バレンタインの話です。地名などは特に出てきません。
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本日2月14日。
ヒスイ・ハーツは柄にもなく考え込んでいた。







* 愛しい人へ贈るキス *







快晴という単語がピッタリと当てはまるこの日、パーティは宿で一時の休息を得ていた。それは別段2月14日、バレンタインデーを意識したものではなく、偶然にも重なってしまっただけの事だ。それでもヒスイは陰謀めいたものを感じずにはいられなかった。
そう邪推してしまう程、彼は考え込んでいた。
「(さっさと次の目的地に向かっていれば…。)」
目的地に向かって野宿やゼロムとの戦いをしていたのならば、忘れていたの一言で済むかもしれない。けれど休日という日を与えられてしまえば、どうしても町の雰囲気が目についてしまうのだ。
バレンタインデー。
ヒスイは行事の起源こそ知らないものの、どういう日かは嫌という程知っている。女性が男性にチョコレートを渡し、想いを打ち明けたり確認したりする日であるという事を。まさか、自分が渡す方として相手を意識するなどと思いもしなかったが。
今年は自分にも一応ながら相手が居る。妹であるコハクに「お兄ちゃんが一番大きいチョコだよ」と渡されて幸せな気分に浸っていた去年とは訳が違うのだ。
「(どうすっかな…。)」
渡すか、渡さないか。
渡したとしても、どうやって何を渡せばいいものか。
手作りなんてコハク達に見られたら一生立ち直れそうにない。かといって買いに出るのも、街がこの雰囲気では気が進まない。第一、女性たちの中に一人自分が紛れるなどと想像しただけでお笑いものだ。
そうなると自然、渡さない方向へ考えは進む。
己の相手である機械人はこの行事を知らない筈は無いだろう。だから何かしらアクションを起こしてきそうな気はするが、スルーしてやれば良い。
「(俺は男だから、そんな行事知るか、・・・ってか。)」
夜の役割を引き合いに出す訳ではないが、愛情を受けているからといって女性そのものになった訳ではない。自分だって相手を愛しているのには違いないのだから、どっちがどっち、なんて不毛な事は言いたくない。ただ体格と技量の差と、それから、求められる心地良さを知ってしまっただけで。
「(・・・・って、何考えてンだよ…。)」
妙な方向へ考えが進んでしまったヒスイは小さく頭を振り、溜息を吐いた。
「(ともかく、俺が渡さなきゃならないって事は無い筈だ。)」
そう結論付けてベッドの上へ寝転がる。
釈然としない気持ちがスピリアを渦巻いていたが、頑として無視する事にした。
「(だからって別にアイツが俺に渡さなきゃならないって事も無い、よな。)」
午前中にパーティの買い出しは終わっている。
あとは自由時間として各自思い思いに過ごしているであろう、この麗らかな午後。ヒスイは今日という日のイベントをスルーすべく、ベッドの上で仮眠を取ることにした。




「ヒスイ。ヒスイ。」
どの位時間が経ったのだろうか、小さいがハッキリと名を呼ばれ、ヒスイは意識を浮上させた。そっと目を開ければ、ぼんやりした視界の中で、まだ部屋には日の光が差し込んでいる。その光の強さから、眠ってからそんなに時間は経っていないだろうと無意識に考える。
「ヒスイ。起きたか。」
「あー…。」
相変わらず淡々と紡がれる中低音に、ぼうっとした声で返事をする。感情の篭らない声は常と同じだったが、それでも初対面よりは随分と優しい声を出すようになった、ような気がする。
回らない頭で何となくヒスイがそんな事を考えていると、薄く開いた視界にクンツァイトの顔がいっぱいに映った。
「ヒスイ。今から少しだけ外へ出られるか?」
「今から…?」
「肯定。すぐに済む。」
「なに、しに…?」
「見せるものがある。」
いつも目的をハッキリ言うクンツァイトにしては珍しい言い方が引っ掛かり、ヒスイは目を瞬かせる。次第に覚醒してゆく脳が、向けられた機械の手を取れと促していた。
「(・・・・冷てぇ)」
そっと取った固い手はひんやりとしていた。
「少し街から出るが、ソーマは必要無い。」
「分かった。」
「だが、上着は着て行く事を推奨する。」
「ん。」
部屋の隅へ脱ぎ捨てた筈の上着を差し出され、ヒスイは素直に袖を通した。
ハッキリした視界で窓の外を見てみると、日は少しずつ落ちているようだった。




宿を出て路地に入り、酒場を通り過ぎて大通りに出る。
角を曲がり少し進めばもう街の外へ足を踏み出していた。
先を歩くクンツァイトと少し遅れて歩くヒスイの間に会話らしい会話はない。それでもこの空間は決して居心地が悪いものではなかった。
「どこまで行くんだよ。」
「もう少しだ。」
街道を外れて歩き、何分くらい経ったのだろうか。酷い獣道、という訳ではなかったが、街道から逸れていれば自然歩き辛い場所ばかりになっている。故郷が雪に閉ざされているヒスイにとって苦にはならなかったが、足場が悪い事に変わりはない。
いつの間にか赤に染まりつつある太陽を背に受け、二人はただ道無き道を進んだ。
道が悪いだけでそんなに進んでいないのか、はたまたホーリィボトルを使っているのかは分からないが、ゼロムや魔物が出てくる気配は無い。もし出てきたとしても、この土地の魔物ならばクンツァイトのソーマで瞬殺であろう。
「おいクンツァイト、」
魔物の心配はしていなかったが、いい加減どこまで歩かせるつもりなのかと眉を顰めた時だった。先を進むクンツァイトが小さく振り返る。
「ヒスイ。目的地に到着した。」
「・・・?」
およそ彼に似つかわしくない手招きをされ、不思議な気持ちで首を傾げて足を進める。どうやら木々の間を縫って歩くのは終わりらしく、立派な樹木の間でクンツァイトが立ち止っている。
「ったく、一体何なんだよ。」
ようやく追いついたヒスイはクンツァイトの隣に立つ。
何も言わず自分達の正面を指さす機械人につられ、視線をその先へと向けた。

そこには、ふわりと広がる一面の花畑。
特有の甘い香りと共に咲き広がるその光景は、落ちる寸前の夕日に染まり輝いていた。

「・・・すげ…。」
思わず言葉に詰まるヒスイは、目を見開いてその景色を焼き付ける。
花の名前など知りはしない。ただ、無数に咲く凛とした花々に見惚れていた。
「正式な学名は自分のデータベースに登録されていないが、この時期にだけ咲くものだと宿の主人から教わった。」
「名前、知らねぇの?」
「肯定。街の者もただの野草と認識している。」
「そっか。」
会話をしながらも二人の目はひたすら花畑へと向いていた。
地元の者にもあまり知られていないというこの場所は、確かに一般人が歩き辿り着くには些か危険な所にある。それでも、少々の危険を冒してでも見るに値するような景色だった。
控え目な甘い香りが二人を包み、風がそれを連れ去ってゆく。
そんな時間が数度過ぎた時だった。
クンツァイトの口が遠慮がちに開かれる。
「・・・今日は、バレンタインだろう。」
その単語にドキリとヒスイの心臓が跳ねた。
今の今までその単語を忘れていた、というよりも考えないようにしていた為、不意打ちを喰らったかのような気分に陥った。何を要求されるのかと構えるよりも、何故自分をこの場所に連れてきたのだろうかという疑問の方が膨らんでくる。
疑問を口に出すか出さないかというところで、クンツァイトが先に台詞を続けた。
「本来ならば花束を渡した方が良いのだが、旅をするのには荷物になると判断した。良い方法は無いかと模索していたところに、宿の主人からこの場所を教わったのだ。」
「へ?ちょ、ちょっと待てよクンツァイト!」
分かるようで分からない経緯の説明に、ヒスイはストップをかける。
「花束って、どういう意味だ?」
「…ヒスイは、バレンタインを理解していないのか。」
「知ってるっつーの!」
「ならば、自分が持つヒスイへの想いを否定するつもりか。」
「はぁ?そうじゃねぇだろ、だから、」
まるで会話が噛み合わない。
ヒスイが混乱して頭を抱えそうになった時、クンツァイトから予想だにしない一言が放たれた。
「何を言っている、ヒスイ。バレンタインは、好意を寄せる相手に花を贈呈する日だろう。」
そこで漸く、ヒスイは彼の行動を理解出来たのであった。
「・・・マジ?」
「?やはりバレンタインの意味を理解していなかったのか。」
「いや、違ぇよ!」
そう、クンツァイトとヒスイの間には、バレンタインという行事の違いが出来てしまっていたのだ。片や、花束で好意を示す日、片や、女性が男性にチョコと共に愛を贈る日。これでは会話が噛み合わないのも頷ける。
「バレンタインって言えば、女が好きな男にチョコ贈る日になってんだよ…。」
聊か疲れた様子でクンツァイトにその話をしてやれば、どうやら彼も納得したようだ。
「理解した。結晶界では性別問わず好意を寄せる相手に花を贈る日になっている。2000年の時を経て行事も様変わりしているという事か。」
データベースに上書きしておく、と少し俯き呟く機械人。
まるで悪い事をしたかのような態度にヒスイのスピリアが小さく痛んだ。
彼は彼のデータでもって、こうして自分に愛情を示してくれた。なのに自分は考えるだけ考えて行動に移さず、挙句与えて貰っているばかりなのだ。そんな自分が彼を苛むことなど出来ようか。
「…悪い、クンツァイト。」
「何故ヒスイが謝罪する。誤った情報でオマエを連れ出したのは自分だ。」
「違う、違うんだよ。」
クンツァイトを見上げるヒスイの目はもどかしそうに揺れていた。
「てめぇは色々考えて、こんな凄ぇトコに連れてきてくれたのに。俺、何も用意してねぇっつーか…。」
「今現在のバレンタインは女性が男性にチョコレートを贈呈する日なのだろう。ならばヒスイが用意していないのは当然だと思うが。」
「…まぁ、そうなんだけどよ・・・。」
クンツァイト自身からそう言われてしまえば、返す言葉は無い。けれど自分だけ何もしていない事実は払拭されず、ヒスイの中で残ってしまう。
そうして会話が途切れてしまい、そっと二人花畑へと視線を戻した。
バレンタインがどうの、という言い合いがとても小さな事のように思えるその光景は、ただただ静かに広がっていた。いつの間にか日は落ち、地上に残る光は僅かしかない。夕日を浴びていた花弁は元々真っ白だったのだろう、徐々にその姿を取り戻しつつあった。
「・・・ヒスイ。」
「何だよ。」
何事か考えていたらしいクンツァイトが、小さくヒスイへ呼びかけた。
ヒスイが再度彼の目を見れば、カチリと合わさる視線。
「やはり、オマエから贈り物が欲しい。」
「…チョコかよ。」
「否、」
目を閉じろ、と続けられてしまえばそうする他無い。
彼のする事など手に取るように分かってしまうのは、付き合いの長さか愛故か。
唇にふわりとした優しい感覚を受けながら、ヒスイは小さく微笑んだ。
「ばーか。これじゃ俺からの贈り物じゃねぇじゃん。」
「ヒスイがこの行為を許容する事、それが自分に対しての贈り物だ。」
ああ言えばこう言う。
それが嫌ではなくなったのは、いつからだろう。
「それに自分は、チョコレートよりもこの方が"嬉しい"。」
未だバレンタインを引き摺るヒスイを気遣ってか、それとも本音なのか判断に困る台詞を渡すクンツァイト。受け取った方は言葉に迷い、そうかよ、とぶっきらぼうに返すのみだ。
そういえば最近クンツァイトは、自身の感情を言葉で表すようになっている、とヒスイは思う。どこか自分自身に一線を引いていた以前とは違い、己のスピリアを認め始めているという事か。それとも、直接言葉にしなければ自分に伝わらないと思っている所為か。どのみち喜ばしい事に違いは無い。
そこまで思い、ヒスイは来年のバレンタインは同じ轍を踏むまいとスピリアを決める。自分だって与えられているばかりではない。特別な感情で想っているのだと知ってもらいたい。疑似だろうが人と変わりないスピリアで感じてほしいのだ。
「なら…。」
「?」
「なら、来年のバレンタインは俺からしてやるよ。」
勿論許容してくれるよな?
からかいを含める笑みに、クンツァイトは唇の端を上げて小さく頷いた。
「うむ。楽しみにしている。」
その人間らしい答え方に満足したヒスイは、数時間前の悩みなど嘘のように晴れ晴れとした気持ちで花畑を見渡した。

もう完全に日は落ち、白い花々が月明かりのように一面を照らし出していた。







「ところで、ヒスイ。来年でなけばオマエからのキスは受けられないのか。」
「あー、そういえばそーゆー事になるかな。」
「・・・。」









初ソーマリンク時の「とうとう繋がっちまったな、〜」の二人のやりとりで、クンツァイトが「うむ」って言うんですよ。
肯定、とかじゃなく。うむ、って。それが妙に嬉しくて、こんな話。
だってヒスイに対してだけだと思うんだ、あの一言・・・!!萌える!

2009.02.15    水方 葎