* 難しい年頃 * ガラムを出発し、数日。 一行はまだ船上で波に揺られていた。 ハスタによりルカを負傷させられ、数日のガラム滞在を余儀なくされていた一行。本来ならばルカの傷が塞ぎきるまでガラムに滞在したかったのだが、時間の余裕が無い一行はそうも言っていられなかった。なので、彼には船内でゆっくりと養生してもらう事にする。 特に魔物が出る事も無く、平穏に過ぎてゆく船旅。甲板にリカルドの姿を見つけたスパーダは、何となく彼に歩み寄った。 「よぉ。何かせわしねぇな。」 「…仕方が無いだろう。港から出る船数が激減しているんだ。この船を逃したら、次はいつになるか分からなかった。」 「まぁ、船の手配出来る人間なんてアンタしかいねぇし、…文句言う気はねぇよ。」 そうか、と返されたきり、沈黙が訪れる。 船上独特の波の音と、潮風が二人の間をすり抜けるが、悪い沈黙ではなかった。遠くでエルマーナがはしゃぐ、高い声がかすかに聞こえる。 リカルドが何か用があって来たのではないのか、という目線でスパーダに向き直るのと、スパーダが沈黙を破るのはほぼ同時だった。 「なぁ。」 「何だ?」 「…その、アイツ。ハスタとはどんな関係だったんだよ。」 ケルム火山を降りてから、スパーダは直ぐに止めを刺さなかった自分を悔いていたし、リカルドも引き金を引かなかった自分を悔いていた。ルカが目覚めたから良かったと安心をしたものの、自責の念に囚われる事は少なくない。ハスタという名前を聞くのすらですら嫌悪感が襲ってくる。 「あぁ…。」 聊かしんどそうな溜息のような声を漏らし、リカルドは続ける。 「…お互い、雇われ傭兵。それ以上でも以下でもない。最も、奴は直接オズバルドからスカウトされたみたいだがな。」 「ふーん…西の戦場とかで、一緒の野営地だったんだろ?会ったりしなかったのか?」 「色々突っかかってきてはいたが、一応味方陣営だ。お前達に会った時の様に邪魔さえしなければ撃つ訳にもいくまい。」 「・・色々…?」 スパーダが秀麗な眉を寄せる。 「色々、だ。」 「っだよソレ!」 「お前が聞いても面白くないと思うぞ?」 「俺が聞きてぇっつってんだよ!」 珍しく自分の話に食い下がるスパーダに、ちょっとした違和感を覚えるリカルド。彼に話すべき昔話では自分も良い思いをしていないので、出来れば思い出したくないのだが。…という声は却下されそうなので飲み込んでおく。 「野営地で、俺の食事に妙なものを混ぜたり…」 あれは、西の戦場に入ってすぐの事だ。 「ソルダート、食事置いておくぞ。」 「あぁ、有難う。今行く―…」 同僚にかけられた声に返事をし、振り返ったところに奇抜な色の影が横切った。 「リカルド氏、今日のゲリラ戦見事でありました!特製のご褒美あげちゃうよぉ★たっぷり食って、俺の下で喘いでくれたまえ!さぁさぁさぁさぁ今すぐ飲むべきだぜ子犬ちゃん!皆が見てる前で発情しちゃって恥ずかしい醜態を晒しちゃってハニー!」 「誰が飲むか。片付けておけよ。」 小瓶から自身の髪と同じピンク色の液体を食事に混ぜるハスタを横目に、別方向へ歩き出すリカルドであった。 「うげ…」 「他にもあるぞ。夜中、テントに忍び込んできたり…」 「ご機嫌如何、リカルド氏よ。草木も眠る丑三つ時、怪盗ハスタ参上ッ!今宵、貴方の愛を浚いにきましたニョロよ。ママ〜、僕ちゃん一人じゃ眠れないぷー。そんなグズった子供を放置する気か勿論そんな事しないよねぇママ!」 テントの出入り口を捲ると同時に現れた人間に、リカルドは疲れの色を隠せない。 そもそも彼の台詞内にある通り、今時刻は真夜中で見張り交代の間の僅かな睡眠時間なのだ。 「騒々しい、失せろ。」 銃身に手をかけたまま、簡潔に答えるが相手は応える様子がない。寧ろ一人でずっと喋り続けている。 「何もしない、約束する、君を傷付けたりしない…でもぉ!最初はイタイらしいからぁ、痛かったら右手をあげるんだぴょろ。頑張って広げちゃうから、ネ!」 「出て行け。さもなくば…」 「『人を呼ぶわよっ★』って処女じゃあるまいし、ん、処女か?処女なのか?さぁ、正解は!?」 「……」 人を馬鹿にしきった態度に漸く睡眠を諦めたリカルドは、手早く銃弾を確認しながら照準を合わせるのだった。 「…そんな感じだ。」 ほら、面白くなどなかっただろうと話を終わらせるリカルド。相当思い出したくないのか、顔はいつもに増して血の気が引いている。視線は何処か海の遠くを彷徨っているようだった。 「わ、わり…苦労してたんだな、アンタ…」 「俺の場合、最大の敵はレグヌム軍でなく、本陣に居たという訳だ。」 「けどよ、皆迷惑してたんだろ?言えなかったのかよ、上の人間によ。」 リカルドの悲痛な言葉にスパーダは口を尖らせた。スパーダ自身は軍になどあの時一回きりだが、リカルドは長い事戦場に居た人間だ。少しくらい意見したって大丈夫なのではないかと尋ねてみる。が、返ってきた答えは、戦場を知らないスパーダにとって現状という名の酷い有様だった。 「…殺せば殺すだけ実力として認められていく世界だ。そういった意味ではハスタは凄かったからな。普段の素行がいくら…その、アレでも、上は殺しさせしてくれれば何も言わない。」 「殺してくれれば、後は何でも良いってか!?おかしくねぇかソレ!」 「それが軍隊だ。特に俺達傭兵なんて、正規軍ではないからな。いつも待遇は酷いものだし、味方にすら厳しい目で見られる。実力さえあれば誰も文句は言わないところは気に入っているが…。」 正規軍だと、実力がありすぎるものは煙たがられる事もある。現に寝返りを恐れて闇討ちされた奴も少なくない。 そう小さく呟いて遠くを見るリカルド。 スパーダは下唇を軽く噛み、俯いた。世界はこんなに酷い有様なのに、己はレグヌムで好き勝手暴れていたり、親や世間に反発していたりするのだ。己が無力だとは思わないが、それでも今まで世の中を知ろうとしなかった事やルカ達に会わなければ動き出そうとしなかった自分が憎い。 「俺、何にも知らねーんだな。反発するだけしといてよ。戦争や世の中のゴタゴタなんて俺には知ったこっちゃねェ、って好き勝手して。」 「大人の勝手なエゴで始めてる戦争だ。俺みたいにそれを食い扶持にしてる奴も居る。時期が来たときに現状を知っても、遅くは無い。」 「・・・。」 「寧ろ、お前達の場合は早すぎた位だな。」 「なんっかムカつくなー…」 自分の全てを許容するようなリカルドの態度と、それに甘えるしか術を持たない自分に向かって呟くスパーダ。 「あぁもう、俺にも、リカルドにも、ハスタの野郎にも腹が立ってきた!!」 「頼むから暫くその名前を出さないでもらえるか…。頭痛がしそうだ。」 「あ、わり。」 本気で米神を押さえるリカルドに謝るスパーダ。 一瞬の沈黙が走った後、再びリカルドが口を開いた。 「・・・多分、ヤツが俺だけに突っ掛かっていたのは、前世の記憶があったからなんだろうな。」 戦場には他にも沢山の人間が居るというのに、ハスタはリカルドだけを追い回していた。以前は鬱陶しくも不思議に思っていたのだが、転生者同士だからだと分かれば納得がいく。が、スパーダは腑に落ちない顔をしていた。 「でもよォ、ヒュプノスはゲイボルグと面識ねェだろ?それに転生者なら他にも居た筈だぜ。」 「確かにな。ゲイボルグのウワサを耳にした事がある位、か…。」 それは、持ち主を次々と変える不吉な剣があるだとか、血を求めて自ら動き出した剣だとか、ヒュプノスからしたら『奇怪な剣』という認識のものだろう。互いに面識は無いのだから、現世で相対しても特別な反応をするはずがないのだ。 「前世では別にヤツに憎しみも何も無かったからな。まぁ、血を求めるヤツの魂が俺を捕らえたというコトか。」 「ケッ。面白くねェな。」 「何故だ?」 小さく毒づいたスパーダに、リカルドが反応を返す。 思わず口を付いて出た言葉だったので、理由や説明できる言葉など何一つ持ち合わせていないスパーダは口を噤んでしまう。だんまりで視線を逸らすスパーダに違和感を覚えたリカルドは、思い出した疑問を追求するようにスパーダへと畳み掛けた。 「いつも俺の話など聞きたがらない癖に、今日は一段と執着していたな?」 「・・・。」 「何か関係があるのか?」 そう言われてハイそうですとは答えられない。 「(ハスタの野郎が気に喰わねェってのもあるけどよ…。昔あの野郎に何かされなかったか心配で聞いてみました〜、なんって言えるかよ!)」 スパーダが貴族として屋敷や下町を歩き回っていた時に仕入れた知識の中に、余分なものがあった。戦場では、男同士の慰めが多いのだと。慰安婦を連れて行けるほどの余裕が無い互いの軍にとって、間に合わない分は己で済ますか、男を使うかしかないのだという。 勿論この話を耳に入れた時スパーダは、冗談じゃない、絶対兵士になんかなるもんかと妙な決意を新たにするのであった。しかし今考えてみれば目の前の『最近ちょっと気になる大人』はついこの前まで戦場に居たのだ。・・・それも、気に喰わない奇妙な変態に付き纏われながら。 性的なことは何も無かったか、と真正面から聞くような図太い神経を持ち合わせていないスパーダは、小回りを聞かせて聞き出そうとしたのである。 「・・・・まぁ、言いたくないのなら別に構わないが。」 どうしよう言ってしまおうかと考えを巡らせていた内に、リカルドの方から折れた。リカルド自身スパーダの答えなど別に大したことではないと踏んでいるのだろう。そろそろ潮風が冷たくなってきた時間になっている事も手伝って、リカルドは先に戻るぞと声を掛けて踵を返した。 その背中に、思わず声を掛ける。 「・・・当ててみろよ。俺が話に執着した理由。」 「?検討も付かないが。」 「ちったぁ考えろ!」 即座に返される答えに怒るスパーダ。仕方が無いと思いリカルドは腕を組み視線を落とした。 これで気付いてくれるようなら最初から苦労はしねェよなぁ、と期待2割諦め7割でその様子を見守るスパーダだったが、己の考えは正しい事を知る。 「お前まさか・・・ヤツの事をもっと知りたいのか?」 「ちっがう!!!」 「!」 思わず出した怒鳴り声に、リカルドはビクリと肩を震わせる。 「あー、もういいもういい!アンタに期待した俺が馬鹿だった!」 「なんだと?」 無駄なところで沸点が低いリカルドが、スパーダの台詞に喰ってかかる。 「もーちょっと自惚れた考え方してみろっての!オラ、そろそろ飯の時間だから先行ってんぞ!」 よし、コレで充分なヒントを与えたと、スパーダは急ぎ足でリカルドの横をすり抜け船内へと入って行った。勿論、答えが分かったら聞かせろよと言っておくのも忘れない。 一人残されたリカルドは、首を傾げてスパーダを見送ったのだった。 夕食後。 「ベルフォルマ。結局さっきのは、俺を信用してヤツの情報を聞き出したかったというコトだろう?」 「ちっがう!!!」 何だその捻た考え方はどうやったらそうなるんだ! いい加減ヤツと俺を結びつけるのをヤメロ!! 怒号が船舶内に響き渡る、騒がしい夜となるのでした。 無理だよスパーダ…彼、自分の事に関しては本当に疎い人だもん。 10歳差の性別越えた恋愛なんて頭の隅にも無いと思うよ(byルカ) ハスタ語練習がてら、いつもの2人。 一時欲求ネタも書きたいなぁいつか。海水浴とか! ルカは同質なんでいつもとばっちりのような応援のようなスルーのような態度。 あ、ルカで〆すぎてる自分(笑) 2008.01.05 水方葎 |