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* 喫茶店事情 2 * 夜の桜都国はまた違った顔がある。 黒鋼と一回出た事があるだけのファイは暗闇の禍々しさに少し顔を顰めた。 一応鬼児が出てもいいようにナイフのようなものはポケットに忍ばせてあるが、それでも多少心細い事に違いない。とは言ってもファイは剣を振り回すような体力や技術は無いので、ナイフ以上の大きな剣を持っていても逆に剣に振り回されるだけなのだ。それならば持たない方が良いと思う。 夜は多少冷えるとシャオランが言っていた通り、矢張り少し肌寒い。空気が冷えるばかりではなくて風も吹くので体温が奪われがちなのだ。 ファイはいつも着用しているコートを出てきた所で羽織り、前が開かないように自身の腕をきゅっと握る。どうやら顔を顰めたのは暗闇の所為だけではないらしい。 __さて、彼らは何処に居るのだろうか。 川で剣を扱う練習をしているとシャオランから聞いたことはあるが、詳しい場所は分からない上、地図も無い。白詰草を探した時にチラリと見たあやふやな地図が頭の中に広がるだけで、何処に何があると言った詳しいことまでは分からない。ファイは一瞬出てくるべきではなかったかと思い踵を返そうとしたが、桜都国を知る為にも少しは歩いておいた方が良いかと思い直す。そうしないと、買出しに出掛けるだけになってしまうから。 「(適当に歩いてみようかな・・・。)」 頼りなく道を照らす街灯が等間隔でファイを待ち受ける。その先には暗闇が広がっていて、鬼児が出ないと言われていても信用できそうに無い空気を纏っている。特に最近鬼の動きがおかしくて新種の鬼も出回っているというので安心は出来ない。 ファイは用心しながら先を急いだ。 思うに、桜都国の奇麗に装飾された街灯はその役目を果たしていないのではないだろうか。街灯の光よりも月の光の方が強く、そして淡く街全体を照らしている。いっそこの際月の光だけであった方が目に優しいというものだ。 そんな事を考えながらファイは一応川があったと記憶する方へ足を向ける。 時折擦れ違う人達は見るからに鬼児狩りを目的にしているような服装・装備で周囲を見回していた。それぞれに何かしら鬼児を察知するような道具を持っているらしい。その形は様々で、ペンダントのようなものもあれば武器が共鳴するようなものもある。 これらは『猫の目』のお客さんから聞けた事で、鬼児狩り駆け出しのシャオランや黒鋼はそれらを持っていない。購入を考えた方がよさそうだと昨日の夜シャオラン達が話していたのを耳に挟んだ。 其処まで考えると、ふと黒鋼の決して愛想が良いとは言えない顔が脳を過ぎる。 一方的な喧嘩(?)は気分が悪い。 それこそ気に入らないなら気に入らないとキッパリ言って欲しいとファイは思う。 睨みながらも慈しむ様な、それでいて刺すような視線ははっきり言って苦手なのだ。別に喧嘩した覚えが無いファイは、面倒だけれども彼が臍を曲げた理由を探らなければならないらしい。今日の帰り際に聞ければそれに越した事は無いのだけれど、と淡い期待を持って歩き続けた。 「あれ、『おっきいにゃんこ』さんじゃない?」 「あー、こんばんわー。」 「どうしたの?こんな夜に買出し?」 「えぇ、まぁ、そんなとこですー。」 何度目かの角を適当に曲がった時、長い黒髪が綺麗な店の常連さんとその友達の、これまた店の常連さんに出くわした。二人とも鬼児狩りを生業にしているが、昼は専らファイが経営する『猫の目』に入り浸っている。店が出来てからほぼ毎日通ってくれているお得意様だ。 「でも『おっきいにゃんこ』さんは鬼児狩りの武器を持ってないでしょう?ここのとこ、鬼児は見境無く人を襲うって言うから気をつけてね。」 「そうそう!何なら送っていきましょうか??」 女性二人の声にファイはいつものようにふわりと笑って返事を返す。 「大丈夫ですよー。ありがとうございます。」 確かに遭遇したらヤバイのは間違いないのだが、低級ならばファイにも倒せない事は無いのだし、万が一出会ってしまったら逃げれば良い。今回は白詰草の時とは違い戦う必要は皆無なのだから。 適当に別れを告げて二人の背を見送る。手を振る二人が闇に溶け込むと同時にファイも再び歩き出した。 それから2〜3人店のお客さんと顔を合わせたが、その度に鬼児の事を言われ黒鋼の事を思い出す自分はかなり重症だとファイは一人ごちた。自分はそれほどまで彼に執着しているのだろうかと自問自答してみても答えは否しか出てこない。 きっと自分は『自国に帰りたい』と言う黒鋼に少し嫉妬しているのだろう。それにからかいがいがある。だからちょっかいを出しているだけなのだ。きっとそう、身体を合わせるのだって遊びの続きであって、彼や自分には何も意味を成さない事。 けれどもどこか期待してしまっている自分が居る。もしかして、この人は自分を檻から出してくれるのではないだろうかとか、甘えてしまってもいいのだろうかとか、自分を抱く黒鋼の大きくて温かい手は自分だけに向けられているのではないだろうかとか。そう、錯覚してしまう事も多々あった。 「(本当は違うのに。)」 頭では分かっているつもりなのに、黒鋼の行動は期待を抱かせるようなものばかり―…つまり、優しいのだ。彼は。 頼っては駄目だと自分に言い聞かせる程深みに嵌っていくのが怖い。 大丈夫 俺が決めた事だから 独りでもやっていけるんだ 目の前に広がる夜の闇は、心の色か黒鋼の色か 「でも随分遠くまで来たなぁ・・・。」 改めて道を思い出すと、時計が無いので確認しようが無いのだが彼是30分は経っただろうか。一度川に辿り着いたものの二人(モコナ含め三人)の気配は無かったので別のところに居るのだろうか。それとも他に鬼児狩りをしているポイントがあるのだろうか。 どっちにしても、夜ご飯は早く済ませて欲しいと思う。 「(・・・なんて、結構所帯染みてきたかもー)」 こういう気ままな暮らしは自分に合っているのかもしれないと新たな自分の発見をする。 歩き疲れて、橋の上で一度休憩する事にした。 余り大きな橋ではなくて、木造にイロを付けた様な、どっちかと言うと裏道の橋のような小さいものだったが、ファイとしてはこちらの方が好みだった。役に立たない街灯がある道から一本外れた小道はより人気を無くし、ファイを孤立させる。 たまにはこういう時間があってもいいと思う。どうせいずれか自分は独りに戻るのだから。 澄んでいるのだろうが今は闇に溶け黒くなっている川を見詰めながらファイはそんな事を思う。誰かが隣に居る事に慣れてしまう事程怖い事は無い。 川に浮かんだ大小二つの月が流れに合わせて大きくゆらりと揺れた。 「・・・戻ろう。」 暫くの間そうやって川に写った月を眺めてぼうっとしていたのだが、細い身体が寒さを訴え我に返る。同時にかなりの時間が経っている筈なので、もしかしたら入れ違いになっているのかもしれないと考える。第一何故自分は喫茶店で二人を待たずに外に出てきたのだろうかと、それすらも不思議に思った。 だが、踵を返したところで感覚が異変を感じ取る。 どす黒い何かが接近している。・・・それも、速く、複数で。 「鬼児さんかぁー。」 小道に所狭しと建っている家や建物の影から勢い良く姿を現したモノは、紛れも無く鬼児そのものだった。ファイ自身、見た事があるのは3度目だったが、その姿が分からない筈が無い。 まるで影が実体を持ったかのような身体に黒い光が灯っている眼。 その、吸い込まれるような眼に視線を移すと同時に鉤爪のような鋭い爪がファイを捉えようと容赦なく振り下ろされる。猫の目の客から、『低級の鬼児は大体群れで行動する』と聞いた事を思い出し、ザッと目を通して気配を感じるだけで5〜6体は居るこの鬼児達は低級なのだろうと位置付ける。ファイは鬼児狩りが専門で無い為階級などはパッと見ただけで分からないのでそのように判断するしか材料が無い。鬼児に決まった形は無いので『これがこの形』という定義も出来ないのだ。 予想以上に素早い動きにファイはひょいひょいっと身軽に避けて屋根の上へ上がる。ダーツで攻撃するには数に限りがあるし、低級の低級で無い限りこれで殺す事は出来ないなぁ、なんて思いながら、目から光線を出したりと最早何でもアリな攻撃を回避する。 しかし流石に6体に囲まれてはファイの分が悪い。こちらは攻撃出来ない上、怪我をした足だってつい先日治ったばかりなのだ。 その左足を庇うようにして避けながら、何とかこの場所から逃げる事が出来ないかと模索する。川沿いに逃げようにも大通りに誘い出すような危険な真似はしたくなかった。唯でさえ一般市民を襲いやすいと聞いているのだから、人が通っている所に出したら怪我人が出てしまう。 そんな事を考えながら、縦に振り下ろされた爪を身体全体で避けて、左足を軸に人様の家の屋根に着地する。__が、 「っつ・・!?」 着地と同時に膝に力が入らなくなり、ファイは折れるようにしてその場に崩れた。前の怪我の所為かと思ったが、どうやらそれだけではないらしい。 目が回る。 「ぇ、ぅわ・・」 視界がぐるぐると回る。 口から漏れた声と自分の体調の変化に思わず冷や汗が出てしまう。 鬼児達の次の攻撃の心配より先に『何か変なものでも食べたかなぁ』などと至って暢気な考えを起こす。思い当たるものは何も無い。しかし、今現在自分は非常に危険な立場に居るのに何故か気分が良い。意識が別の方向へ向かっていくかのような錯覚に囚われる。 そこで一つ思い当たった。 前にもこんなフワフワした感じを経験した事がある。 「・・・・・ぶらんでー・・?」 新作ケーキを作る為に色々な種類のブランデーを味見していた事を思い出した。 next→ ************* 絡まれるファイが書きたかったのに・・・!(凹) こう、何か「綺麗な顔してんじゃんよー、ちょっと俺らと付き合う気無い?」みたいな。 んで酒入ってるから思うように抵抗出来ないの。 そこへ黒鋼が(以下延々と続くので自主規制) 071001 水方 葎 |