚えている限りでの前世の話をし始める。面白くなくなったルカは、向き合う相手をアンジュからリカルドへ変えた。
これは俄か、スパーダへの当て付けでもある。スパーダだって、リカルドの前世が気になるだろうから。…何せ二人は付き合っている、とは言えないものの結構仲が良い。いつからか、あからさまにリカルドに好意を向けるようになったスパーダと、最初は邪険にしていたもののある時を境に態度が柔らかくなったリカルド。二人の雰囲気は、黙っていても何だか優しいものがあって分かってしまうのだ。
二人の間に色々あった時、自分も色々手助けをしたのだ。少し位意地悪しても構わないだろう。
「リカルドは?最後の戦った時しか覚えてないんだけど、既に顔見知りだったみたいだし…。」
「何度か剣を交えた事はあったな。」
「俺も覚えてる!」
ほらきた。
アンジュと話していた筈のに、急に話に割って入るスパーダ。ルカは内心ガッツポーズを取る。
自分以外の誰かとリカルドが話しているのが気に入らないのか、ヒュプノスの話が気になるのか。どちらともつかないが、ルカのささやかな意地悪は思い通りに進み始める。
「俺は死神としての仕事が天職だったな…前も言ったが、魂の狩り方、人間の見分け方、今でも覚えている事は多い。」
「現世では役に立つの?」
「…ミルダはアスラの剣技を覚えているか?」
「う、うん…技の名前とか、どんな技だったかとか、何となく。」
「だが今はあまり使えんだろう。知っていても行使出来ない。それと一緒だ。」
「そっか。」
つまり、魂を見分けられたとしても別に何をする訳でもない。そういうことだ。
ルカが納得して頷くと、リカルドはその後で少し表情を曇らせた。
「・・・その仕事も、兄が地上に降り禁忌を犯したからな。」
「うん・・・言ってたね。ごめん、辛い事思い出させちゃって。」
正直、しまった、と思ったルカだった。
最初は最初は興味本位で皆の話を聞いていたが、あまり前世を思い出していない自分を他所に談話する皆が羨ましかったのだ。そこで少しスパーダに意地悪をしようとリカルドに絡んだ訳だったのだが、前世の思い出は勿論楽しいものばかりではない。辛い思いをしたヒュプノスだけでなく、孤独だったヴリトラ、大切な人を亡くしたオリフィエル、影を持ったイナンナ。皆それぞれに辛い思いをしているのだ。ルカは、前世の記憶を沢山持っている皆を羨ましがっていた自分を恥じた。同時に、心の中でスパーダにも謝る。
「気にするな。あとは…そうだな、アスラやデュランダルには会う度にからかわれていたな。」
「本当!?」
「ホントかよ!?」
あからさまにルカが落ち込んだのを見て、リカルドは違う話題を探す事を試みた。ふと思い出したことを口にすると、食いつき良くステレオで前と隣の両方から叫ばれる。
そんなに驚く事か?と思いながらリカルドは頷いた。
「あぁ。」



 「ヒュプノスよ。久しぶりだな。」
 「貴様か。此度の戦では、貴様と剣を交えるなという通達がきていた。退かせてもらうぞ。」
 「好きにするが良い。前哨戦だ、追う気はない。」
 『ヒュプノス…』
 「…剣如きが何用だ。」
 『御前、背が縮んだのではないか?』
 「・・・。」
 「・・・。」
 『・・・。』
 「ふははははっ!これは良い、本当だ、この前よりも小さくなったのではないか!?」
 「だっ、黙れ!それ以上言うとその首、狩り取るぞ!」
 『否、本気でそう思うのだが。何かあったのか?』
 「ははは!デュランダルも心配性だな、ははは!」
 「〜〜〜っ!良い疲労回復の薬をやろう、と上官に渡された事くらいしか思いつかぬわ!」
 『・・・。』
 「・・・。」
 「・・・?な、何だ。」
 『それではないのか?』
 「上官に薬を盛られてるぞ、ヒュプノスよ。」
 「煩い!心理戦に持ち込もうとしても、そうはいかん!貴様らの相手をしている暇などない!退散する!」

 「このまま幼稚化でも進んだらどうする、デュランダルよ。」
 『それはそれで美味しいのではないか?』
 「ふむ。誘拐でも何でもし放題だな。」



「…背が伸びないのを二人、いや一人と一本にからかわれたり、な。」
苦い顔をするリカルドだったが、二人は思い出せないらしく、もっともっとと別の話を強請る。
ルカの暗い表情を持ち直させたのは良かったが、今度は自分が窮地に立たされているような気がしながらも、リカルドは他を思い出す。
「・・・あとは…。あぁ、初めて出会った時もそうだ。」



 「ほう、貴様がかの有名なヒュプノスか?」
 「…センサスのアスラ…!?何故、此処に!」
 「人間界と天界を繋ぐ、この場所はまだどちらの領地でもなかろう?ならば俺がここに居たとて問題はあるまい。」
 「・・・。」
 『彼がヒュプノスか、アスラよ。』
 「あぁ。」
 「剣が喋っ・・・!?」
 「我が愛剣、デュランダルだ。」
 『お前の噂は色々と聞いているぞ、ヒュプノス。兄に大層可愛がられているらしいではないか』
 「剣が私を愚弄する気か!」
 「だが本当のことだろう?…ふむ、顔色が悪いな。きちんと食べているのか?」
 「な・・」
 『それに死神という過酷な労働の割には細身ではあるまいか?』
 「う・・」
 「これから仕事だろう、途中まで送ってやろうぞ。」
 『それが良さそうだ、アスラ。どうも危なっかしいぞこの死神は。』
 「黙れ黙れ!そ、そうやって油断させて、死神を闇討ちして何が面白い!?俺は思い通りにはいかないぞ!」
 「ははは。妙なところで危機感はあるのだな。安心しろ、今日は気分転換で遠出をしてみただけだ。」
 『均衡状態を保っている今、戦を仕掛けるのは不本意だからな。』
 「・・・っ、し、仕事に行く!センサスにそぐわぬ行為だからとて、止めてくれるなよ!」
 「途中まで送ると言っているではないか。打てば響くお前に興味が湧いた。」
 『同感だ。最近つまらぬ小競り合いばかりで退屈していたが、この死神は面白い。』
 「知るか!!これ以上構うな!!」



「終始振り回されっぱなしだったな…。」
「そういえば最後に戦った時も、アスラはお兄さんの事を口に出してからかってたね。」
「オレもセンサス城下町で何度か有能な死神の兄弟が居るとか聞いたような聞いてねぇような…」
リカルドの話に、ルカとスパーダが相槌を打つ。重要な事以外にそんな他愛もない事を思い出している自分を悔やんだリカルド。これでは、自分はコケにされていた愚かな死神だと公言しているようなものだ。
そんな事を考えていると、途中からリカルドの話に興味を持っていたイリアがスパーダ同様、話に割り込んでくる。
「私も聞いたことある!何かさ、弟のほうがやけに線が細いとか白いだとか、女としては嫉妬するような話ばっかり流れてきてたわよ〜。」
うしし、と独特の含みを持たせた笑い方で言うイリアに、リカルドは思わず米神を押さえた。しまった、話をするのではなかったと思うが後の祭りである。楽しそうにアンジュとエルマーナも便乗し始める。
「あ〜、アスラが報告しに来たことあんで?おもろい死神に会った言うてなぁ。自分ヒュプノスとは直接会った事は無いねんけど、イリア姉ちゃんみたいな噂は聞いとった!」
「私もお会いした事は無かったと思うけど、結構有名でしたよ。最強死神の兄弟は。」
ニコニコと楽しそうに話す二人に、ついにリカルドは立ち上がった。
「この話はこれで終わりだ。俺はもう下がるぞ。」
これ以上話をされたくない事は誰の目にも明らかだったので、皆含み笑いを持ちつつ了承する。
食堂の時計に目をやれば、話し始めて結構な時間が経っている。そろそろ明日の準備をし、就寝した方が良いだろうと言う頃合だ。
「んじゃ、俺もそろそろ、っと。お先ィ。」
リカルドが出て行くと同時にスパーダも立ち上がる。ひらひらと手を振り食堂を後にすれば、他のメンバーも解散する素振りの声が聞こえてきた。
スパーダは食堂よりも幾分冷えた空気の中、普段より若干遅く歩を進めながら昔のことを思い出していた。



 「はっはっは!愉快だったな、デュランダル。」
 『うむ。あのような奴は初めてだ・』
 「この鬼神に、ああも尊大な態度を取れる奴が、か?」
 「それもある。・・・が、何だろうな、この感じは。不思議な気持ちだ。」
 「ふむ、気になるというのか。」
 『それはお互い様であろう。』
 「では何だ?好いたか?」
 『・・・・道具には、解せぬ。』



「(そうだ、確かに初めて逢った時から、俺はヒュプノスを気にかけていた。)」
その感情が何かなど、今となっては分からない。
自分はデュランダルであって、デュランダル自身ではないのだから。

割り当てられた今宵の部屋は、リカルドと同室だ。木製の扉に手をかけて丁寧にノブを回して引けば、暖かい空気が頬に触れた。
「何だ?お前も来たのか。」
「ああ、他のヤツラも解散してるぜ。」
「あまり夜更かしをするようなら注意せねばと思ったが…その必要はなさそうだな。」
簡単に言葉を交わし、そのままスパーダはリカルドのベットへと腰掛ける。
安っぽいスプリングの音に、荷物を整理していた為此方に背を向けていたリカルドが振り返った。
「・・・お前のベットはあっちだろうが。」
「カテェ事言うなって。」
「じゃあ俺はあっちのベットを使えばいいのか?」
「違ェよ!ちょっと隣座れよな!」
ぼふぼふ、と隣を叩くスパーダに、リカルドが諦めの表情を作りながら彼が叩いていた場所へと腰を下ろす。
今までの旅で、スパーダはたまにこのような我侭を言う。それは何か重大な話があった時や、下らない事を言う時・・・つまりスパーダにとっては『二人で話したい』というサインなのだ。それを旅中で理解したリカルドは、素直に話したいことがあると言えばいいのに、と思いながらも彼のサインを汲み取っている。
「何だ?」
「あー、俺、さ。さっきの話聞いてたら、何となく初めて会った時の事思い出したぜ。」
「・・・それはよかったな。」
リカルドとしてはあまり思い出したくない話なのだが、如何せん不機嫌なオーラを作ってもスパーダには通じないことが多い。こんな話は流してしまうに限ると思っていた矢先、思いがけない言葉が耳に入ってきた。

「俺、前世からリカルドが好きだ。」

「・・・・は?」
「いや、前世よりも前かもしんねェ。初めて会った時?名前聞いたときか?それとも前世の前世、とか・・・」
真剣な顔をして妙なことを口走り始めるスパーダに、思わずリカルドがストップをかける。
「待て、ベルフォルマ。何の話だ?」
「リカルドが好きだって話だよ。」
「違うそうじゃない何の話の何処をどうやったらそんな結論が出てくる?」
軽くパニックになっているリカルドが、スパーダの台詞を理解しようと試みる。が、思いついたように言われた結論だけでは何も辿れはしない。
「だぁら、デュランダルん時からヒュプノスが気になってて、今になってようやく気持ちを伝えることが出来たって事だよ。」
ゆっくりとそう言ってやれば、リカルドはやっと意味が通じたのか呆れた顔をする。
「・・・・下らんな。」
「んでだよ。」
「そんなに面識がなかったはずだ。剣が死神を気にかける筈がない。」
「それでも俺は、ずっとアンタが気になってた。生まれ変わったらアスラとはダチになりてェとか思ってたけどよ、ヒュプノスにも会いたかった。」

会いたかった。ずっと。
敵味方関係なく、話がしてみたかった。
好意も敵意もない。ただ純粋な相手へ関わりたい『欲求』

ジロリと見下ろすセルリアンブルーの瞳と、意思を持つライトグレーの瞳が交差する。
それは一瞬かもしれなかったし、数分かもしれなかった。
スパーダにとって、目の前にヒュプノスが、リカルドが居る、そして彼の瞳に映る自分が居るだけで気分が高揚してくるものがあった。
前世では禄に言葉も交わせず、興味を持っても敵同士、更には道具と死神という立場はどうにもならない。そればかりか自分の感情さえ理解できなかったデュランダルにとって、ヒュプノスを見るたびに複雑な想いをしていただろう。それも含めて、今スパーダはリカルドの目の前に居る。

「ったく・・・都合のいい。大体前世と今生は違うだろうが。」
「でも全く別物っつー訳でもねェだろ?とりあえず、ずっと前から好きだったって事を伝えたかっただけだ。」
スパーダの射抜くような視線の強さに、リカルドは思わずため息をついた。
こんなことなら、食堂で要らぬ話などしなければよかったと。
「(でも、まぁ…)」
「あ〜、何かすっげェ好きだ〜!」
いきなりぎゅうと抱きしめてそのままベットへと押し倒すスパーダに、されるがままのリカルド。スパーダに触れている部分が、暖炉では暖まらない身体を解してくれる。その柔らかな熱に安堵を覚えたリカルドはそのままそっと眼を閉じるのだった。
「(たまには良いかもな…)」


「今日の会話で、やっと初めて会った時のことを思い出したんだぜ!デュランダルも浮かばれるなぁ〜!」
「・・・頼むから、からかっていた事は忘れてくれ。」








生きて再び同じ世代で会えた事。
望んでいた者との邂逅。

目の前にある幸せという温もりを離さないように、しっかりとリカルドの身体を抱くスパーダであった。








アスラ+デュランダル→ヒュプノス な話が書きたかった(過去形)
よく分からなくなっちゃったヨー
感情を理解出来なかったデュランダルが今生でスパーダとなってリベンジ!みたいな?
既に半分デキちゃってる設定ですんませ。いろいろすんませ。

ヒュプノスは色々な噂がある死神だと思います(^=^)
え?公式?ホモっていう時点でパロってるのに今更そんな!

2008.01.14   水方葎