* 一歩前進? * 「ねぇねぇ、僕思ったんだけどさ…」 「んだぁ?」 一行は船旅を経て、東の国アシハラへと辿り着いた。情報収集もそこそこに、ギルドで新しいクエストを受けてダンジョンへと向かおうと決めた所だった。 いつも通り、遠慮がちにルカに話しかけられたスパーダは、彼曰く"普通"に柄悪く返事を返す。 「いや、あの、その」 「…別に何も怒ってねーよ…」 だからさっさと話せ、と促してやると漸く話し出す。 「うん…何かさ、リカルドって心配だよね。」 「は?」 やけに神妙な顔をして話し出すルカに、スパーダは思わず声が裏返った返事を返してしまう。 ルカはそんなスパーダを気にせずに、話を続ける。 「あんまり顔色良くない…のは地だとしてもさ、少食だし。」 いきなりの話題に頭が混乱しかけたスパーダだったが、ルカが言わんとすることを理解し始めて何故だかほっとした。彼が言う"心配"とは、体調云々の事なのだろうと。 「(って他に何があんだよ…何安心してんだよ俺…)」 「武器が後衛向きなのに敵を引き付けたり、前に出てくるし。」 反論してこないスパーダに安心し、関を切った水のように言葉を紡いでゆくルカ。 「…そりゃ奴の性分だろ?」 「そうだけど。変な人にも絡まれやすくないかな?」 「レグヌムの港で見かけた奴とか、あのハスタって変態とか、か?」 「そうそう!」 船旅前にリカルドに話しかけていた怪しい人間と、戦場で出会った変態…というより変体な人間を思い出して相槌を打つスパーダ。ルカは頷きながら、二人の会話には気付いていない、少し前を歩くリカルドを見た。彼はアンジュと一緒にギルドダンジョンへの地図を覗き込んでいるところだ。良い大人は出来ない仕事を引き受けたりはしない、と言ってはいたが、傭兵というのはもっと雇い主と色々あるのではないだろうかと無駄に勘ぐってしまう。現に今だって、雇い主であるアンジュから無理を言われている時があるのだから。 それを思って心配だと呟くルカに、何故かスパーダは苛立ちが募る。別にルカがリカルドを心配するのは、不思議ではない。元々人への配慮が強いルカの事だから。 だが、同じように素直に心配するわけでなく、彼は別に大丈夫だと反論してしまう自分に腹が立つのだ。・・・自分だって、近頃リカルドの事が何かと気になって仕方がないというのに。 「(…周りに居た大人が、じいやしか居なかったからか?)」 思い返してみれば、自分は大人に構われた事が少ない気がする。寧ろ邪険に扱われたり存在自体を希薄に扱われ、成長した今でさえ大人は敵だと思っている節がある。が、いくら邪険にされたりガキと呼ばれても、仲間になってからリカルドが敵だと感じた事は一度も無かった。彼は言葉が厳しいものの、意外と面倒見が良かったりするからだろう。 それに気付いてから、スパーダはリカルドの事が気になっている・・・気がする。 「(今まで俺の周りには、居なかったタイプだ…。)」 「色々な雇い主に無茶言われたり、変な事されたりしてたんじゃないかな・・・って思って。心配だよ。」 ルカの声にハッと我に返るスパーダ。 どうやら自分の考えに没頭していたらしい。 「って、へ、変な事ぉ!?」 「うん。」 ―変な事ってどういう事だ確かにそういう嗜好の奴も居るかもしれないけれどアイツはそんな安く自分を売るような奴じゃねーだろ!― 勿論声には出さずにそこまで考えが回るスパーダだったが、ルカは固まったスパーダを見て安心させるようにニッコリと笑う。 「想像でしかないけどね。」 分かっているのだ、ルカは。 最近スパーダがやけにリカルドに絡む事も、他の人との会話で彼の話題が多い事も。 それを踏まえたうえで、この話をスパーダに振っている。スパーダからしてみれば、自分さえ知らない自分の弱みをルカに握られている錯覚に陥るのだ。 「・・・・・。」 「大人の人に向かって言うのは失礼かもしれないけど、やっぱり心配だよ・・・」 「・・・まぁな、アイツ変な所で抜けてたりするからな。」 試すようにチラチラと視線を投げられ、スパーダはため息混じりに言い放つ。リカルドはツメが甘い…というよりも天然なのか、抜けているところが多少あるのは事実だ。 その答えを待っていたかのように、ルカはずいとスパーダの前に立ちはだかる。 「だよね、やっぱり!僕たちで気をつけてあげないと!」 「…気をつけるって何をだよ。第一相手は自分たちより一回り以上年上の大人の男だぜ?女子供じゃあるまいし―…」 「スパーダは心配じゃないの?」 その言葉を聞いて、ぐ、と喉を詰まらせるスパーダ。 実際レグヌムの港で妙な男に射殺すような視線を送っていたのはスパーダだし、ルカは彼の代弁をしたにすぎない。思い返すと、ルカよりもスパーダの方がリカルドを心配していたり、気にかけている節が多々あるのだ。自覚はないかもしれないが。 そこでルカは、なかなか素直になれないスパーダのために今回の事を思いついたのだった。 ギルドダンジョンで依頼されたクエストを終わらせ、暗くなってきたので野宿する事になった、夕食時。 「はい、リカルドの分ね。」 「あぁ。汲み足してきた水は此処に置いておくぞ。」 「有難う!」 ルカが返事をしながら、リカルドへ食事を手渡す。 ・・・が、 「…量が多くないか?」 まるで山盛りです、と言わんばかりのあからさまな増量に眉を顰める。 「そ、そうかな?あはは、そんなことないって!」 慌てて否定するも、いつもの量を考えると差は歴然としている。 小さく溜息をついて、リカルドはルカへ器を返した。 「減らしてくれ。そんなに食えん。」 「リカルド食べないのかー?ならばコーダが食うぞ、しかし。」 「あぁ、やろう。」 グシャッ… 割って入ったコーダだったが、その瞬間いつの間にか近寄っていたスパーダにより踏み潰された。 「余計な事してんじゃねぇ、クソネズミ…!!」 「・・・?」 余りにも何か企んでいるような二人の不審さに、思わず首を捻るリカルドだった。 翌日、アシハラまでの帰り道。 「リカルド、アビリティのルアー(敵の攻撃対象になりやすい)禁止ね。」 「何だ、急に?」 さて帰ろうという時に、突然パーティリーダーから放たれた言葉にリカルドは疑問符を打つ。 「代わりに防御上昇(防御+5%)入れとけよ。」 「・・・。」 同パーティに入っているスパーダが、有無を言わさない気迫でを勧めるのにも納得がいかない。 が、リカルドは敢えて口を閉ざし、言われた通りにするのであった。 そして戦闘中。 「スパーダ!あの敵っ…!」 「任せろ!!」 後衛を狙い、勢い良く突進してきた魔物に銃を構えたリカルドだったが、それは火を吹く前にスパーダによって倒された。それは確かに見事な剣さばきではあるのだが、ルカとスパーダで自分を守るような隊形なっている事に眉を寄せるリカルド。 「俺はお前らに後衛も任せて貰えない程、信頼が無いのか?それとも弱いと思われているのか?」 「そういう訳じゃないよ!だってリカルド僕らより断然強いもん…。」 「俺がたまたま近くに居たからだっての!寧ろお前の事は!……何でもねぇ。」 「?そうか…?」 スパーダの隣に居るルカがあからさまに残念な表情を作ったのは横に置いておき、二人の不審行動の数々に疑問を持たざるを得ない。 「気にすんなって!」 「そうそう!」 「・・・・。」 だが、今回も必死で隠そうとしている二人に、問い質す気にはなれなかった。 そうして街へ帰り、依頼されたアシハラ周辺の魔物をも退治し終わった一行は、王の墓へ入る前に宿で休息を取ることにした。宿を取ってしまえば後は自由時間で、街から出なければ基本何をしていても構わない。 夕暮れよりも夜の色が濃くなってきた頃、リカルドは次の船便予定を聞く為に港へと足を運んでいた。 元々小さい街なので何処に居ても潮の音は聞こえるが、やはり港は一段と大きい音がする。 海風が銃器に良くないという理由で、愛用の武器は宿に置いてきた。いざという時には短剣と小銃を持っているので構わないだろう。護衛を頼んだ依頼主を置いてきても良いのかと言われてしまいそうだが、彼女だってずっと付きっ切りで居て欲しいという訳で護衛を頼んだ訳でもあるまい。それに今頃は、宿でエルマーナと夕食を心待ちにしている事だろう。 着いた時からこの街の料理を楽しみにしていたからな、と思いながら宿への帰り道を歩いていると、ふと後ろから声をかけられた。 「ちょっと、そこの兄さん!」 「・・・何か用か?」 振り返ると、口元に腕をあてて、ふらふらと近寄る中年の男性。覚束ない足取りだ。 「いや、実はねぇ、船乗りの癖に風邪引いちまって。今の便で降りて来たんだがぁ、足元が、ふわふわするんでね。ちょいと俺の家まで手伝ってくんねぇかい?」 「仕方ない。家は何処だ?」 「助かるぜ…家はそこの道を… ―グハッ!」 リカルドが男に差し伸べた、その手が取られる事は無かった。 己の方向に倒れ込み、地面と激突を果たした男の向こう側に居たのは…見慣れた緑の髪色だった。 「オイッ!!こいつ妙な注射針持ってやがったぜ!?」 息せき切って男を踏ん付け、リカルドに吠え立てるスパーダに軽い頭痛を覚える。蹴り倒したのは勿論、スパーダだろう。傍らに立っているルカは怯えている。 「ほ、本当だよリカルド!手に仕込んでるの見えちゃったもの…!」 物騒な世の中だ、人攫いや人身売買も裏の世界では珍しくないとルカは父親から聞いた事がある。それがまさかこんな島国にまで及んでいるなんてと顔を青くするルカ。 が、狙われた当の本人は無関心なもので、腰に手をあて深く溜息を吐くのであった。 「…知っていたが?」 「は!?」 「え?」 思わぬ回答に、二人は揃って目を丸くする。 「知っていた、と言ったんだ。」 「はぁ!?知ってて付いて行こうとしたのかよ!?アンタ、少しは身の危険を考えろよな!!」 冷静に淡々と"知っていた"発言を繰り返すリカルドに、スパーダは噛み付くように吠える。その勢いは機から見れば、何故そんなに真剣に?と疑問を持たざるを得ない程で、スパーダ一人が熱くなっている。 「街中で騒ぎ立てんに越した事はない。それに、アルカの手の者かもしれんだろう?何か聞き出せんかと思っただけだ。」 そう言われてしまえば、スパーダの立場は無い。勿論正しい事を言っているのは、リカルドのほうなのだから。それに彼は一言も助けてくれなどと言ってない。 「と、とりあえず場所変えようよ二人とも!此処じゃ、ほら…人が集まってきちゃうし。」 夕刻なだけにまばらな人影ではあったが、リカルドの言うとおり騒ぎ立てない方が良いだろう。 先日からのルカとスパーダの不審な行動に苛々を募らせていたリカルドは、静かに怒りながらもその提案に同意して黙りこくったままのスパーダを促した。スパーダが蹴倒したオヤジは低い声で呻いているものの、意識があるならば此処へ転がしておいても問題は無さそうだ。 石畳の町並みを抜け、宿へと戻ってきた。部屋割りは男女で分けられているので、この騒ぎを女性陣に聞かれずにほっとするルカ。こんな事がバレたら、何を言われるか分からない。 「・・・で?」 出入り口の壁に凭れたリカルドは、腕組みをしてルカとスパーダを見下ろす。ルカはベットの淵に腰掛け、口の中でもごもごと呟きながら視線を彷徨わせた。スパーダも同様に、ベットサイドに立ち、腰に手を当てたまま口を閉ざしている。 「最近の俺に対する行動は何だ?イジメか?」 「そんなつもりじゃ…!」 「だったら何だ、説明してもらおう。」 慌てて否定するルカに、間髪入れず問い質そうとするリカルド。 まるで取り付く島も無い雰囲気だ。 「何もねぇよ、別に。」 「・・・。」 スパーダが己には非が無い、とリカルドを睨むように見る。対してリカルドも、そんな態度のスパーダに苛立ったのか少し目を細めた。凍りそうな部屋の空気に、仕方なくルカは全て白状しようと口を開いたのだった。 「あ、あの、・・・リカルドが、心配だったんだ・・・」 「俺が、いつお前達に心配されるような行動を取った?」 「それは、その…」 「(全部だよ)」 必死で弁解を試みるルカに、スパーダが胸中で毒づく。 「色々・・・大人なのにご飯あんまり食べないし、敵を引きつけようとするし、よく変な人に声を掛けられてるし…。」 とりあえず思いつく限りの心配事を並べるルカ。 だから僕とスパーダで、リカルドの負担を減らそうとしたり色々やってみてたんだ。そう続けるルカに、スパーダは面白くない表情を作ってベットに座り込んだ。これでは素直に心配するどころか、悪い事がばれた子供のようだ。 ルカが心配事を言い尽くし、黙り込むと同時にリカルドが口を開く。 「少食なのは元からだから勘弁してくれ。敵を引きつけ前線に出るのは、大人として当たり前の事だ。相手方を霍乱する、立派な戦術でもある。…変な奴が声を掛けてくるのは、まぁ、大人なら皆そんなものだ。」 てっきり「余計な真似はするな!」と怒られるかと覚悟したが、リカルドの声は先程までの怒りは無く、寧ろ淡々としたものだった。 「で、でも!」 「それに、俺はそういうのに慣れているからな。」 ルカの反論をも飲み込み、有無を言わせない。 それって慣れてるとかそういう問題じゃねーよ、とか、結局何も変わってねぇだろ、とか、スパーダの反論も頭の中だけで行われた。 「分かったか?以後、妙な真似はしないでくれ。」 「「・・・。」」 これにはもう、二人で黙って頷くしかあるまい。 「良し、聞き分けの良いガキは嫌いじゃない。じゃあ俺はラルモに用があるから、また後でな。」 スルリと黒のコートを翻し、相部屋を出て行くリカルドを見送る術しか持たなかった。 後に残されたのは、微妙な沈黙を持つ空間とベットに鎮座する二人。この部屋を後にしたリカルドの靴音さえも聞こえてくる程の、静寂。 コツ、コツ、コツ、……ゴンッ そこに混ざる、鈍い音。 「(・・・靴音?)」 「クソッ…」 「リカルドさん?どうかされました?壁に激突なんて、らしくないですよ。」 「…セレーナか。考え事を、していただけだ…」 「顔、真っ赤ですよ?」 「………顔面を打っただけだ。」 暫く口を開く事が出来ずに黙っていた二人に聞こえてきたのは、そんなやりとりだった。 「ねぇ、スパーダ・・・」 「あんだよ。」 「やっぱり、リカルドって心配だよね。」 「・・・そーだな。」 やっぱりあのオッサン、俺がついててやらねぇと…。 今回の一件により、リカルドに対する気持ちが何なのか、少しずつ理解し始めたスパーダであった。 今ならば、先日リカルドに直接言いかけた「寧ろお前の事は」の続きが言えるような気がする。 同時刻、ルカが発案するのはまだしも、スパーダまで絡んできた事に首を捻るリカルドの姿。 その顔は先程アンジュに指摘された通り。誰にも会わないことを祈りつつ、俯き加減にラルモを探す。 「(俺の事を良く思っていないと認識していたのだが…実際は違うのか?ガキの考える事は良く分からない。)」 何にせよ一回り以上歳の離れた子供に、これ程まで心配される経験が無かったリカルドは、恥ずかしいやら嬉しいやら…微妙な感情が渦巻いていた。 ねぇ、これは一歩前進?(byルカ) まだ両者自覚前。 TOIは、キャラが凄く年齢に等身大な気がします。仕草、言葉遣い、社会との関わり方… 身長・体重も結構リアル値で好感。 なので、等身大で書くことを意識してみたり。うん、見事失敗(^=^) リカルド氏(27)は、どこか抜けてるとイイ。あと当サイトでは少食設定です<何それ 2007.12.22 水方 葎 |