ラスボスまでいっていれば大丈夫です。
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*おだやかなにちじょう*








「クリード!飯出来たぜ。」
廊下から食欲をそそる食卓の匂いと、青年の声が聞こえた。
クリードはたった今まで読んでいた古めかしい本をそのままに、静かに目を閉じて返事をした。
「分かった、今行く。」
栞を挟むことも無く、立ち上がって部屋を出る。するとダイニングからの匂いはより鮮明になり、夕飯のメニューが頭に浮かんでくる。そうなると自身が思っていたより腹が減っていたらしく、本に集中していた時より空腹感が増す。
最早、先ほどの本の内容など1頁も思い出せなかった。


「待たせた。」
「別にもうちょっと本と仲良くしてても良いんだぜぇ?」
「嫉妬か?」
「ばっ・・違ぇよ!」
用意されたいつもの席に着くと、ヒスイはエプロンを外しているところだった。夕飯のメニューは予想と違わずロールキャベツで、これはクリードが好きな料理の一つだ。リクエストしていないに関わらず、こうやって好物を何気なく出してくれるようになったのは何時の頃だろうか。それがこそばゆくて笑みが零れる。
「今日のは自信作だからなー。」
「それはこの前も言っていなかったか?」
「・・・・・・・うっせ。」
得意気に言いながらフォークやナイフを並べるヒスイは、悪態を吐きながらも準備を進めている。
何か他にやることは残っていないだろうかとクリードが辺りを見回すと、幸いな事にワイングラスがまだ空のままだった。特に記念日という訳ではないが、この幸せな日常に美味しい酒が飲みたくなって席を立つ。
「ワインを持ってくる。」
思い立ったクリードが急に席を立った事により、つい、と首を傾げるヒスイだったが、その言葉を聞いて安堵したように頷いた。
「あんまり強いのはやめろよ。」
「善処しよう。」
以前調子に乗ってアルコールの強い赤ワインを飲み干し、二人して酔い潰れて夜明かしした経歴を持つ。ヒスイはともかく、クリードはそう弱くはない。ただ強くない事も確かなので、それ以来度数の低いヴィンテージや白ワインに切り替えている。
クリードは一度ダイニングを出て、自室へ向かった。
何だか鼻歌でも歌い出したい気分だった。


「何持って来たんだ?」
「名前を聞いて理解できるのか?」
「いや。聞いてみただけ。」
どうせ俺には酒の種類なんか分かんねぇよ、と不貞腐れるヒスイに唇の端を上げるクリード。既にテーブルの隅に用意されていたソムリエナイフを片手に手際良くワインの口元を開け、コルクにスクリューを回し入れて優しく引き抜く。
一見すれば簡単で大した力も要らなさそうなこの作業だが、実際はとても面倒で大変なのをヒスイは身を持って実感した事がある為に大人しくしている。何より流れるようなクリードの動作がとても綺麗であり、それを見ているのが好きなのだ。
「・・・まあまあだな。」
栓を開けた瞬間ふわりと漂う匂い。まあまあだ、と言いながらもクリードの顔は嬉しそうで、ハズレではないことを示している。
クロスを充てながら先にヒスイのグラスへ、次に己のグラスへ赤を注いだ。
「クリードの色だ。」
毎回の決まり文句になっている台詞がヒスイから紡がれる。
「そうだな。」
そしてその台詞を笑って肯定するのが、クリードの役目であった。
席に着いて向かい合うと、いつまでたっても感じる、少しの気恥ずかしさと幸福感。

「「乾杯。」」




食事はとても和やかなものであった。
ヒスイが調味料を間違えそうになった話や、新しい包丁の使い心地を報告したりする。
クリードが天体の興味深い星の話や、書き物の途中で転寝しペン先がダメになってしまった話をする。

ワインは少し残ってしまったため、食後のデザートと一緒に終わらせてしまおうとリビングに持ち越された。
黒い布張りの柔らかなソファに二人並んで座り、ワインを傾ける。
今日のデザートは既製品に細工をしたものではないのだ、と、ヒスイが立ち上がったのは少し前。冷蔵庫から取り出された二人分のそれは、先日クリードが食べてみたいと呟いたババロアだった。確か数日前の昼下がりにソファに寝転びながらのんびりしていた時だ。ラグマットへ直接座り、料理本を捲るヒスイへ肩越しに悪戯を仕掛けながら耳元で食べてみたいと言った気がする。
ヒスイが挑戦してみたというババロアは見事失敗していて液状化のままだったが、それでもクリードは美味いと言って笑う。小さな要求に答えてくれたスピリアが、どんな失敗作でも美味しいものへと変えてくれるのだ。

「無理して食うなよ、腹壊されちゃたまんねぇ。」
「誰に向かって言っている?」
「はいはい、分かってるっつーの。天下のクリード様だよな。」
「ふん、分かれば良い。」
ババロアを食べる、というよりは飲み、ワインも傾ける。
テンポの良い小さなやりとりが、クリードには心地良かった。

「なぁ・・・。」
「どうした?」
「眠い・・・。」
クリードよりも断然酒に弱いヒスイはいつも先に潰れてしまう。寧ろ今日は、いつもより保ったほうだった。ずっと昔は匂いだけで酔いが回り、酒を飲むには程遠かったのだ。
ふわふわと身体を揺らしていたかと思うと、ことりとクリードの肩へ頭を預ける。
あまり体重こそかけられていないが、人一人分の頭というのは意外と重い。
「ヒスイ、眠るのか?」
「んー。」
「なら片付けは私がやっておくから、寝たらどうだ。」
「おれがやるからいい…。」
「だが眠いのだろう?」

「んー。」
酔っ払いモードに入ってしまったヒスイは何とかクリードの問いに答えるものの、碌な返事は出来ていない。だがこの状況にも慣れてしまったクリードは眉一つ動かす事無く、手元のワインをグイと飲み干した。
喉が、身体が、心地良いアルコールに包まれる。

「では・・・一緒に寝るか?」

「・・・。」
クリードは既に熟知している。
ヒスイが耳元で囁かれるのに弱い事を。
「・・・しょっき、かたづけが。」
一瞬黙り込んでいたのは己の何かと戦っていたからだろうか。かろうじて『食器を片付けなければ』という意識はあるらしい。けれどここまできたらもうクリードのもので、あとは背中を軽く押してやればいい。
「お前は私と一緒に寝たくないのか?」
「ぅ・・・。」
「そうか、残念だ。私は今宵お前とベッドに入るのを楽しみにしていたというのに。」
無理強いは良くないしな、と続けるクリード。
すると面白いようにヒスイがガバリと跳ね起きて、クリードの端正な顔と向かい合った。
「お、俺だっててめぇと寝ちまいてぇ、け、ど・・・。」
深紅の目が誘うように揺れれば、逃げるように逸らされる視線。
意外と律儀なヒスイは、洗い物はその日の内にだとかせめてシャワーだけでも浴びたいだとか思っているのだろう。
「(明日済ましてしまえば問題無いのだがな。)」
それに旅をしていた時は毎日風呂に入れた訳ではなく、勿論野宿だってしていただろう。洗い物だって溜める時があった筈だ。なのにどうしてそう神経質になることがある。
等と言いたい事は色々あったが今は我慢しておこう。


もう少し。



もう少しで堕ちてくるのだから。



「―・・・・寝る。」
酒の所為で限界だったのだろう、そう言い切ったヒスイは今度こそ全ての体重をクリードに預けるのであった。

「ああ。おやすみ、ヒスイ。」

フローラですら滅多に見ることの無かった綺麗な笑みを浮かべて、クリードはヒスイの額にキスをした。


















「 
良 い 夢 を 。 」




















一方クリードの自室では、窓から入り込んだ夜風が書物の頁を捲っている。
机上に出たままである少し厚めの本は、幾年月も前のものだろうか。
頁はボロボロで角は折れ、使い込まれているものの栞が挟まれた形跡は一切無い。
その本を愛読しているクリードは、毎朝表紙から読み始めて夕飯になれば閉じていた。
次の日に続きから読むということはせず、また表紙から開くその行為は習慣と言っても過言ではない。



最後まで読んでしまえば、物語は結末を迎えてしまうだろう?


本の内容には興味が無かったが、その毎朝表紙から開く行為の理由を尋ねた時、そのような答えが返ってきた。
「変な奴だな、終わらせる為に読み進めてるんじゃねぇのかよ。」
「だが、こういう読み方も悪くないものだ。」


そう言って哂ったのは、いつの日か。




















他の頁よりも僅かに分厚い表紙が、風に揺れる。

そこには、お世辞にも上手いとは言えない文字で『仲良し日記』と綴られていた。












01.31の絵茶でですね、「クリヒス・駄々を捏ねる」というお題を頂いたのですが、(アミダ制作時の)お題主のU様が用事落ちされてしまったので残っている皆様に「甘甘」か「飼い殺し」かをお聞きしたのですー。「飼い殺し」という単語に反応頂けたので即興作りは『さいごのおもちゃ』になりましたが、甘甘だったらコッチになってました、という事で…(どのみち即興すぎる)
(直接的な表現は無いものの)結局死ネタかよ!と思われた方すみませ(ry


イチャイチャしてる(狂気含む)クリヒスでもいいじゃなーい。別人すぎるからか、意外と書きやすくて吃驚。
設定的にはラスボス戦に負け、クリードがガルデニアの暴走を何とかしつつヒスイだけ持ち帰って白い月が目覚めるのを待っている感じです。ヒスイの身体も時が止まってるというか。
でも全部クリードの妄想でも良いかもしれない。(お前…)


密かにIGOさんと反都さんに捧げます(コソコソ)
2009.02.03    水方 葎