「感情 飽和」の続き・・・というか救済モノです。
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「ヒスイ。」 「愛している。」 * 恋愛思考壊路 * 警報音が、消えた。 いつ頃から鳴り始めたのかハッキリとしていないが、兎も角ずっとその音で悩み続けたクンツァイトにとって、喜ばしい出来事だった。・・・が、ほっとするのも束の間、鋼の身体に鈍い衝撃が当たる。 どこかを損傷するような強いものではなかったが、クンツァイトが意識を向けるのには十分だった。 「はな、せよ・・・っ・・・」 馬乗りになった目の前の身体から、ひゅうひゅうと細く風の流れるような声が聞こえる。 今の今まで抵抗一つしなかったのだが、中途半端に押さえつけられたままでは苦しくもなってくる。クンツァイトは相変わらず無表情のまま、己の手からゆっくりと力を抜いた。 「テメッ、人が気持ちよく昼寝してるってのに何なんだよ!絞めたかと思えば、あ、あいっ・・・愛してるとかほざいたり!寝惚けてンのか!?つーか今何時だよ起こしに来といて絞殺で永眠させるなんてシャレになんねぇぞマジで!」 途端流れ出る言葉は容赦なくクンツァイトへ突き刺さる。 そうだ、確か宿の庭で昼寝をするヒスイを起こしに来た筈だった、と、そこでようやく己の本当のやるべき事を思い出すクンツァイト。日が落ちると寒くなるので、今のうちに起こしておいた方が良いだろうと判断したのは間違い無く自分なのだ。 けれども今は、謝罪や部屋へ促す事よりも、聞きたいことがあった。 「ヒスイ。何故、抵抗しなかった。」 クンツァイトからすれば、それは尤もな疑問だ。 普通いきなり首に手をかけられれば、誰だって死を予感し抵抗するはずだ。それがいくら仲間であっても、ソーマで攻撃するくらい正当防衛に入るだろう。 今だって、クンツァイトの手はヒスイの首に置かれているままだ。力こそ込められていないが酷く不快な状況であるに関わらず、ヒスイは悪態をつきつつもその手を払おうとしない。 「あ?抵抗してほしかったのかよ。」 「そういう訳ではない。」 「じゃあ良いじゃねぇか。」 「だが…」 そのまま流そうとするヒスイに、クンツァイトが食い下がる。 これではどちらが首を絞められそうになっているのか分からない。機械の身体は器官などありはしないのに、そんな息苦しさを覚える。 「・・・・・・てめぇが俺の首を絞めれない事なんて、最初からお見通しなんだよ。」 ばーか、と付け加えて視線を横に流すヒスイは、少し不貞腐れているように見える。 しかしクンツァイトはその様子を気に掛ける余裕も無く、きゅ、と眉を寄せた。 「仮定の話だが、もし殺していたら、」 「仮定なんて無ぇよ。」 言葉を切られ返されてしまう。 それでも、この首を本当に絞めてしまっていたかと思うとクンツァイトは冷静でいられなかった。 それほどまでに、己は自我を失っていた。 まるである筈のない本能に従うかのように。 「ヒスイ、聞け、」 「聞くのはテメェだ!」 「俺の首を絞めれねぇ理由なんて、テメェが一番知ってんだろ!?」 一喝。 さわさわと流れていた風がピタリと止まり、まるでその場の時間さえ止まったようだった。 「(…自分がヒスイを殺せない理由・・・)」 愛している。 そう、自分は口にした。 口にした途端、警報音がピタリと鳴り止んだのだ。 自分でも知り得なかった感情。否、知っていても理解出来ていなかったこの感情。 ヒスイはこの言葉の事を言っているのだろうか、と考える。 「ヒスイ、オマエは何時から―、」 「知るかよ!」 口に出した途端、真っ赤になって怒鳴るヒスイ。 思い出したら恥ずかしくなってきたのか、ふいと顔を背けてクンツァイトの視線から逃げる。 「お、お前が!愛してるとか言うから!」 そこでクンツァイトは、はたと気付く。 そういえば彼は先程、まるで息絶える瞬間のように身体を震わせて、目を見開き動きを止めたのだ。生体反応をしっかり感知している自分でさえ、息絶えたかと勘違いしてしまうくらい。 「ヒスイ。・・・驚いたのか。」 「ったりめぇだろ!!」 ふざけんな馬鹿、いきなり首絞められて愛してるなんて言われれば誰だって驚くっつーの!そう続けるヒスイは顔を紅潮させてクンツァイトを睨みつける。怒りと羞恥と驚きと、色々なものが混ざった表情をしているヒスイに、クンツァイトは表情を変えずに頷いた。 「そうか。」 「そうか、じゃねぇ!きっちり説明しやがれ!」 説明と言われても、とクンツァイトはそこで漸く己の頭の中を整理し始める。警告音が消えた清清しさに呆然としてしまい、己の感情の整理など何も出来ていないのだ。 「(愛していると言った理由・・・か。)」 過去の己の行動を次々とデータベースから引き出してみる。 ヒスイを目で追い、誰かと喋っていると苛々し、隣に居れば嬉しくなる。 落ち着いて照合してみれば答えは簡単にはじき出されるものだった。 「ヒスイ。」 己一人で納得したクンツァイトはヒスイの首からそっと手を離し、代わりに抱き込むようにヒスイの背中へ回した。 「愛している。」 「っ!」 ビクリとヒスイの肩が揺れる。そう、先程首を絞めた時の反応とよく似ていた。 しかし今度はクンツァイトの手にあるものが違っている。命を止める為ではなく、愛しき者を包む為の手。 「自分の行動と恋愛時の行動のデータを照合、確認。自分はオマエが好きだ。」 「な、な・・・!」 「オマエは、自分がオマエの首を絞めれない事を知っていたのではなかったのか?つまり、自分がオマエに恋していると知っていたのでは、」 「知るかよ!」 今度こそバグでも異常行動でも何でもなく、ハッキリと伝えられたクンツァイトの意志に戸惑うヒスイ。 先程の口ぶりから察するに「ヒスイは好意を寄せられているのに気付いていたのだろう」という結論を出したクンツァイトだったが、彼からは否定の返事しか出てこない。 「何だかんだ言って、てめぇは俺の事殺せないんだろうな、くらいにしか・・・。」 クンツァイトの両手に抱かれたまま、小さくボソボソと呟くヒスイ。 「てめぇだって、擬似だろうがスピリアを持ってっから、こう、モヤモヤってして衝動的な行動をすること位あるんじゃねぇかと思っただけだよ・・・。」 途中で我に返ると信じていたからこそ、大した抵抗もしなかったのだと告げられてはクンツァイトの居心地が悪くなる。 自分は仲間の信頼につけこんで好き勝手行動した挙句、告白までしてしまったのだから。 「ヒスイ。・・・、」 「あ?」 謝ろうと口を開くが、謝罪するのもおかしなものだと思い直す。 第一、彼は謝られても困るだけだろう。 それならば。きちんと、明確に伝えるべきだ。 己のスピリアを。 「もう一度、言う。愛している。」 「・・・。」 「リチア様とは異なる、特別なスピリアを感じるのだ。 オマエが他の者と話していると落ち着かない。 不快感がスピリアを支配する。 逆にオマエと話していると、スピリアが温かみを帯びるような感覚が発生する。 オマエの感情が自分に向いていると、嬉しいと感じる。 他の者に対しては絶対に持ち得ないスピリアだ。」 淡々と紡がれるその声音こそ平常時と何ら変わりなかったが、今、クンツァイトのスピリアは確実にヒスイにのみ向けられていた。アメジストの瞳が射抜くようにヒスイを見ている。 「お、俺はっ、」 黙って聞いていたヒスイは、耐えられなくなったのか口を挟む。 「てめぇの事、最初はムカついてたし、冷てぇ奴だって思ってたけど。・・・今は別に嫌いじゃねぇ・・・。」 「・・・。」 「どっちかってーと、好きだけど…。愛とか恋とか、分かんねぇ。」 そう言うヒスイは居心地悪そうにしているが、決してクンツァイトの腕から逃げ出そうとはしていない。分からない、と言っておきながら否定の方向へ向いていないのを確認したクンツァイトは、ヒスイの言葉を静かに受け止めた。 「了解した、ヒスイ。今はその言葉だけで十分だ。」 抱く力を少しだけ強め、ヒスイの肩に額を乗せる。 首を絞める行為より比べ物にならないほど落ち着き、安心する。 「・・・・重てぇよ。」 これが、本当の愛しいという感情だろうか。 成る程、新しく覚える感情も、そしてそれを生み出す擬似スピリアも。 案外悪くないものだ。 暫くそうしたままヒスイを離さなかったクンツァイトだが、日が落ちるのを感じ、ふと顔を上げた。 「む。気温低下、風速も上がっている。ヒスイ、そろそろ宿に戻る事を推奨する。」 「てめ、散々振り回しといてソレかよ!!」 噛み付くように苛立ちをぶつけるヒスイだが、目の前の機械人に通用するはずがない。す、と立ち上がったクンツァイトは、座ったまま身体に付いた草を払っているヒスイの横へと移動した。 「大体てめぇが普通に起こしてりゃ、こんな事には・・・、っのわぁ!?」 尚もぶつぶつと文句を言うヒスイに聞く耳ももたず、そして己の目的を実行すべく、クンツァイトは勢い良くヒスイを抱き上げた。流石機械人というべきか、いくら細身とはいえ男一人を素早く、そして楽々と横抱きに持ち上げる。 「何すんだよ!!つか危ねぇだろ!!」 「危険ではない。落としたりはしない。」 「いっそ落とせ!!!」 「断る。オマエに触れていると"嬉しい"と、自分のスピリアが理解したのだから。」 「だからって抱え上げるこたぁねぇだろ馬鹿!!」 強い抵抗を示すヒスイに眉を寄せたクンツァイトは、その言葉に「それもそうか」と納得したのか素直に彼を降ろす。半分飛び降りる形で着地したヒスイは柄の悪い目付きでクンツァイトを睨み上げた。 「ったく!てめぇはやる事なす事、どっかズレてんだよ!」 「?ズレ・・・?"ズレ"ている明確な箇所の提示を頼む。」 「それだ、それ!」 「??」 意味の分かっていないクンツァイトと言葉足らずなヒスイの会話は、交わることが難しそうだ。それを察知したヒスイは疲れたように大きく溜息をつき、思わずボソリと呟いた。 「別に触りてぇなら、手でも繋いでおけばいいじゃねーか…。」 が、言葉に出してから何か違和感に気付く。 「ん・・・?いや待てよ、男同士ってのはおかしいか。」 声を出すか出さないか程度の声量で呟き考えるヒスイに、きっちり集音センサーで一言も漏らさず聞いていたクンツァイトが疑問を投げかけた。 「機械人と人間が手を繋ぐのは、おかしいか?」 「・・・っ!」 弾かれたように顔を上げるヒスイの目は大きく見開かれている。 何馬鹿な事言ってんだよ、 またそういうことを、 など、きっと言いたいことは色々あるだろうが、薄く口が開かれただけで再び閉じてしまう。 その様子をいつもの無表情で見つめていたクンツァイトは、何事も無かったかのように宿の方へと歩き出した。どうしていいか分からず立ち尽くしたままのヒスイも、夕方特有の風の強さに押されてゆるゆると歩き出す。先程までの熱っぽい雰囲気がまるで嘘のようだった。 クンツァイトの背中は、何も語らない。 「(〜っ、ああ、もう!)」 妙な起こされ方をされて、告白されて、正直ヒスイの頭の中はゴチャゴチャだった。 けれど、不思議と嫌悪感は湧いてこない。それどころか「仕方ねぇな」とか「面白い奴」と感じ、彼のスピリアが人間と近いのだと確認する度に嬉しく思うのだ。 嫌いじゃない。先程クンツァイトに言った言葉は間違っていない。 そして今は"追いかけたい"。それがヒスイの中で確かとなっているスピリアなのだった。 パシリ、と小気味良い音が響き、ヒスイがクンツァイトの手を取った。 「・・ヒスイ?」 足音で背後から駆けてくるヒスイの気配は察知していたのだろう、しかし垂らしたままの手を取られる事は想像していなかった筈だ。いつも無表情の顔が珍しく驚きに満ちている。 そんな表情は初めて見たかもしれないと、取り振り返ったヒスイは思う。奪うように取った手を少し強く握り締めた。 「しゃーねぇ、このでっかい街でてめぇが迷子になるとコッチが困んだよ!」 「…地場が狂っていない限り、その様な事は」 起こり得ない、と続けようとしたクンツァイトだったが、前をズンズンと歩くヒスイの僅かに見える耳が紅く染まっている事に気付き、口を閉ざした。 そしてヒスイの温かな手をギュ、と強く。 にぎりしめたのだった。 「ヒスイ。感謝する。」 もう彼が間違える事は、無いだろう。 何がいいたい話か分からなくなってしまってすみません。 とりあえず告白が書きたかった模様です。 あと、クンツァイトが本当は首じゃなくて手を握りたかったという深層心理?分からん!<サジ投げた! 警告音ってのはそのまま「間違ってるよアンタ!それじゃないから!欲しいのは命じゃないでしょーが!」って感じです。だから愛してると自覚して止まったような何というか説明しなきゃ分かり辛くてすみません。 どうでもいいけど力強く握ったら、ヒスイの手が危ない。 2009.02.12 水方 葎 |