白い都市関係一連部分を終わらせた方は大丈夫です。
* 俺はお前達に何もしてやれないけれどせめて安らかに眠れるように子守唄を唄うよ * どうしても此処にしかない素材を買い足さなければならない。 そう結論が出たのは昨夜の夕飯の事だった。リチアにとっては故郷、だがそれも今となっては罪しか残らぬ墓場でしかない。リアンハイトに残る組と買出し組で二手に分かれるかという意見も出たのだが、リチアはそれを拒否した。大丈夫だと、気丈な顔つきで。 そういう経緯があり、一行は今クリノセラフのコアで再生したワンダリデルに居る。 白化したワンダリデルはリチアにも、また、シング達の目にも辛い。コアを使って再生した街での買い物は小さな自己満足でしかなかったのだが、白く冷たい世界よりも幾分かマシだ。何かがおかしい、戦争を遊びとしている結晶人。それでもその顔に笑顔があり、動いている。それだけでシング達は少しだけ動きやすくなるのだ。 買出しはイネスとベリル、それから付いて行きたいと言うリチアに任せ、他の者は少し街をぶらついている。リチアが行くと言い出した時点で自分も、と名乗り出たクンツァイトであったが、大丈夫だと言うリチア自身とイネスやベリルを信頼する己のスピリアがその足を留めさせた。 けれど特に行くあてもなく、見るものもない彼は旧市街と呼ばれる地域の入り口で一人佇んでいる。旧市街は新市街の人間に卑下されているし、お世辞にも綺麗とは言い難く整備されている訳でもない。それでも2千年前には微塵も思ったことは無い、『旧市街の方が心地良い』という感想がクンツァイトの中でひっそりと咲き始めようとしていた。 そんな時だった。 クンツァイトの聴覚センサーに小さな声が入ってきたのは。 「・・・・、・・・」 とても小さな声ではあったが、それが誰のものかは識別出来る。他の者ならば「誰かと話しているのだな」と放っておくのだが、その声の持ち主がクンツァイトの好奇心を刺激するには十分すぎた。凭れていた壁から背を離し、その声のする方へゆっくりと進む。 するとその声はただの声ではなく、旋律を紡いでいるという事に気付く。 「泣かないで、 目を閉じて、」 自分はこの歌が何か知っている。 ワンフレーズを聴かずとも、何の歌かはすぐ理解出来てしまう。聴き慣れた、だが声の主から紡がれる歌は初めてだ。珍しい、とも、どうして、などとも思わずに、クンツァイトは別ブロックへ渡る為の長い通路を歩く。 渡る先は、機械人のスクラップ場とされるブロック。 目的の人物は、其処に居た。 此方に背を向ける形で、しゃがみ込んでいる。黒い髪に混じるメッシュが、気候操作された穏やかな風に揺れている。 足音は立てずに来たものの、歌の主―ヒスイ―はクンツァイトの存在に気がついているのかいないのか、子守唄をやめようとしない。対するクンツァイトも別にやめさせたくて来た訳ではないので、そのままヒスイの歌を聴いていた。 紡がれる子守唄は、繰り返し。 優しく二人の間を、そしてゴミと化した機械人達を包み込んでいた。 普段の彼ならばクンツァイトが来た時点でその歌を止め、恥ずかしがって「聴いてんじゃねぇ!」と食って掛かる筈。しかしそんな素振りなど微塵も見せずに彼はずっとしゃがみ込んでいる。 それが不釣合いのような気がしたし、けれど彼の優しさの部分として当て嵌まるような気もする。 以前この場所をたまたま訪れた時、彼とベリルにお説教のような事をされたのはクンツァイトの記憶に新しい。その時彼は、「自分もリチア様をお守りした結果ならば、こうなっても構わない」と言った自分に怒ったのだ。そしてその彼が今、かつての同胞達に祈るように、何かを願うように歌を紡いでいるのだ。 彼はやはり、優しいのだ。 他の人には決して見せようとしない、秘めた優しさ。 クンツァイトはそれを見れた事に、見るのを許されている事にスピリアが温かくなった、その時だった。 「やぁ、今回の賭けはボクの勝ちだね。なんせあの機械人には最新の装甲がされているんだよ。」 「いやですわぁ、此方も強いチューンをしたと思ったのですが、まだまだ敵いませんでしたのねぇ。」 「きみのはまだまだ弱いよ、マダム。最期なんて逃げ腰だったじゃないか。」 「ホホホ、嫌だわお恥ずかしい。今までのファイトで駄目になった5〜6体も一斉処分して、新しく機体を買い直しますから、またお相手になって下さいませね。」 近くにあるジャンク屋の受付で何かを記入しながら、紳士と淑女の話が二人の耳へ届く。 その内容にピタリと歌を止めたヒスイ。そういえばこの日も、いつも通り機械人同士を戦わせるファイトは行われていたのだったと記憶を遡るクンツァイトは、歌が途切れたことに寂しさを感じた。 結晶人の二人が立ち去っても、立ち上がる事をしないヒスイと、声をかけないクンツァイト。 数分もしない内に、二人の頭上をゴウンゴウンと機械の作動する音が響き渡った。中枢の建物の方向から太く大きなアームが現れ、ヒスイの目の前にあるジャンクの山まで運ばれてくる。そこに挟まれているのは、手足や胴、頭部が切断されている機械人の成れの果てであった。 「・・・。」 幾度も見た事のある光景の筈だったが、クンツァイトは眉を顰めた。同時に、ヒスイには見せたくなかった、とも思ってしまう。 運ばれたスクラップは頂上付近で放され、ガラガラと音を立ててその山を積み上げる。バランスを失った箇所からは部品や頭などが崩れ落ち、山の麓部分であるヒスイの近くへもいくつか転がってくる。いくら物や人に触れないからといっても、見ていて少し危ない。 流石にクンツァイトが声をかけようとした時だった。一際大きな部品…否、部品というよりは壊れた機械人の上半身がヒスイの目の前まで転がってきた。それはクンツァイトと同じ汎用型…しかし擬似スピリアを持たない、ただ雑務の為の一体のようだ。似たような体はいくつも生産されている為、識別コードまでは分からない。 「ガガ、ガ…。」 動力が取り外されても非常用の回路でまだ動けるのか、それは小さな作動音を出しながら小刻みに震えた。妙な方向へ捻じ曲がった腕が、空へと伸ばされる。 「ガ、ガ・・・・ゴ、主人、様…。つギの、ゴヨウケン、を、ウカガイニ・・・」 クンツァイトは今度こそ音を立ててヒスイの横まで歩いた。相変わらずヒスイは座ったままでその表情を見ることは出来ないが、己と同じ型の機械人の顔はよく見えた。自分に瓜二つの、ソレ。 「ゴヨウケン、ゴヨウケン、を、伺いま、ズ・・・・」 切断された胴からいくつものコードが丸出しになり、焼き切れた部分からはバチバチと動力が飛んでいる。伸ばされた腕が落ち、機能停止するのも時間の問題だろう。そう結論付けたクンツァイトの隣で、ヒスイが僅かに動いた。 すり抜けると分かっていながら、伸ばされた機械人の手に合わせるように、ヒスイの手がそっと重ねられる。まるで本当に触れ合っているかのようなその姿に、クンツァイトの背筋は温度が下がる感覚を有した。 「泣かないで 目を閉じて 今はただ静かに…」 子守唄が、紡がれる。 意味を亡くした機械人へ、機能停止する機械人へ。 もう休んでいいのだと、おやすみ、と。 少し低めの、心落ち着く安心する声が目の前の機械人にも届いたのだろうか。 唄いきる最後のフレーズで、小さく、とても小さく、名も認識コードも知らない己と同じ顔をした汎用型機械人が・・・笑った気がした。 同時に、崩れ落ちる手。ズシャリとヒスイの足元へ流れた手は、完全にヒスイの体をすり抜けていた。 その手を見届けたヒスイは、彼らしかぬ声で小さく「おやすみ」と呟いた。 最後の最後まで主の役に立とうとし、その生を終えた事が羨ましかったのか。 それともヒスイからの子守唄を独り占めし、最後に笑って機能停止した事が羨ましかったのか。 どちらにしろ、羨ましさと同時に何故か空恐ろしさを感じたクンツァイトは次の瞬間、ハッとした。 ヒスイが動力停止した、その機械人の胸部へと手を伸ばそうとしているのを捉えたからだ。別に自爆装置がついている訳ではないし、何らかの危険がある訳ではない。それでもクンツァイトの頭の中で警告音が鳴り響いて止まない。 「止めろ、ヒスイ!」 彼が指を伸ばしその胸に触れようとした瞬間、クンツァイトは咄嗟に正面から体当たりをするようにヒスイを抱え上げた。俵でも持つかのようなその体勢で立ち上がり、ヒスイと『彼』を引き離す。 「―ッ!?何しやがんだ、クンツァイト!」 漸く、彼の声を聞けた気がした。 取り戻せた、気がした。 主以外に名を呼ばれ、こんなにも嬉しく安心したのは初めてだった。 「・・・シングが自分達を探している声が聞こえた。そろそろ出発だろう。」 「そーかよ。」 嘘だ。 いつから自分はこのような機能が備わってしまったのだろうかと、思わず嫌悪するクンツァイト。だが、あのまま放っておいたら、ヒスイが居なくなってしまう気がした。そんな事はないと分かりきっているのだが、どうしてか「持っていかれてしまう」気がしたのだ。白化ではない、どこかもっと違う部分で、彼を。 担いだまま、スクラップ場のブロックを後にする。己の肩の上で、まだあの山を見つめたままであろうヒスイを思い、クンツァイトはどうして良いか分からなくなった。壊れた同胞達と、その為に歌ってくれたヒスイ。触れようとする行為を止める権利は自分に無かった筈だ。 「・・・ヒスイ。」 「クンツァイト。」 「・・何だ?」 謝ろうか、何を喋ろうか、とりあえず口を開いたクンツァイトに、ヒスイが言葉を重ねた。 先に声をかけたのはクンツァイトだが、その先が無い為にあっさりと主導権をヒスイへ渡す。 「あの唄は、スクラップになった機械人に歌っただけだ。…テメェには二度と聞かせねぇからな。」 何もかも、バレていたというのだろうか。 それとも・・・分からずに言っているのだろうか。 どちらとも判断できずに、それでもクンツァイトは力強く頷いた。 「了解した。・・・有難う、ヒスイ。」 鎮魂歌のように子守唄を同胞に歌ってくれた礼か、己の嘘を黙認してくれた礼か、はたまた二度と聞かせないと言い放たれた礼か。どんな理由にせよ礼を言うクンツァイトに、ヒスイは肩の上で満足そうに笑うのだった。 「む。宿付近で皆が合流しているようだ。行くぞ。」 「おう。」 先程クンツァイトが一人佇んでいた、旧市街の入り口の辺りでヒスイを降ろす。同時に聞こえてきたシングやイネスの此方を呼ぶ声に、クンツァイトはヒスイの手を取り足早に歩き出した。 珍しくヒスイは何も言わない。 だからクンツァイトはそのまま彼の体温を感じながら、皆の元へと足を進めるのであった。 自分には、この場所がある。 だからお前達のような姿になることはできないし、この人間達は許してくれないだろう。 此処にはお前達の為に子守唄を紡ぐ者が居るから。 安心して、ゆっくりと眠れ。 ・・・彼をお前達に渡す事は、絶対に不許可だが。 たまにはアンニュイな兄さんでも良いじゃない。 本編がクンヒスなイベントが多すぎて困っちゃうハァハァ。 書きたいこと詰め込んだら訳分からなくなった。 とりあえず嫉妬するクンツァイト。って事で。 同じ顔だし、何かピンときちゃったんじゃない?みたいな。 兄さんに子守唄歌って欲しい。 2009.01.04 水方 葎 |