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* 潮かけ祭り * 「着いたーvvv」 「大丈夫ですか?姫。」 「あ、うん。」 今回も羽探しで、見知らぬ世界へと飛んできた4人と1匹。 無事に着地出来た事を確認したシャオランだったが、立ち上がり辺りを見回してみて他の二人が無事でない事を知る。 「ごめんねー、黒むー。」 申し訳なさそうに…でもなく、ファイは黒鋼の上に乗っている。この次元に来た時に偶然そうなってしまったのか、はたまた黒鋼がファイを庇ったのかは分からない。 一向に退こうとしないファイに、砂の地面に伏したままの黒鋼は米神をピクピクさせながら勢い良く立ち上がった。 「お前いい加減にしやがれ!!」 その拍子にファイと肩に乗っていたモコナ共々黒鋼の背中から転がり落ちる。落としただけでは気がすまないのか、黒鋼は地面に足を投げ出して笑うファイを引っ掴み、適当な方向に投げ捨てた。 敵や殺意の気配は無いので大丈夫だろうと踏み、投げ捨てた後少し辺りを見回すと、真紅の瞳に壮大な砂浜と蒼い海が写った。しかしその肌色の砂浜は賑やかな人でいっぱいだ。ついでに潮の香りが鼻腔を掠める。 「わー」 「ファイさん!」 気がつくと、慌てないのんびりしたファイの声と裏腹に、焦ったシャオランの声が聞こえる。 続いて耳に入る水音に嫌な予感がして振り返ってみると、見事魔術師と白い饅頭は海の中へと落ちていく様が目に捉えられた。 「げ。」 すぐ近くに砂浜があるのでそう深くはないのだろうが、魔術師が泳げないとも限らない。雪国生まれの雪国育ちと記憶しているので、湖を知っていても海を知らないかもしれない。 いつもの衣装を着たままなので、下手をするとその重さで沈みかねない危険がある。 「ファイさん!大丈夫ですか!?」 「うん多分大丈夫ー。」 膝を付いて手を伸ばし引き上げようとするシャオランだったが、あと少しで届かない。 黒鋼は舌打ちを一つしてシャオランを退かせ、ファイを片手で引き上げた。桜都国で一度彼を担ぎ上げた事があるのだが、やはり今は服が水を吸っていていつもより重い(と言ってもこれでやっと常人並の体重になるのだが)。 「―ケホッ」 引き上げられたファイは当然びしょ濡れで、全身から水が滴っている。モコナも一緒に海へ投げ捨てられた為濡れていたのだが、鋭い身震い一つで元通り綺麗になった。 「くろがねやりすぎー!」 モコナが非難して言うが、身震い一つで綺麗になる奇妙な生命体に言われたくないと言わんばかりに黒鋼はそれを無視した。 「このままじゃ風邪引きますよね…。モコナ、羽ありそう?」 「ここ、何も力感じない。」 心配そうにファイを見上げていたシャオランは、モコナに羽の有無を問う。 返ってきた返事に少し残念になるのだが、サクラはそれならココで少しゆっくりしていこうと元気に言った。 実際には暑い気温なのでファイの服も少ししたら乾きそうなのだが一応は乾かさなければならないし、異世界で面白いものが見る事が出来るかもしれないと思い、シャオランは首を縦に振る。黒鋼を見ると、一応責任を感じているのか「仕方ねぇ」と言ってそっぽを向いた。 「あそこで何か聞けるかなー。」 一番の加害者であり被害者であるファイは海に投げ捨てられた事ももう忘れているかのように一点を指差した。人が集まっている砂浜の中の小さな建物。いくつかあるのだが、その中の何処か一つで落ち着ければそれに越したことはない。 それと何故か普段着の人もいれば多少露出度が高い服を着ている人も居るのだが、殆どの人が水浸しだった。 不思議に思いつつもファイの意見に賛同して、4人と1匹はその小さな建物へと足を進めた。 人だかりの中を縫って歩いていると、珍しい衣装にジロジロ見られたり、特にファイに視線が集められる。この世界では金髪が珍しいのかと考えるが、似たような色の髪の人も居るし、茶髪の人も多い。ではやはり衣装だろうかと考えるものの、それならば(シャオランやサクラはまだ別として)黒鋼がジロジロ見られたっておかしくは無い筈だ。 建物まで歩くのだが、何処も人が沢山で落ち着いて話が聞けそうに無い。 兎に角この国は気温が高く(黒鋼によるとそういう季節かもしれないと言う)、早く何処か日陰に入りたい。風が凪いでいるものの、運ばれてくる風は気温と同じ温度なので一概に涼しいとは言えなかった。 いくつかの小さな家を回っていると、少し外れたところに木造の、しかししっかりとした小さい家が見つかった。文字は読めないものの、他の人だかりが出来ている家と同じ看板が見えるので行っても大丈夫だろうと判断する。 「すみませーん。」 「あらあら。大丈夫?」 ファイがひょいっと顔を覗かせると、中に居たお婆さんが心配そうに歩み寄って来た。 兎に角中に入りなさい、と言われるままに入れてもらい、びしょ濡れのファイはシャワーを勧めて貰う。 「放って置いたら乾きますから大丈夫ですよー?」 「ダメダメ。潮が固まっちゃうでしょう?ほら、着物は洗濯しておくから、シャワー浴びてらっしゃい。」 背中を押され、強引なお婆さんに甘えてシャワーへ向かうファイ。 その間に自分達がこの世界のことを少しでも聞いておこうとシャオランは身を乗り出した。 「あの・・・」 「あの子のお相手はどなた?」 しかし遮って聞かれた言葉にサクラは首を傾げた。 「あの子・・?お相手??」 単語の内容が何を指しているのか分からず聞き返すと、お婆さんは皺だらけの顔に更に綺麗な皺を作って笑むだけだった。適当に座ってて、と言ってお婆さんはファイが姿を消した方へ歩いて行った。 「ここはどういった世界なんでしょうか・・・。」 シャオランが硬い箱を触る。中には人や景色の映像が次々に流れ出して、もしかしたら魔術なのかもしれないと考える。 「知るか。お前、剣は錆びないようにしておけよ。空気に含まれる塩分が多いみたいだからな。」 「はい。」 サクラもこの世界のものに興味津々で、眠たい目を擦りながら色々な物を物色している。閑散とした空間の中にどこか暖かいものがあり、潮の音と鳥の声が心を落ち着かせた。人のざわめきもこの中では遠くに聞こえる。 「鳥が猫みたいな鳴き声…。」 サクラに言われて耳を済ませてみると、確かに辺りには鳥が飛び交っているだけなのに猫の声がする。ミャアミャアと鳴くそれは鳥が発しているものだった。 「本当ですね。」 楽しそうに少し外に出て空を仰ぐシャオラン。 日差しが強いのであまり外に出て居たくは無いのだが、爽やかな潮の香りにどこか胸躍るものがある。 黒鋼は辺りを警戒する態勢で座り込んでいる。彼の国と似たような点がいくつかあるのか、シャオランやサクラ程物に興味を示さなかった。 「『ウミネコ』ちゅうてなぁ。にゃあにゃあ鳴く鳥だえ?」 そこへあのお婆さんが戻ってきた。手には黒鋼がカキ氷と記憶している物体が4つ、盆に乗せられている。 「この海の家はなぁ、海の家の癖に砂浜から大分離れとるから、中々人が来んのよ。」 「『海の家』って?」 「ほっほ。外人さんは分からなんだか。『海の家』ちゅうのは、海水浴に来た人達を少し休ませる所やて。シャワーや風呂完備でなぁ、他に食べもん売ったりしとんの。」 シャワーから出てきたファイも加わり、一つのテーブルを囲むようにして席に着いた4人。出されたカキ氷に蜜の味を説明されながらここの事を聞こうとしたが、ソレより前にお婆さんに説明されてしまう。 金髪、ということでファイは外人として見られているようだったが、他3人は立派なここの国の人として見られているようだ。その証拠にお婆さんに「綺麗な金髪じゃのう」と言ってファイの頭はよく撫でられていた。色自体が珍しいのかどうかは分からないが。 「俺、今日この国に着いたばっかりで分からないんですけどー、皆さん何やってるんですか?」 苺と書かれた赤い蜜が入っている容器を雪のようなカキ氷にかけながらお婆さんに問う。それにならってシャオランやサクラも色とりどりの蜜に手を伸ばした。静かに光を反射する白は、すぐに蜜の色に妥協する。 「ほう、知らないでそこの兄ちゃんに海に落とされたのかぇ?」 「え?」 「あぁ?」 お婆さんがカキ氷を食べようとしない黒鋼を指で指して言うものだから、ファイは驚いた。 確かにこの面子の中でファイを落とすとしたら力のありそうな黒鋼しか居なさそうなものの、ファイが自分から足を滑らせて落ちたと言う事も有りえる。それなのに見透かされたかのように黒鋼を指されたのは意外だった。 黒鋼も自分の事を言われたのに不審そうだ。 実際外れては居ないので適当に頷くと、お婆さんは楽しそうに笑った。 「今日は『潮かけ祭り』。愛しい人に潮、つまり海の水をかけたりしてその人の無病息災を祈ったり、身を清らかにして病気がかからない様に願う祭りじゃ。」 黒いお兄さん、外人さん相手に回りくどい愛の告白は失敗だねぇ。とお婆さんが笑うのをファイは呆然と、他の3人は驚きを隠せない表情で見ていた。 「えっとー、それってつまり、」 「ファイ愛されてるー」 それでも笑いながらスプーンに手を伸ばしカキ氷を口の中へもっていくファイに、モコナが黒鋼の頭の上で踊りながら結論を述べた。 驚き固まっていたシャオランとサクラだったが、黒いオーラを感じて首を黒鋼に視線をやると、噴火寸前といった彼が見えて冷や汗が垂れる。我関せず、と言いたい態度でお互いに顔を合わせてぎこちない笑みをつくり、カキ氷を味わうことにした。 「・・・ふ、ふざけんじゃねぇ!!」 確かに黒鋼はファイが好きだ。 しかし今はまだ唯の性欲処理としての関係であり、愛を語るようなものではない。 なかなか本音を言い出せないままここまで来てしまっている黒鋼だったが、着実にファイへの想いは募っていくばかりである。 海へ落としたときも本気で焦ったし、 水を滴らせて服を肌に張り付かせる彼に一人赤くなったりしたし、 勿論そんな姿他の誰にも見せたくなかったし(砂浜で若い奴がジロジロ見てやがった)、 今だってシャワー上がりのファイが凄く色っぽくて困っている。 だが、いつかは想いを伝えようと思っていても、このような形で他人によって伝えられるなんて、まっぴらゴメンだ。 思わず立ち上がった黒鋼に、転げ落ちるモコナ。それを咄嗟にキャッチしたファイは、あらぬ事を口にした。 「モコナも一緒に海に落とされたから、黒鋼はモコナの事愛してるんだって!」 「ごめん黒鋼、モコナ、ファイの事が・・・。」 何だかサラリと避けられた気がして、黒鋼は怒りのまま叫んだ。 「うっせぇ!!」 シャオランとサクラ(とモコナ)が潮かけ祭りに参加している間、ファイと黒鋼は砂浜の日陰に来ていた。 「んー、まだ頭の中がキンキンするー。雪みたいで面白い食べ物だったねぇ。」 頭を押さえて笑うファイに黒鋼はちらりと一瞥するだけだった。 そりゃあ初めてカキ氷食べるには、あの量は多いだろう。とか思っているのだが、決して口にはしない。それでも返事が無いのはいつもの事、とばかりにファイは黒鋼に喋りかけた。 「ねぇ黒りん。まだ怒ってるのー?知らずにやった事だからしょうがないじゃない。」 何故かこれしかなかったのだと女物の浴衣を着せられているとは知らないファイが、黒鋼を覗き込む。その表情は確実に楽しんでいた。 「怒ってねぇ。」 「怒ってるー。」 「お前・・・。」 傍から聞けば恋人同士のような会話なのに、蓋を開けてみればこんなに寂しい会話は無いだろう。 黒鋼も何を言っていいのか分からず口を閉ざした。 「黒わん。気にしないで。・・・・俺も、気にしないから・・・。」 楽しんでいた表情が一変して暗い笑いに変わる。波と人の声に消えそうになる語尾は、蜜色に妥協する白いカキ氷のようで。彼が泣ける体質ならばきっと泣いていた。 そう思う前に黒鋼は噛み付くようにファイにキスをしていた。 自分でもいきなりの行動に驚いたのだが、それ以上に驚いているのはファイ自身だ。黒鋼にとって抵抗にもならないような抵抗を示すファイだが、この際無視する事にしてキスを深いものにしてゆく。 「ん、・・・っ・・・ふぅ…」 息継ぎが上手く出来なくて苦しそうに黒鋼の背中を叩くファイ。そうっと離れると、ファイはふやけた顔でぼんやりと黒鋼を見つめていた。 「・・・俺は、お前が」 言おうとした。 全部、ぶちまけてしまおうと。 しかしファイの人差し指が黒鋼の唇に当てられ、それは阻止されてしまう。 「駄目、だよ。黒むー。」 真っ白な笑みを浮かべて綺麗に笑うファイ。完璧すぎた笑みに黒鋼はぞっとする。むっとしている空気の筈が、ファイの周りだけ温度が低く冷たいような錯覚に捕らわれる。 「何が駄目なんだよ。逃げんじゃねぇ!」 「俺、海って初めて見たんだ。」 どうしても会話から逃げる姿勢のファイに黒鋼は無理矢理自分の方を向かせるが、返ってきた言葉は全くと言って良いほど見当違いな物だった。もしかして通じてないのかと思わせるような会話の食い違いに黒鋼は頭が痛くなる。 しかしここで怒鳴ってしまっては、ファイのペースに嵌っていくだけなので一度深い深呼吸をして落ち着くことにした。 「・・・で。」 黒鋼が深呼吸をしている間ファイは律儀にも話を進めずに待っていた。軽く促してやると、うん、と言ってから続きを話し出す。 「海の中に投げ捨てられた時ね、結構あれで怖かったんだよ。」 潮辛い海 それは投げ込んだ人の気持ちにも似ていて その中で不安定に浮き沈みする自分 浮遊感は恐怖に変わる 「投げ入れたのは悪かった。」 周りのざわめきが一切聞こえないような二人の世界の中、静かにそう言うファイに黒鋼はぶっきら棒に謝った。 「違うよ。何か、海って黒ぽんの気持ちみたいだった。楽しくて嬉しくて、でもそれに溺れてしまいそうで。」 怖かった。 そう繰り返すファイに、黒鋼は細い身体を抱き締める事しか出来なかった。 海猫が海の上でみゃあみゃあと、啼いている。 「返事する勇気がまだ無いから・・・。まだ、俺、海が怖いから・・・。」 だから今は、駄目。 「お世話になりましたー。」 ペコリと頭を下げる面々に、お婆さんは嬉しそうに手を振った。 あの後結局シャオランとサクラも潮を掛け合い、再びシャワーを借りる羽目になったのだ。服を乾かす目的で少し休ませてもらい、異文化にも触れられたシャオランはご満悦だ。サクラも久しぶりに海で泳げたと言ってとても嬉しそうにシャオランと手を繋いでいる。 「気をつけて行きなよ。」 「はい。」 歩き出したところで掛けられた声に笑顔で振り返るシャオラン。 同時に最後尾を歩いていた黒鋼にもポソリと声が掛けられる。 「大切に・・・大切にしてあげなさいな。ゆっくり時間をかけるのも大切だよ。」 「あぁ。分かってる。」 振り返らずに返事をして再び歩き出した。 後ろでお婆さんが嬉しそうに微笑むのが気配で分かる。 最初来た場所まで戻り、人気が無いのを確認してからモコナに異次元へ連れて行ってくれるように頼む。任せとけ!と意気込んだ後、モコナはいつもと同じくがばちょ、と大きく口を開いた。キラキラとした何かが降りかかる。 海自体が自分の気持ちになる。 そこへ投げ込んで、愛する人の身を清める行事。 悪くは無い、黒鋼はそう思って目を閉じた。 fin. ************* 覚悟が出来てないファイ。 ファイは雪国産まれだし、あんまり泳げないと美味しい。黒鋼はスイスイ。 071001 水方 葎 |