「よんほんうでのおに」の絵本を知ってて、かつ、終盤あたりの方は大丈夫です。
              因みに、水の街の図書館で見れます。(机や椅子がある所の低い棚、向かって右らへん)

              あ、微妙にデキてます。

























* 鬼は青年をも喰ろうたか *





帝都の宿に泊まった夜の事だった。

朝からつい先程まで、戦闘尽くしの一日だった。旅を始めてからそれ自体は珍しくない。
珍しいのは、こんなにも体がくたびれているのに冴えてしまっている頭だ、とヒスイは思った。
辺りが闇に落ちて大分時間が経っているだろう、カーテン越しには薄い月明かりしか入らない。男女に分けられた部屋のベッドはきちんと3つ揃えられていて、それぞれが心地良い眠りの場を提供されているというのに。それでも彼は、眠れなかった。
「(眠れねぇな…)」
何度目かの寝返りを打ち、溜息を吐く。
体は重く、足はだるい。早めに眠りについておかないと明日に響くというのに、目は冴えるばかりだ。
段々と眠れない自分に苛々し、ヒスイはガバリと身を起こした。闇ばかりが広がっていると思っていた空間は意外と明るく、左右のベッドの様子がしっかりと理解出来る程だ。
扉に一番近い、右側のベッドがシングだ。…穏やかな寝息と上下する毛布に、何故コイツは眠れて自分は眠れないのかと不条理な怒りが込み上げる。
左側、つまり窓際のベッドがクンツァイトだ。いくら人間型だといっても機械である彼の毛布は上下しておらず、呼吸機能があるのかどうかすら疑わしい。起きているのか寝ているのかハッキリしやがれ、と、どのみちヒスイの中で不条理な怒りが込み上げるのだった。
寝ている(かどうか約一名分からないが)人間を観察していても仕方が無い。何度目か分からない溜息を吐いた後、ヒスイは冷えた床へと素足を下ろした。流石帝都というべきか、この宿には立派な裏庭がある。備え付けの本棚から適当に持ち出して読んでいれば、そのうち眠気もやってくるだろうと考えたのだ。このままベッドでゴロゴロしていてもシングに八つ当たりしたくなるだけだ、と、思いやりがあるのか物騒なのか分からない事を考えながら本棚の前でしゃがむ。ヒスイの腰程度の高さしかない本棚は、本棚というよりラックというべきだろう。本も申し訳程度にあるが、明らかにチェスやカード等の対戦ゲームの方が多い。
「(・・・・どれにすっかな…)」
料理本でレパートリーを増やしておくのも、今後の旅の為に悪くはない。
地図でこれまでのルート、これからのルートを見ておくのも良いだろう。
それとも普段読もうともしない推理小説に手を伸ばしてみようか。睡眠作用はありそうだ。
「(・・・哲学書、なんてのは勘弁だな…)」
つらつらと背表紙を眺めながら、そんな事を考える。既に一行にはヒスイにとって哲学書より難解な機械人が居るのだ。頭が痛くなって余計に眠れなくなってしまっては困る。
そんな中、ふと目に留まった一冊。
「(あ。)」
思わず声を出しそうになってしまったのを何とか押し留めたヒスイは、逡巡した後に"その本"を手にとって立ち上がった。
「(・・・これでいいか。)」
眠れないから、少し目を通すだけだ。別に他意は無い、と誰に言う訳でもない言い訳を並べながら、ヒスイは音を立てぬようにそっと二人が眠る部屋を後にした。





裏庭への扉を開けると、肌寒い風がヒスイを撫ぜた。
けれど少しも寒いとは感じず、逆に煩く纏わり付いてた熱が取れたような気さえした。
す、と肺に冷えた空気を入れれば、火照った体に心地良い。
庭は長方形に広がり、レンガの階段下は草花や芝生が手入れされた空間になっている。降りればベンチが設置されているのだが、案外広いその場所まで行く気にはなれず、ヒスイは階段に腰を下ろした。3〜4段下に足を放り出す。
さて、と手に取ってここまで運んだ本を見た。
薄いハードカバーに、稚拙な分かりやすい絵。
そして表紙には『よんほんうでのおに』と書かれている。
そう、これは"絵本"と呼ばれる類の本だ。目に留まったのには、色々な理由があった。
「(小さい頃、コハクとよく読んだな…。)」
"おに"の死で閉じられるその物語は、絵本と呼ばれるには救いの無さ過ぎる終わり方であった。しかし、かえってそれが記憶に残るものとなったのかもしれない。

だから行動を共にするようになってすぐ、彼にあのような事を言ったのだろうか。
それが心のどこかで引っかかっていて、無意識にこの本を手に取ったいたのだろうか。

そこまで思ってから、ヒスイは様々な考えを振り切るように表紙を開いた。




『むかしむかし いばらのもりには よんほんうでの おにが すんでいました』


『おにのスピリアは こおりのようにつめたく ちかづくにんげんを ひどいめに あわせていました』


『でも つめたすぎる スピリアが やがて おにじしんのからだを こおらせていき・・・』


『おには 「つめたいよぅ」 「さむいよぅ」 と なきながら―…』




「ヒスイ。」
「―うわっ!」
ぼうっと読みふけっている最中にかけられた声に、ヒスイの肩がビクリと跳ねた。
聞き覚えのある中低音に振り向くと、先程ヒスイが出てきた扉に立つクンツァイトの姿があった。
「おまっ・・・ビックリさせんじゃねぇよ!」
不覚にも気配に気付けずにいた怒りからか、みっともない声を聞かれたからか、いつもより小さめの声で怒鳴るヒスイ。クンツァイトはそれに反論する訳でもなく、淡々とヒスイの方へと歩みを進めた。
「驚かせようという意図は皆無だ。だが驚かせたなら謝ろう。すまなかった。」
「・・・・。」
「どうした。」
素直に謝ったら謝ったで、彼からの返事は貰えない。
不可解さに首を傾げたその時、小さな声がヒスイの口から漏れた。
「…起こした、のか?」
「否定。元々休眠モードにも入っていない。」
「な…。ずっと起きてたのかよ!?」
クンツァイトの言葉にヒスイは驚いた。
まさかとは思ったものの、自分と同じように起きていたとは。もう真夜中もいいところなのに、と己のことを棚に上げて思う。
「肯定。証拠が要るか?ヒスイが寝返りを打った回数が16回、溜息を吐いた数が5回、舌打ちが―…」
「んなもん自分で覚えてられるか!っつーかいちいち人の行動を数えてんじゃねぇ!」
いつの間にかヒスイの隣に来たクンツァイトは、何も言わず同じように腰を下ろした。
その手には、厚めの毛布が一枚。
「・・・眠れないのか。」
ヒスイは答えず、大きめのそれが器用に広げられていくのをじっと見つめていた。
「今現在の気温は日中の気温を大きく下回っている。その格好のままでは風邪をひく。」
ゆっくりと頭から毛布を被せられ、そのままヒスイは俯いた。
「んなにヤワじゃねぇよ。」
「貧弱でも頑強でも風邪をひく時はひく。留意せよ。」
「・・・何しに来たんだよ。」
結局口では勝てず話題を逸らすと、クンツァイトは抑揚の無い口調のまま言葉を紡いだ。
「ヒスイが薄着のまま部屋を出て行くので、後を追いかけてきた。」
「毛布だけ持って、か?」
「肯定。他に要るものがあったか?」
「そういう意味じゃねぇよ…。」
それだけの為に後を追いかけてくるなんて、お前は俺の親か、と言ってやりたいような気がしたヒスイだった。しかし、どうせ『否定』とかいう味気ない答えしか返ってこないだろうと早々に諦めておく。
「本を読んでいたのか。」
「ま、まぁな…。」
6回目(になるらしい)の溜息を吐きたくなった瞬間、『それ』に話題を振られて内心ドキリとした。
いい歳をして絵本、という気まずさよりも、内容が目の前の機械人を指しているというほうが気まずい。けれど今のヒスイに、その大きめの絵本を隠す場所などある筈もなかった。
「それの事か。」
「あ?」
「出会ってすぐ、ドーズモアの森で言っていただろう。自分の事を"絵本に出てくる化け物みたいだ"と。その絵本が、そうなのか。」
彼は忘れてなどいなかった。
出会った当初、計四本の腕にこの絵本を思い出したヒスイ。過去に彼が口にした挑発の言葉は、一字一句違わずにクンツァイトの口から放たれた。
「・・・っ…」
今更謝るには妙なタイミングだし、謝ろうとも思わない。
挑発に乗らない、スピリアを調整された"四本腕の機械人"を化け物だと思ったのは、その時の事実なのだ。けれど共に旅をし、彼が己と変わらない"生き物"なのだと理解した今、過去の自分の言葉は胸に痛かった。
「クンツァイト…。」
「何故、そのような顔をする。」
眉を顰めて言いよどむヒスイに対して、クンツァイトは無表情のままだ。
「機械で半端なスピリアを持ち、ソーマとはいえ手が余分に二本もある。お前たちからしたら十分"化け物"だろう。」
「クンツァイト、テメェ!」
「事実だ。」
クンツァイトは客観的な物言いをしたに過ぎないが、ヒスイから聞けばその言葉は己を卑下しているように聞こえる。普段ならば殴ってでもその言葉を訂正させるヒスイなのだが、如何せん今回は原因の一端を担ってしまっている。今自分が何を言っても説得力は無いだろうと、けれどせめてもの抵抗にそっぽを向いて俯いた。
そうしてヒスイが俯いてしまえば会話はすぐ途切れてしまい、元の静寂が二人を包む。
クンツァイトは毛布を渡したからといってその場を離れる訳ではなく、かといってヒスイに声をかける訳でもなく、ただそこに居た。

相変わらずヒスイには眠気が訪れない。





どれ位の間、二人でそうしていただろうか。
滑稽な話だ、真夜中に男二人が会話も無く並んで座っている。ヒスイの頭にそんな自嘲的な考えが浮かんだ時だった。
自分が握っている絵本に、隣の男が小さく触れる気配がした。
「中を見てもいいか。」
「どーぞ。」
半分自棄のように返事をする。
クンツァイトへ何と言葉をかけていいのか分からないままのヒスイ。
ヒスイの感じた事は間違っていないと言うクンツァイト。
結局平行線のまま時間がながれてしまうなら、これ以上何を見せても構わないだろう。
再度その場に静けさが戻り、絵本の頁を捲る音だけが聞こえる。それが必要以上に大きく聞こえたヒスイは、そっぽを向けていた顔を深く俯かせて目を瞑った。
そして少し経った頃、一定間隔でパラパラと捲られていた音が不意に止まった。
「ヒスイ。」
「・・・んだよ。」
「一つ、質問したいのだが。」
「どーぞ。」
捲る音をBGMに少しうとうとしていたヒスイは、次のクンツァイトの言葉を待った。

「・・・・・。…オマエは今も、この絵本の"おに"を、自分だと思うか?」

「思わないな。」

それは即答だった。
「パッと見、姿形はその絵本にあるような"おに"だと思った。だから、あの時は"化け物"なんて言っちまったが…。テメェは全然違ェよ。」
「そうか。」
パタンと絵本を閉じたクンツァイトは、まっすぐにヒスイを見た。
「その絵本の"おに"は、冷たすぎるスピリアを持ってたんだろ?…なら、俺の目の前の"おに"は正反対だっつの。」
たまに冗談を言い、たまに天然ボケをかまし、たまに熱血で。
からかうようにそう言うと、ヒスイの中で『あの台詞』のわだかまりが己の中で溶けてゆく気がした。
もしかしたら謝ることも、謝るタイミングも、必要無かったのかもしれない。
必要だったのは、彼は彼だという認識だけで。
「そうか。」
二度目のクンツァイトの返事は、いつもより少しだけ、優しく聞こえた。
その事に満足したヒスイが、そろそろ戻るかとクンツァイトを促そうとした瞬間、いきなり肩を捕まれグイと抱き寄せられた。あ、と言う暇もなくすっぽりと鋼の体におさまってしまったヒスイは、突然の行動に怒るよりも動揺するしかない。
「い、いきなり何すんだよ!つか離せ!」
「ヒスイ。」
「あぁ?」
「・・・。」
名を呼んだだけで止まってしまったクンツァイトは、彼を離すつもりはないらしい。
毛布ごと機械の腕に包み込んだヒスイを、ただしっかりと抱き締めている。
「どうしたんだよ。」
「オマエは、暖かいな。」
「・・・?」
当たり前の言葉に当然だろ、と答えようとしたヒスイだったが、その言葉を飲み込んで続きを促した。

「一時は確かに擬似スピリアなど無ければと思い、機械の体を厭いもした。
 だが…今、この体のおかげで二千年経ってもリチア様をお守りする事が出来る。
 こうしてヒスイと出会い、その体温を感じる事も出来る。
 ・・・・"おに"で良かったと、思える自分がいる。
 その事に気付いた…否、気付けた。礼を言う、ヒスイ。」

その告白を黙って聞いていたヒスイは、小さく返事を返す。
「・・・そーかよ。」
照れの入ったその声は抱き締められている為にくぐもっていたが、クンツァイトには十分聞こえているだろう。


確かに体の構造は違うかもしれないが、それも"彼"が"彼"でいる証のようなものだ。
自分達と全く同じでなくて良い。鋼の体でも、冷たくても良い。
触れ合わせるスピリアが、こんなにも暖かいから。



そうして抱き締められたまま、ヒスイが小さく呟いた。
「じゃあ、俺からも一つ・・・聞くぞ。」
「何だ。」
その腕の中でモゾモゾと身動ぎをして、クンツァイトの顔が見えるようにする。
「その・・・・、なんだ、」
「?」
「寒く、ないかよ。」
「・・・?どういう…」
かけられた疑問の主語が分からず、クンツァイトは疑問を返す。
今しがた"ヒスイの体温を感じる"とは言ったものの、それに掛けられた疑問ではないだろう。
ならば今この気温が、という事だろうかと思考回路を巡らせてみても、温度を感じさえしても鋼の体はそう寒さを感じない。ならば答えは否定だろうか。
「・・・冷たくないか、って聞いてンだよ!」
顔を紅くしながら言うヒスイに、、クンツァイトはようやく彼の疑問の意図するところに気がついた。
先程読んだ絵本に、同じフレーズが使われていたという情報が頭の中に残っている。


『おには 「つめたいよぅ」 「さむいよぅ」 と なきながら―…』


『うごけなくなったのでした』



「(・・・ヒスイは一体何を思っているのだろうか…)」
彼の、いや、彼らのスピリアに触れているだけで、自分はこんなにも暖かいというのに。

そう言ってやるのは簡単だ。しかし己の腕の中で居心地悪そうに視線を彷徨わせる彼を見ていると、柄にもなく悪戯心が湧いてくる。割と本気が入っている質問なだけに茶化すのは躊躇われたが、こちらの答えも十分本気が入っているのだとクンツァイトはスピリアを決める。
「ヒスイ。自分の体は鋼で、冷たいものだ。」
「・・・。」
「だが、オマエも知っているだろうが自分のスピリアはオマエやシング達のおかげで、とても暖かい。故に、動かなくなるという事態にはならない。」
「・・・そ、か。」
納得半分といった様子でヒスイはクンツァイトの腕の中、俯いた。
少し嬉しそうに、少し寂しそうに。
その声音に悪いことをしたかと思ったクンツァイトだったが、まだこの言葉には続きがあるのだ。
「ヒスイ。・・・"おに"とは強欲なものだろう。」
「は?」
突然の言葉に、ヒスイは間抜けな返事を返して顔を上げた。
そこには、クンツァイトの顔しかなくて。
暗紅色の瞳が驚いたヒスイの顔をめいっぱいに映し出している。
「ん、んん!」
突然の口付けに慌てて抵抗を試みるも、両腕は間に挟まれているし、いつの間にか頭もしっかりと押さえられているために動かせない。常のような触れるだけではない口付けに、ヒスイは焦りを感じる。
というのも、(一応)お互い気持ちを確認し合い付き合い始めて、このような接吻は初めてなのだ。
「ん、ぁ、」
噛み付くような、息を奪うキス。
喰われると表現しても間違いなさそうなそれは、いつもの静かな機械人からはとても想像できないものだった。
いつの間にか舌の進入を許していたらしく、絡めるように、求めるように、クンツァイトによって口内を刺激される。息継ぎだけで精一杯のヒスイは背中にぞくぞくとした快感を感じるも、焦りと混乱で状況が良く分からなくなっていた。
ヒスイは恥ずかしくて目も開けていられない状態だったが、手探りでクンツァイトの髪を掴むと、抗議を込めて思いきり引っ張った。同時に少しだけ離れるお互いの距離。
「は、…ぁ…。」
「ヒスイ。強請るには少し過激のようだが。」
「ねっ、強請ってねぇよ、止まれっつってんだ!!この暴走機械人!!」
あれだけのキスをしておいて息一つ乱していない機械人に対して、肩で息をしながら怒鳴るヒスイ。
それでもクンツァイトの動きは止まらずに、ヒスイへと伸びる。
「スピリアは確かに暖かいが、体の温度は変わっていない。ヒスイ、オマエの体温を分けて欲しい。」
「なっ!?」
「拒否しても、もう遅い。」
そう言ってクンツァイトはヒスイを階段の上に荒く押し付ける。
普段から扱っている武器の差と、元々の力の差が災いし、且つこの体勢差。本気で圧し掛かられては、ヒスイがクンツァイトを押し返すことなど出来る筈も無かった。
「や、めろ!!」
「遅いと言った筈だが。」
「冗談だろ!?おい、クンツァイト!」
階段に寝転がされ、両肩をソーマで押さえつけられる。クンツァイト自身の左手によって力ずくで両腕を纏め上げられたヒスイは本気で焦りだす。何がこの機械人の火を付けてしまったのだろうかと思い返す暇などなく、あらん限りの力で拒絶するも全て無駄な抵抗となる。
その間にもクンツァイトの手は進み、宿から貸し出されているヒスイの寝間着をたくし上げ、腹から胸元へと手が伸びる。その手つきに躊躇いなど一切なく、寧ろ性急に行為を進めたくて焦れているようであった。

「(冗談じゃねえ!こんな時間に、こんな場所で!)」

ヒスイの顔は完全に青褪めていた。
確かに思いは伝え合ったし、拙いようなものだがキスも交わした。
それでも今、進められようとしているこの行為は。

「(これじゃ、これじゃまるで!)」

ふと、抵抗が緩んだヒスイを、ゆるりとした動作でクンツァイトが見上げた。
その瞳は、滴るような血の色を光らせていて。

「―ッ…」
常とは違うその色に、ヒスイは息を呑んだ。





 お に   に    喰 わ れ る





恐怖とも悔しさともつかない感情がヒスイを支配する。
力では敵わず、声も届かない。
どうしたらいいのか、どうなってしまうのか。
その時だった。
ひゅ、と二人の間を一陣の風が通り抜け、露わになったままのヒスイの肌を撫ぜていった。
「っくしゅ・・・」
思わず飛び出たヒスイのくしゃみに、クンツァイトは赤の目をゆるりと見開く。無表情は変わらず、それでも色を取り戻したかのようなその顔に、ヒスイは少しだけ安堵し小さく鼻を啜った。
「・・・・・。・・・わり…。」
一方的な行為とはいえ、空気をぶち壊すようなくしゃみをし、いたたまれなくなって謝罪する。襲われているのに謝罪、というのも妙な話ではあるのだが、今の彼にそんな余裕は皆無だった。
「・・・ヒスイ。今のくしゃみが意図的であるならば、賞賛に値するほどの計算力だ。」
「どっ、どーゆー意味だよ!!」
「そのままの意味だ。自分を制止させるのに一番効果的だったという事だ。」
「嫌味か?ソレ。」
「否定。どちらかというと感謝をしている。」
そっと丁寧に寝間着を元に戻し、跳ね除けた毛布を手繰り寄せてヒスイに巻き付ける。
瞳はいつの間にか見慣れた暗紅色に戻っており、先ほどの血の色は錯覚だったのかと思ってしまう。とりあえずこの場所で行為に及ぶ事態だけは免れたのだと理解し、ヒスイは安心して体の力を抜いた。
「・・冗談のつもりだった。オマエやシング達のおかげでこんなにも暖かい自分のスピリアが凍える筈無いのだと伝え、少しだけオマエを抱き締めて体温上昇を図った後、部屋へと戻るつもりだった。」
「へえ。」
ワントーン落として返されるその返事は、不機嫌と言っても過言ではない。
「だが、オマエを見ていたら手が勝手に作動してしまった。」
「で?」
「この場所は生殖行為に相応しくなく、オマエに風邪をひかせるかもしれないということも認識していた。」
「・・・せ、…せいしょく・・・。」
「スピリアが止まれと命令しても、体が勝手に作動してしまっていた。すまない。」
信号伝達機能回路に異変でもおきたのだろうか、と呟くクンツァイト。
相槌を打ちながら聞いていたヒスイは、あの状況を免れてしまえば落ち着いてきたのか、相槌を返しながら懺悔のような彼の言葉を聞いていた。
「・・・やはり、自分は『人間達を酷い目に合わせる"鬼"』だろうか。」
「クンツァイト!」
己の故障を信じて疑わない彼に、ヒスイが鋭く咎める。
「あんなぁ、・・・テメェは間違っても壊れてもねぇよ。」
「?」
「誰だって、好きなヤツを目の前にしたら・・・、多分、そう、なる。」
自分で言うのも恥ずかしいヒスイは、顔を逸らしながらそう続ける。語尾が消え入りそうになっていたが、それでもその声はしっかりとクンツァイトに届いたようだ。
「さっきも言ったろ、姿かたちは"おに"かもしんねぇ、けど、そのおかげでリチアを守っていけるし、俺たちも出会うことが出来た。」
「肯定。それについては理解している。」
「んで、スピリアは"おに"とは正反対の熱っついヤツを持ってんだ。」
「肯定。それについても、自分で理解している。しかし、自分はヒスイを―」
「・・・それは、てめぇの愛のスピリアが、ちゃんとしてる証拠だ。」
「愛…。」
呟くクンツァイトに、ヒスイが苛々と言い放つ。
「あぁもう、何で俺がオマエにこんな事言わなきゃなんねーんだよ、畜生!」
感情のまま行動してしまった己を責める機械人に、優しく愛を諭せる程ヒスイは出来た人間ではない。教えるのも諭すのも恥ずかしくて仕方ないのだが、それでも彼に"間違ってる"と思わせたくない一心で言葉を運ぶ。
「俺だって、そういう気持ちはあんだよ!だから別にテメェはおかしくなんてねぇし、ましてや"おに"なんかでもねぇ!」
「・・・そうか。」
「そうだ!っつー訳でもう寝るぞ、本当!」
"おに"でないと言い切られ、ふと唇の端を上げるクンツァイト。
居たたまれなくなったヒスイがぷいとそっぽを向いて、「なんでこんな時間に」だの「結局眠気なんて来ねぇし」だの、ぶつぶつと愚痴を呟く。
「ヒスイ。すまなかった。」
「だぁら、もう謝んな!」
「否、今のは就寝の邪魔をしていた事にだ。」
絵本を拾い上げたクンツァイトは、毛布に包まって体育座りになっているヒスイの額に小さなキスをする。
「・・・オイ。言ってる事とやってる事が違ぇぞ。」
「大丈夫だ。先ほどのような事にはならない。制御する。」
「・・・・」
そーしてくれ、小さく呟いた唇は、その後クンツァイトによって塞がれたのだった。


スピリアのどこかでまだ、クンツァイトは"おに"なのではないかと疑っていた。と、ヒスイは思う。
たまに冗談を言い、たまに天然ボケをかまし、たまに熱血。
自分達と変わらない存在。
そう理解しつつあったのを邪魔したのは、愛のスピリアだ。
いつの間にか「好きだ」という気持ちを交し合ってここまできていた。
女々しいかもしれないが、いつ「故障だった」「正常に戻った」と言われるかと不安に思った事もある。
けれども今この時間で、求められてる事や想いは己と変わらないのだと安心した。

彼は"おに"ではないと、安心した。

その事実と安心感が、ヒスイのスピリアを満たしてゆく。




唇が離れた後、ふとクンツァイトが何かを計るように宙へ視線を投げてから、言い放つ。
「先程よりも気温が低くなってきている。ヒスイ、そのまま毛布に入っていろ。部屋まで運ぶ。」
「はぁ?ざけんな、自分で歩ける。」
しかし言うが早いか、ヒスイの体はクンツァイトの手によっていとも簡単に宙に浮く。腹の上に絵本を乗せられ、数度目かの無駄な抵抗を悟ったヒスイは、咎めるのも忘れてされるがままになっている。
第一、今は真夜中も大分過ぎた頃。人など居ないだろうし、この毛布に包まっている状態では羞恥も何もあったものではないだろうという諦めがついたのだ。
「(・・・あれ、)」
それに、待ち望んだ眠気が急に襲ってきた気がするのだ。
「・・・クンツァイト、…やべ、寝る・・・かも。」
部屋へ向かうクンツァイトの足取りが心地良くヒスイを揺らす。
もう既に瞼も開けていられない状態のヒスイは、現在地がどこかも分からないまま全てを彼に委ねた。
「安心して眠れ、ヒスイ。きちんとベッドまで送る。」
「ん・・・。」

「おやすみ…というべきか、この場合は。」

閉じられた世界の中で、四本腕の機械人の声が優しく響いた。











「(結局…いばらの森の姫も、よんほんうでのおにも、事実とは違うって事か…)」

そこまで考えて、ヒスイの意識はようやっと眠りに落ちたのだった。









何この話HIDEEEEEE(主に兄さんとクンツァイトの性格捏造が)
凄く…兄さんが乙女になりました…
長くなりすぎて途中から訳分からなくなってたらすみません。もっと簡潔な話の筈だった。
何か視点も中途半端ですみません。基本ヒスイだと思います。
雰囲気だけ察してやって下さい<…
エロ入りもあるのですが果てしなく強●ぽかったのでガッツリ削除!削除!

クンツァイトは本気になったりすると目が赤く光ると良いな!(起動時のような)

ていうかウチの兄さんはよく抱き上げられてますね…orz  
2009.01.10    水方 葎