* 死して屍拾うものあり *














「はんぞーぅ!!!」


戦場を貫く、いかにも熱血といった暑苦しい声。


「半蔵!!今日こそ、今日こそ、今日こそー!!」


あぁ、これが「今日こそ首を取る」だとか「今日こそ同胞の敵を討つ」とか言うのなら、どんなに気を楽にして戦える事か。


忍の素早い足を駆使し、逃げながら半蔵は思う。


思ったところでどうしようもないのだが、この状況は思っても仕方が無いだろう。




「今日こそ、そなたと結ばれてみせるー!!!」









そう、今回はちょっとした徳川勢と武田勢の陣地争いだった。重ねて兵力も減らしてしまおうと、徳川勢は前線に半蔵と本多、それと少し名の知れた将を数名送り込んだ。半蔵は隙を付いて忍びの林道を行き、敵のど真ん中で撹乱させるという命が与えられ、途中までは普通に戦っていた。
勿論皆が一緒に居れば戦力が固まってしまうので分散していたものの、徳川勢の方が兵数が多く、圧倒的に有利だった。撹乱せずとも早く終わるかなどと高を括りながらも徳川は陣地に半蔵を送り込む。
そこまでは良かった。
「!」
「あっ!!」
崖から飛び降りて、敵方の陣地のど真ん中に入った半蔵が一番に見たものは・・・200m程離れた紅い鎧の真田幸村。忍の目を持たない相手には自分の事は分からないと思ったのだが、そう上手くいかないらしい。半蔵の事に関しては卓越した力や能力を発揮する幸村は、自分の陣地に奇襲を掛けてきた半蔵をその目に捉えた。
チッと舌打ちをしてから辺りの敵を構わず一掃し始める半蔵。


半蔵は、幸村が苦手だった。


戦においての相性が悪いだとか、何かにつけて叫ぶところだとか、そういう類ではない。


「半蔵ー!!ちょっと待ってろ今行くから!!」


この男は、半蔵に向かって愛を叫ぶ。


それが半蔵の最も苦手なところだった。


何時からかこの真田幸村という男は半蔵を見かける度に愛を叫ぶようになっていた。最初は半蔵も相手にせず、ただ敵を混乱させるための稚拙な作戦だと思い無視してきた。しかし以前ちょっとした戦で出会い、不覚にも半蔵が幸村の腕に掴まってしまった事があった。
その時に、マスクを降ろされキスをされたのだ。てっきり拷問・尋問果ては監禁されて殺されると思っていた半蔵は、キスされて唇が離れた直後幸村の股間に蹴りを入れて逃げ出した。
そう、苦手意識はそれからだ。


周りの敵を片付けても片付けても、一向に数は減らない。敵陣なのだから当たり前なのだが、兎に角敵を撹乱させる事だけが目的である半蔵は、早く適当なところで切り上げるかと頭の中で考えを巡らせる。しかしその考えはいつの間にか「鎧を着けているにも関わらず100mを8秒台で走り、且つ此方に迫っている男からどうやって逃げるか」に変更されていた。
殺らなければ、やられる。
元より殺らないつもりの無い半蔵は、敵を一掃して辺りが開けたところで武器を持って身構える。真田を倒せという命は出ていなかったので余計な事はしない方がいいとは思う。しかし少し手負わせておけば懲りるのではないかとも同時に考えた。
・・・・自分としては命を狙いたいのだが。
「半蔵!やっとその気になってくれたか!!」
「・・・滅。」
低く威圧感や殺気を剥き出し言っても相手には通じないだろう。そんな事を理解しながらも、言わずにいられなかった。
武器を構える半蔵とは違い、槍を降ろす幸村。ここまで相手が馬鹿だったとは思わなかったと言わんばかりに、半蔵は幸村に切り込んだ。
周りに集まってきた兵は、あっと息を呑む・・・が、半蔵は幸村を切ってはいなかった。心の臓を狙う鎌は右胸前で寸止めされていたのだ。
「・・・・何故武器を取らぬ。」
「半蔵が俺の想いに答えてくれぬからだ。」
目を閉じ、幸村にしては珍しく冷静に、しかし真剣な面持ちで言う。そんな彼に半蔵は感情表現が豊かでない顔で心持眉を寄せる。
一体今度は、どういう作戦なのか。ともすれば我侭で拗ねているような、それでいて筋の通らない答えは何を表しているのだろう。
「・・・殺。」
いい加減こんな下らない事に頭を使うのが嫌になった半蔵は、鎌を構えなおして再び振り下ろした。


今度こそは。


ガギィィン!


「「幸村様!!」」
胸を撫で下ろしていた兵達は、半蔵のいきなりとも言える攻撃に驚いた。撹乱という彼の目的も一応は成功したのだし(逆に半蔵が撹乱したという説もあるが)、もしかしたら自分の陣地へ帰ってくれるのかもしれないという淡い期待は一気に遠のいたのだ。
鎧と武器の擦れる音が周囲に響き渡る。
しかし、幸村は立っていた。
半蔵の鎌は幸村の鎧少しを貫いたところで止まり、当の幸村は血の一滴も流していない。
「・・・。」
鎧の下に更に何か仕込んである、と察知した半蔵は自分に隙を作らない為に後ろへ飛び退いた。同時に幸村が少し俯いてクツクツと不敵な笑みで笑い出す。
「ふっふっふ・・・ククク・・あーはっはっは!!」
しまいには奇妙な高笑いを始めた武将に、その場に居た全員が「頭が可笑しくなったのでは」と思ったそうだ。
「残念だったな、半蔵・・・。この鎧の下には、特別製の鉄が仕込んであるのだー!!!」
得意そうに言ってのける男に、半蔵は呆れながら首を狙うため武器をそれ用に構え直した。
しかし、背筋を伝う嫌な冷や汗。
それは目の前の幸村からの邪念を、知らず知らずの内に感じ取って流したものだった。
「はぁんぞぉぅ〜・・・。」
ゆらり。
幸村の身体が揺れる。
揺らしながら一歩一歩半蔵に近付く幸村だったが、半蔵もそれに合わせてジリジリと後ろへ交代する。
半蔵も馬鹿では無いので後退出来る所があるか確認ながら後退していたが、やがて少しずつではあるが距離が縮まっていった。
「おーぃつぅ〜めたぁ〜・・・」


最早怪談モノである。


「諦めて俺と契りを交わそうじゃないか・・・。」
愛がどうのこうのという話から一気に情事の話になり、周囲の助っ人に入ろうとしていた兵は動きを止めた。この先どうしたら良いか分からず仕舞いなのである。
「・・・ここは退くが得策か…。」
こんな所に長居は無用と一言呟いて手頃な木の枝に飛び移ろうとした半蔵だったが、(こういう時だけ)素早い幸村がその行く手を遮る。他にも飛び移れそうな木はいくつかあるのだが、それには幸村の周りに居る兵を倒さなければならない。そうなると時間の損失になり、幸村に捕獲されてしまうという可能性もあるのだ。
「うっふふ・・・さぁ半蔵!俺の愛を受け取れー!!!」
「!!」
ガバッと自分に向かってジャンプをする幸村をサッと回避した半蔵は(せめて武士なら武器を構えながら飛び掛ってくるものだと思う)、徳川陣地へ帰ろうとひたすら敵の真っ只中を走った。背後で幸村が地面と接吻する音が聞こえたが、そんなのに集中している暇は無い。



「はぁんぞぉぅー!!照れなくても良いではないかー!!」


かくして冒頭に記載している恐怖の鬼ごっこは始まったのである。







何故このような事になったのであろうか。


「はっんっぞぉぅ〜!!!vvv」


素直な恐怖心でなく、別な意味で怖い。否、気持ちが悪いというべきか。


迫り来る化物とはこの事だな、と思いながら自軍の方へ走る半蔵。こうなれば人の目も気にする余裕が無い。一応山道を走ったつもりなのだが、幸村は迷う事無く自分の後を走っている。目を輝かせて、ちょっと・・・いや、大分危ない言葉を叫びながら。
このままではいけない。確かに敵軍を撹乱させる事は出来たし敵将も随分闇に葬った。だが、ここに走るまでにも多くの武将に見られ(敵味方関係無く)混乱している事だろうという事実は、命に背いている気がしてならなかった。。それに命は終わったので、一度家康の所へ帰らなければならない。
「(このままではこの男、確実に自軍へ付いて来る・・・)」
家康の前までこの男を連れて行っては、何かしら奇襲があるかもしれないし、家康の命を脅かすような事をしてはならない。そう考えた半蔵は、まだ人気の無い木々の間でふと立ち止まった。それでも敵や味方の悲鳴や掛け声は聞こえるし、目に届く範囲だ。
「半蔵!決心してくれたか!!」
「・・・・・何故、我を追う。」
「半蔵が好きだからだ!」
「このまま我を追っていても武士には不利になるだけ…。本陣へ帰るが良い。」
熱っぽい幸村の台詞をサラッと流し、帰るように促す。もう殆ど勝敗は決まっていたようだし、幸村もこのままこの地に留まれば命が危ういだろう。ましてや家康のところへ付いていくなんて、持っての他だった。
「・・・・・・・一つ。答えをくれたら。」
「この場で討たれたいか。」
そう、此処で一騎打ちをし、首を取っても良かった。しかし自分の首を取る気の無い武将を殺すのは(命令外だし)忍びないし、何より幸村の真剣そのものの表情を見ていると言葉を促してみたくなった半蔵。今度は何を言い出すのか。
「待てって!質問だけでも良いであろう!?」
「言え。」


「・・・俺は、半蔵を愛してる。半蔵は?どうなのだ?」


どうとは何が。


聞き返したい言葉が浮かんでくる。
「・・・我は感情を持たぬ道具故、そのような想いは稚拙な作戦や意味の分からぬモノとしか思えぬ。我は唯、主君の命により動き、」


「半蔵ー!!!」


言い終わらぬ内に物凄い速さ(コンマ3秒)で抱き付かれて、半蔵は逃げる事も斬る事も出来なかった。身体を両手ごと抱き締められて身動き一つ取れない上、幸村からの馬鹿力から抜け出せる程半蔵は力が強くない。殺気が無い内は逃げなくても良さそうだが、掴まった事自体が不覚だった。
「お前は道具等ではない!人間だ!」
「そのような事は無いと何度言えば気が済む。」
「人間だ!」


だって、俺の事をどういう感情であれ、捕らえているのだから。


「・・・。」
「煩い奴だとか、熱血な奴だとか、格好良い奴だとか、何でも良い。邪魔者だとか思ってくれても構わない!しかしそれは、私にそういった『感情』を向けている証拠ではないか!」
「・・・。」
お前には感情があると抱き締めたまま辛そうに叫ぶ幸村に、半蔵は抵抗も見せず俯いている。
その半蔵へ口布越しに小さくキスをする。これにも抵抗が無く少し以外だった幸村は、やっと理解してくれたのかと思い柔らかく微笑んだ。勿論そんな顔、半蔵の眼には映っていないのだが。
大人しいのを良い事に更に続けようと、半蔵の耳近くに唇をもっていき小さく囁いた。
「半蔵・・・お前は、人げ」


「滅!!」


ゴキャッ


「―・・・ッ!!」


そこへ、隙を見計らった半蔵の対幸村用2度目の急所蹴りがヒットした。
半蔵に夢中になっていた為そういった防御は一切気にしていなかったので、幸村の(男の)急所に蹴りは綺麗にきまってしまった。思わず半蔵を抱き締める手が緩み、悶絶して倒れ込む。サッと間を取った半蔵は幸村を見下して一瞥し、アッサリと自軍へ帰って行ってしまった。
「半蔵!待ってくれ!」
相当な力で蹴られたにも関わらず、何とか立ち上がった幸村は誰も居ない空に手を伸ばす。今なら追えば間に合うかもしれない。もしかしたら照れ隠しなのかもしれないとプラスに考えて走り始める。
が。




「っぎゃああああっ!!」


辺り一面まきびし


踏んだと思えば槍の雨


気が付けば戦は終わっていて


途方も無く幸村は地面に伏した。










幸村が居ない事に気が付いたくのいちが迎えに来たのは、夜も更けてからだったとか。


血みどろになっていた幸村は、そのまま半蔵に逃げられた所で倒れていた。


「幸村様、まぁた半蔵にフラれたの?」


「またとは何だ、またとは!今日はいいところまでいったんだぞ!」


起き上がって反論するも、全身に渡りまきびしが刺さっていて思うように立ち上がれない。


「アタシ一部始終見てましたけどぉ〜、半蔵は逃げる機会を伺う為に黙ってただけじゃないですかぁ?」


「・・・。」










「なぁ、くのいち。」


「はい?」


「忍びは、本当に感情を持たぬのか?」


罠を解いた、帰り道。


ポツリと、居た堪れない声で呟く幸村。



さて、この男に半蔵が逃げる際に少しだけ…そう、ほんの少しだけ寂しげな表情をしていた事を、伝えるべきか伝えぬべきか。




くのいちは暗さを増してゆく闇に向けて微笑んだ。









fin.






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いつのものか分からない程昔の(初)真半小説。
ストーカーから始まる恋。



071001 水方 葎