*夕食まで、あと1時間*




途中色々ありながらも、何とか目的地のテノスに辿り着いた一行。
湿原や戦場、慣れない雪道と野宿ばかりで疲弊しきった身体を癒そうと、街で宿を取る事にした。ツインが2部屋しか空いていないという事で、足りない分は各部屋に一つずつ予備の布団を出してもらう事にして男女で分かれる。夕食時に合流という事でつい先程女性陣と別れたのだった。
久しぶりの柔らかいベットの感触に埋もれていたスパーダは、放り投げた荷物をそのままに冷えた身体を温めようと羽毛布団を手繰り寄せる。
「うぅ〜っさっみぃ〜!」
「でもベット二つしかないんだよね。どうしようか?」
靴を脱ぎ捨てベット一つを占領し、既に寝る体勢に入っていたスパーダ。羽毛布団から顔だけ出して面倒臭そうにルカの問いに答える。
「一つ予備を出してもらえんだろ?いーじゃねぇか。」
「布団、床に直に敷くみたいだし。硬いし、絶対寒いよ…」
「あー…そーだなぁ…」
衣服を整える事もせず、ルカの言葉に考えるふりをしつつも既に意識は夢の中だ。
無理もない、湿原と戦場は結構な強行軍で進んだのだし、斬り込み隊長として先陣をきっていたスパーダだ。いつも背伸びをして斜に構えている彼にしては珍しく、疲れを隠そうとしなかった。
「俺が予備の布団を使わせて貰う。」
「・・!」
耳に心地良い低音が入ると、途端にスパーダの頭の中はクリアに冴え渡る。
「でも、リカルドだって疲れてるんだし…」
「ガキがいらん遠慮をするな。俺は慣れているから大丈夫だ。」
「うん…。有難う、リカルド!」
「気にするな。それよりベルフォルマ、寝るならちゃんと上着を脱いでハンガーにかけろ。帽子もだ。靴もきちんと揃えろ。」
「・・・」
二人のやりとりと自分へ向けられる内容を、夢うつつで右から左へと流す。が、どうやら自分とルカがベットを使い、リカルドが硬い床で布団を使うのだと判断すると鍛えた腹筋を使ってガバリと起き上がる。
既に別の話をしていたらしい二人が、突然のスパーダの挙動に驚いた。
「…ど、どうしたの?スパーダ。」
「・・・。」
「おい、ベルフォルマ?」
「っだよ!!あークソ、ムカツク!!」
急に起き上がった余韻から少し呆けていたスパーダだったが、リカルドが声をかけるとその不思議そうにスパーダを見る碧い目をギッと睨み付けた。しかしその悪態の意味が分からない二人は、疑問符を並べてお互い顔を見合わせる。
「何でもかんでも俺たちに回しやがってよ、自分は余裕ぶっこきやがって!ざっけんな!」
「スパーダ・・?」
「早々に夢でも視ているのか?」
道具袋にかけていた手を離し、恐る恐る声をかけるルカ。
リカルドは武器の手入れを始めながら呆れた言葉をかけるも、既にスパーダを視界に入れてはいない。
しんとその一言に静まり返った部屋は、カチャカチャと武器のパーツを外す音だけが響いた。
「・・・」
「・・・スパーダ?ホントに夢、視てるの?」
寝言に反応したら死神に魂取られるんだっけ?などと俗説を口の中で呟きながらスパーダの顔を伺うと、彼は俯いたまま、だがヒシヒシと怒りのオーラが伝わってくる。その不穏な空気と先程の台詞から、何となく標的は自分でない事を察知したルカは道具袋を片手にいそいそと部屋の退室を試みた。
いじめられっこだった勘が告げるのだ。『此処に居てはならない』と。
「りっリカルド!僕ちょっと皆と買出し行ってくるね!」
「?あぁ、分かった・・・。」
言うが否や、いきなりの申し出に首を傾げるリカルドを置いて、早々に部屋を出るルカ。
その安っぽい扉がパタンと丁寧に閉められた瞬間、スパーダはベットから飛び降りてリカルドへ詰め寄った。
「・・・おっさん!テメェの事だよ!」
「何がだ?というより、急に不機嫌になるのは止めろ。靴を揃えろ、寝るなら上着を脱げ。」
いつもの手袋から作業用の軍手を着用しようとしているリカルドの腕を掴み、グイと自分へ向き直らせる。その案外強い力にリカルドは眉を寄せた。そして勢い良くリカルドの腕を手放したスパーダは、次に自身の埃やら雪やらで少し濡れていた上着を乱暴に脱ぎ捨てる。彼なりに言う事を聞いているつもりかもしれないとは思うが、せめてハンガーにかけろと言いたくなるリカルドであった。
そんな違う方向へ思考を這わせていると、スパーダは無言で再度リカルドの腕を引っ張ってベットへと投げ捨てる。
「っ!」
直前で足払いをかけると、油断していたらしいリカルドはベットに倒れ込んだ。すぐに起き上がろうとするが、すかさずそれを阻むようにスパーダが圧し掛かる。
「・・・何だ?」
「アンタ、いっつもそうだよな。それが年長者のヨユーってやつかよ?」
「余裕、というより、大人はガキに色々譲るものだ。云わば常識、だな。」
そんな事で何故怒り出す?と呆れた目で見上げられ、スパーダは余計に怒りが込み上げる。
別にリカルドが言っているのは突拍子もない事でも何でもない。大人は体力があるし体も出来ていて頑丈だ、戦場慣れしているので別に自分は床でも構わない、と。ただそれにスパーダが理解出来ないだけなのだ。その壁に大人と子供の違いを見せつけられている気がして余計に苛々が募る。
「テメェだって疲れてんじゃねーか。」
「だからと言ってベットが増える訳でもあるまい。いい加減、妙な駄々を捏ねるのはよせ。」
「捏ねてねぇ!!」
ガツッ
そう効果音がしても良い位に、スパーダはリカルドから紡ぎ出される『常識』を塞ぐ為に荒い口付け…というよりも激しく噛み付いた。
「!!」
急な行為に驚愕したリカルドが両手足を使って全力で抵抗を試みるも、剣を扱い前線を走り回るスパーダの四肢を押さえる力は中々のものだったし、重力での差も大きい。抵抗すればするほど息が辛くなり、口付けの所為か抵抗の所為か、息が上がってきてしまう。
「ふ、・・ぅ!」
酸素を求めて開いた口に無理矢理舌を捻じ込み、その口内を犯す。ぐ、と苦しそうな声もスパーダの耳には入らず、ただその口を貪るばかりであった。
お互いの唾液を絡めあうようなその行為と、耳に入る水に濡れたような淫猥な音がリカルドの羞恥心を煽る。クチャ、ピチャリ、と逃げれば追うように舌を絡め取られ、性感を引きずり出すようなそれにゾクリと背筋が粟立った。
真正面からの抵抗は諦めたのか、このまま続けたら本気で取り返しがつかないと判断したのか、今度は抗議するようにスパーダの背を叩くリカルド。終いには髪を引っ張るという暴挙にでるが、それでもスパーダの身体が離れる事はなかった。
そしてそれらは逆効果だったのかもしれない。スパーダは頑なに聞き入れないらしく、リカルドの下唇を甘噛みして更に煽る。
「…んんっ!」
どれ位経ったのだろうか。長すぎる行為と続く酸欠、それから行為の相手がスパーダだという現実を思い出したリカルドは、軽いパニックに陥った。
抵抗は小さくなり、徐々に感じて震え始めていた身体が再度強く抵抗を始めた事に違和感を感じたスパーダ。名残惜しそうにゆっくり濡れた唇を離すと、どちらのとつかない唾液が糸を引く。それをスパーダが右手で軽く千切るが、その間もリカルドからは何の言葉も出てこない。そればかりか抵抗も止んでいる。
「・・・おい?」
未成年に濃厚なキスをされた事がそんなにもショックだったのだろうかと顔を覗き込むと、彼は『此処』を見ていない。違うどこかを眺めていた。放心、というには少し違う、光を見失ったかのような蒼の目。互いに呼吸が荒いのは行為の所為だが、リカルドの浅い呼吸の繰り返しは何か違うものの所為をも感じさせる。
俄か身体が震えているような気さえして、スパーダは再度声をかけた。
「大丈夫、か…?」
「ッ!」
すると、小さく息を呑んだ後にようやくスパーダをその瞳に映した。
途端、スパーダの下でグッタリと力が抜けてゆく身体。てっきり怒号をもって怒られると思っていたスパーダだったが、リカルドは溜息一つ吐いてスパーダを押し退け起き上がっただけだった。
「・・・・・何がしたいんだ、お前は…」
「…怒らねぇの?」
「怒られたいのか?」
「いや別に。」
怒られないということは、それなりに脈アリなのかと都合の良い妄想を始めるスパーダだったが、次に出された言葉に撃沈することとなる。
「反省…というより本人が後悔している事を、俺が追い討ちをかけるように言っても無意味だろう。」

嗚呼ダメだ、このおっさん俺が今までしてきたアプローチを全部谷底へ突き落としやがった。

今のキスもどうせ衝動的だとか思っているのではなかろうか。
そう思ってスパーダは恐る恐る尋ねた。
「後悔?俺が?…テメェ、今のベロチューを何だと思ってんだよ!?」
「勇気が要る嫌がらせだな。」
「てっめ…!!」
今までさりげなく会話を増やそうと試みた事や、素直さを表現してみようとした事や、その他色々、スパーダがリカルドの気を引く為に行った行為は全て水泡となった瞬間だった。
一人煮えくり返っていると、リカルドが濡れた口を袖で乱暴に拭いながら声をかける。
「で?何がしたかったんだお前は。また例の『子ども扱いするな』か?確かに今のはガキのするようなモノじゃないな…。」
「ちげぇっつーの!アンタ一人で俺たちに遠慮ばっかしてんじゃねぇって言いてぇんだよ!」
「…要約すると『子供扱いするな』という事だろう。」
「・・・・俺たちにもっと頼れって言いてぇの。」
「同じだ。」
結局、この正しい事を言う大人には口で敵う筈がないのだ。分かっていながらもスパーダは、リカルドの事がどうしても気になってしまう。
パーティ内で唯一の大人だからだろうか、とか、きちんと『自分』という固体に真正面から向き合ってくれるからだろうか、とか、色々考えた。それらも勿論当て嵌まるのだが、それだけではない何かがある。そう確信して色々試してみた結果、この大人の事が好きなのだと自覚したのは彼が自分達を裏切った時だった。
それから。
それからだ。
もう離れて欲しくないと思ったのは。離したくないと思ったのは。
自分たちが彼の手を煩わせない人間で、もっと彼の負担を減らせば離れる事が無くなるのでは、と思う。そう思って色々してきたつもりなのだが、リカルドは自分の姿勢を崩そうとしない為、全て空周りで終わってしまう。それどころか呆れさせ、怒らせる事も少なくはない。
「俺は!テメェが!!」
再度圧し掛かるのは失敗するも、ガバリと向かい合ってリカルドの肩を掴んで勢い良く叫ぶ。
あれほど濃厚なキスまで仕掛けてしまったのだし(何一つ意味は通じていないが)、勢いで言ってしまっても問題は無いだろう、と。
・・・が。
「・・・。」
「・・・何だ?」
言えない。
どうしても、スパーダの口から「好きだ」「愛してる」の言葉が出てこなかった。
リカルドの事を性欲対象にまで見てしまっている自分のことだから、そんな言葉くらいスラッと言えると思い勢いに任せてみたが、言えない。
そんな自分をスパーダは心の中で激しく罵った。
「・・・・何でも、ねぇ・・。」
俺の最低野朗。チキン。緑。
次々と己へと浴びせる罵倒。勿論声には出していない為、リカルドはスパーダの葛藤など知る由も無い。
リカルドは何なんだ一体、と呆れ顔でベットを降りようとする。まだコートを脱いでいなかったので、多少型崩れしている気がするその端を、スパーダは慌てて引っ張った。
サラリと束ねられた髪が揺れ、振り返る。
「あー…さっき、の。ベロチュー、な。」
「・・・もっと上品な言い方は出来んのか・・?」
「別に、嫌がらせでも何でもねぇから。それだけは覚えとけ。」
人の話を聞かず、尚且つ尊大な態度にリカルドは溜息を吐く。
「お前もダメージを喰う、諸刃の剣だな。」
「だから違ぇっての!んな言うならも一回強烈なのさせて頂いてもイイですかねぇ!?」
売り言葉に買い言葉。この言葉に便乗して再度キスする機会を伺おうとする魂胆が見え見えなスパーダだったが、リカルドはピタリと動きを止めて俯いた。
「…先に言っておくが、お前の事が嫌いな訳じゃない。・・・・が、どうしても嫌な過去を思い出してな。勘弁してくれ。」
嫌いな訳じゃないと言われ気分が上昇しかけたスパーダだったが、直後紡がれた"嫌な過去"という単語にピクリと反応する。
キスで嫌な過去を思い出すという事は、過去の女絡みかと一瞬勘ぐってしまったが、先ほどキスをした時に普段冷静な彼が尋常ではない様子だった事を思い出す。女絡みならば、あんな怯えが走った目はしないだろう。
「それって…いや、わりぃ…俺が聞ける事でもねぇな。」
「さっきまで好き放題やっていた人間の台詞ではないな。…基地に居た頃、そういう事があった。それだけだ。」
「!」
思わず顔を上げたスパーダ。
聞きたそうだったので、ただの辛かった過去だと流した話のつもりだったのだが、スパーダからしてみればそうではなかったらしい。同情でもない、哀れむでもない、純粋に心が痛んでいるような目を向けられるリカルド。これでは一体どっちが悪い過去を思い出した人間なのか分からないなと唇の端を上げる。
こういう時は少し自分が優位に立つような冗談を言うと、すぐ元気に噛み付いてくるだろうという事を短い付き合いの中で学んだ。
「嫌な思い出でな。今夜眠れなくなったらどうしてくれる?」
んなモン、俺の知ったこっちゃねぇよ!
きっとそう返してくると思ったのだが、今回は勝手が違った。否、勝手というよりもいつもとは(スパーダにとって)内容の重さが違ったというべきか。
「・・わり…」
「・・・。」
ここでようやく完全に沈んでいる事を感じ取ったリカルドは、どうしたものかと眉を寄せた。
スパーダに関しては、反抗期の息子をもったように手探りで距離感を掴んでいる。他のメンバーのように意外と扱いやすいかと思えば今日のような事があるので、リカルドにとってスパーダの扱いには手を焼いていた。
「よし分かった。今日リカルドは俺と一緒のベットな。」
ほら。何を言い出すかと思えば。
「・・・何がどうなってそういう結論が出るのか、お前の頭の中を見てみたいものだな。」
「ハァ!?んで分かんねーんだよ!」
「分かるか。」
「だぁら、一緒に寝た方が暖かいだろ?硬い床の上に布団敷いて寝なくても済むし、俺も嫌な事を思い出させちまった以上責任取りてぇし。だろ?」
これしかない、という晴れ晴れとした顔で同意を求められたリカルドは、一瞬の眩暈の後にヨロヨロとベットから立ち上がる。
「何が責任だ…大体俺にベットを使わせる気なら、ミルダとお前が一緒のベットに入るという選択肢もあるだろう。」
「それじゃ俺がリカルドとベットに入れねぇじゃんかよ。」
何言ってるんだよ、とまるで自分が悪いように言い返され、呆気に取られるリカルド。
「一緒に寝ようぜ。アンタも気ぃ張って戦場の中パーティを守ってくれたんだし、疲れてんだろ。」
「・・・ミルダに何て言う気だ。」
「大丈夫、アイツは何も言ってこねぇよ。さっき睨み効かせといたからな。」
だからあんなに急に部屋を出て行ったのか?と幼い子供に同情を寄せる。
取りあえず皺にならないように自分のコートをハンガーにかけ、ついでに先ほど脱ぎ捨てられたスパーダの上着をもかけておく。
すると、リカルドがそれを終えるのを待っていたかのように「ほら、」という声が後ろからかかった。

「大丈夫、なんもしねぇよ。暖かいぜ?ベット。」

普通それは女に言う台詞だろう、とか、後1時間ほどで夕食だぞ、という言葉は出てこなかった。
その代わりに、いい加減疲れてきたリカルドは本日何度目か分からない溜息を吐きながら、静かにベットへと足を進めるのであった。






窓の外に、この地域では滅多に止む事がない雪が散っている。
今夜も、寒くなりそうだ。



「暖かいと安心するって言うし。眠れんなんて言わせねぇからな。過去なんて忘れちまえ。」

「…お前の考える事は、本当に分からん…。」







一部のベットを除いては。








24日スパリカ絵茶で、急にベロチューとリカルドが基地で●●された過去の影を書きたくなってきて書いてみた。
まだEDいってないからか、キャラが固まってない…。スパーダがただの迷惑な子になってる(´ロ`;)
男にチューされても精神的にあまり何も感じないリカルド氏。

ベットの中で二人向かい合って丸まって寝ればいいよ。
「腕枕してくれるんだろ?」
「するか。一体いつの話だ。」
「4ヶ月くらい前か?」
「・・・・・寝ろ。」

小説がパターン化しててすんません。
くっついた二人も恐る恐る書いてみたい。



2007.12.26   水方 葎