* 実り *





















その日だけは、いつもと違っていた。


「あっ半蔵!やはりこの戦に出ていたか!」


「・・・。」


まず、幸村の顔を見ても半蔵がいつも以上に表情を変えなかった。




いくら(一方的でも)愛する人が居ようとも、ここは戦場である。
よって自分の目的のために自己中心的に動けない。武将ともなるとそれは当たり前のことだった。


しかし。


しかしこの真田幸村は。




「半蔵、愛してるぞー!!!」




今日も元気に愛を叫ぶ。






徳川軍も恒例となってきている幸村の叫びに、『コレが始まらないと戦が始まった気にならない』と言う精神面での影響が出始めていた。愛を叫ばれる半蔵の身になって考えれば厄介なことこの上ない話だ。
戦場に響く声は天まで届きそうで、無駄に煩すぎる。人が殺しあっている所で愛を叫ぶというのは余りにも場違いすぎるのだが、どうにも周りが見えていないらしい幸村にはそんな事関係無い。唯惚れた人間を追い掛け回す。
「半蔵!此処に居たのか!」
そうやって幸村が半蔵を追い掛け回してきたのは何回になるだろうか。
暇さえあれば半蔵に愛を語り、戦中だけでなく、平日にも幸村の特攻は続いた。恋文を出し、自ら出向き、時には叫んで、戦で突っ込む。
周りから見ればこんな傍迷惑な武将は居ないのだが、それも彼自身の愛嬌でカバーされているらしい。幸村自身を良く知る周りの人間には既に諦められているとか。


今日も幸村は半蔵を見かけた為、今日こそはと思いその姿を目指して走る。


「半蔵!愛してるんだ!この想いに嘘偽りは無い!貴殿とずっと一緒に居たい!!」






半蔵は、幸村に背を向ける位置で呆然と立ち尽くしていた。


武器を構える手もいつもと違い、だらりと下ろしていて力が入っていないようだ。



「半蔵・・・?」


呼びかけるが、答えが無い。



その場に二人だけが取り残された空間のように、周りの声が一切届かなくなった。



「武士・・・。」


ふらりと今にも倒れてしまいそうな動きで幸村を振り返る。





そして突然襲い掛かってきた。





「!!」

「武士…!これが、狙いだったのか・・・!?」

「な、何の事だ!?」


半蔵が何を考えているのか分からない幸村は、ただ攻撃をかわすのにいっぱいいっぱいであった。
武器を構えて腰を低くする態勢はいつもの半蔵だったが、その刃が切るのは空ばかりである。避ける幸村を更に避けるように、本気で殺そうとしていないかのような半蔵。刃が交わる音が高らかに戦場に似合う音で響く。そうして槍で刃を捕らえたりかわしたりしていると、それまでの猛攻が嘘のように半蔵の動きがピタリと止んだ。
再び二人の間に静寂が訪れる。



「半蔵??」



今日の半蔵は何処か様子がおかしい。


第一先ほど言われた「狙い」とは何の事なのか。


そう思って恐る恐る尋ねると、半蔵は武器を持っている手をダラリと力無く下げて、仕舞いには地面に落としてしまった。


ドサリと、刃が地に突き立てられる音が二人の間に響く。


「半蔵・・・?」





「武士・・・二度と我にいつもの様な事は言わないと誓え。」


「!?」


「さすれば・・・貴様を殺せる。」




一体どういう事なのか。
しかし幸村は考えるよりも先に口が走っていた。




「好きだ。」


「っ!」


「好きだ。私は半蔵が好きだ。愛している。私だけのものにしたい。繋がれたい。そなたと一緒に居たい。一緒に暮らしたい。」


「言うな!!」


自分に嘘はつきたくないし、半蔵に愛を言う事も止めないとばかりに言い続ける幸村。
遮るようにいきなり叫んだ半蔵に驚いた幸村だったが、それでも半蔵への言葉は止まらない。
同時に半蔵が乾いた地面の上に蹲った。


「半蔵!?どうかしたのか!?私の先ほどの防御が当たってしまったのか!?」


「違う…。」


駆け寄る幸村。
へたり込んで呆然と幸村を見上げる半蔵は、紺の目を虚ろにさせて別世界を見ている様。白い陶磁器のような肌が太陽の光を浴びている。
何処かこの世のものではない美しさがあった。



「・・・殺せない・・・。」







半蔵が、ポツリと呟いた。











「・・・・・は。」


「貴様が殺せない!


いつもの事を言われると体が思うように動かなくなる!


殺そうとすると手が震える!


城の近くを通ったら貴様が頭に過ぎる!


戦場でいつもの声と言葉、貴様の顔を見ると・・・



どこか、安心する・・・・。」








何かを否定するように頭を振って叫ぶように言い放つ半蔵に、幸村は目を丸くした。





「それが作戦だったのだろう、貴様の…。我を錯乱させて、我の味方をも巻き込んで・・・。」


「半蔵!!!愛している!!!」


これで通算何度目になるだろうか。
半蔵の台詞を最後まで言わせないまま幸村は半蔵に抱きついた。



「!!!」


「やっと!やっと、やっと!!!」



想いが、返ってきた。







きつく抱き締める幸村に、半蔵は身じろぎつつ逃げ身を取る。
「武士。離せ。」
「嫌だ。」
「武士。」
「半蔵・・・私がいつも半蔵に言っているのは作戦でも何でもない。私は本気で半蔵に恋焦がれている。」
抱き締めた腕は一向に力を弱めない。
「半蔵。そなたは私を好いている。」
「・・?」
「だから私を殺せぬのだ。」
「そんな事、無い。」
ひたすら否定しかしない半蔵に幸村は微笑しながら、ゆっくり彼の頭を撫でてやる。
叩き落とされるかと思ったが、彼はされるがままになっていて、大人しい。此処まで大人しいと逆にこちらが何かの作戦かと疑いたくなってしまうが、半蔵はそんな事せずとも自分を斬れると思い考えを改めた。


「じゃあ、私の事を最初はどう思っていた?」


「意志の強い、武士だと。」


「その後は?」


「熱い奴―暑苦しい程。」


「・・その後は?私がそなたに告白し始めた位とか。」


「・・・・稚拙な作戦を考える奴だと。」


「その後は?」


「主の天下を邪魔するのならば、斬らねばと。」


「その後は?」


「・・・良く、分からなかった。」


叫ばれるたびに知っていく感情。


しかしその感情の名前は知らず、唯敵として認識し、殺せと命が出たら殺すのみ。


そうしてこの感情はおさまるものだと思っていた。



しかし今。
幸村に教えられて。


「・・・私の言うことが信じられぬか?」


耳元でそう囁くと、僅かに首が縦に振られた。
それもそうだ。
敵同士なのだし、簡単に言うことを信じろと言われても分からない。半蔵は俄かに困惑した表情でそっぽを向いた。
「半蔵。そなた、家康殿の他に信頼のおける人間は居るか?」
「・・・本多忠勝殿。」
「・・そうか。」
自分で聞いておきながら少々苛付くのは小さな嫉妬。すぐさま帰ってきた名前に、親方様が家康には勿体無い男だと呟いていた人物を頭に描く。そういえば半蔵しか見ていなかったから余り覚えていないが、いつも半蔵と一緒に家康を守っている人間の一人だったような気がする。
「では、本多殿に聞いてみるが良い。その感情の名前を。」
「・・・?」
「私はそれまで待っている。待つのは慣れたからな!」


けれど必ず応えてくれ。








「行ってしまったか・・・。」
暫く幸村は半蔵を離さず幸せの余韻に浸っていたのだが、いい加減主命を全うしようと動き出した半蔵を解放してやった。去り際の半蔵の細身の姿が目に焼きついて離れない。
半蔵は幸村の命を取る事をせず行ってしまったので、やはりこれは好かれていると思い上がっても良いのだろうかと幸村は小さく笑う。今日、味方陣営に帰ったら本多殿に聞くと言っていたので、返事が楽しみだ。自分が言うのも何なのだが、あの真面目そうな人間が嘘をつけるはずが無い。うっかり本当の事を言ってしまって激しく後悔するだろう。


まぁ、其れも良い。




幸村は実りつつある想いを胸に感じながら、戦場へ駆け出した。
















fin.






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こんな感じでいつか報われればいいね!



071001 水方 葎