* 京洛デート *


























「良い天気だ。なぁ、松風。」
愛馬の松風と共に京へやってきた慶次。
馬の鞍の上で横になり、都とは違う空気を目一杯楽しんでいた。
そう、今日は半蔵に会える日なのだ。ウキウキしない筈が無い。


大きな松の木。


其処が何時の間にか決まっていた二人の待ち合わせ場所だ。
京に来るのはこれが初めてではないにしろ、華やかな雰囲気は都に無いものだ。いつも血生臭い臭いばかりで其れに慣れてしまっている鼻は、特に京の匂いを好いていた。人込みを縫って愛馬を歩かせる慶次は、その風体から傾奇者と知れる。皆我関せずと道を開けてくれていた。
別にそれは差別でも何でもないのだが、人間怖い目には合いたくないという事か。
しかし、そんな中でこの傾奇者に声を掛けてくる人間が一人。
知り合いでも無いならば、それは確実にある種の人間に絞られるのだが。
「おっおおお前!!前田慶次だな!?忘れたとは言わせねぇぜ!?あの日あの時俺は―」
半蔵とは違う意味で細身の人間が慶次を後ろから呼び止めた。振り返ってみると、無駄に殺気を放って刃を向けている人間が一人。
自分に因縁を付けてくると言う事は、以前関わりがあったのかもしれない。しかし慶次の頭はそれを覚えてはいなかった。もしかしたら戦場で切りつけた人間の一人かもしれないし、町で喧嘩した誰かの一人かもしれない。そんな事はどうでもいいので強い奴以外はすぐに忘れてしまう。
「悪ぃ、本当に忘れた。」
だから、つい本当の事を口走ってしまった。
ボロボロの服装の男が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「な、何だと〜!?お前等、やっちまえー!!!」
とんだ厄介な奴に目をつけられたものだ。
これから半蔵と会う予定があるのに、と心の中で過去目の前の男と関わった自分を恨んで太陽を見る。まだ半蔵と会うには時間が早いようだ。適当に相手をしてやって約束の場所に行くのも悪く無い。何より、売られた喧嘩は買わなくては面白くない。


何処からか出てきたそいつらの仲間と思われる連中。


並んでいた店に居た人間は揉め事を察知してか、早々に中に入ってしまった。こういう時だけ動作が素早いなと感心して苦笑する。確かに避難していてくれた方が、誰か関係ない人間を傷つけなくて済むので慶次にとってその素早さは有り難かった。


「喧嘩は都の華だ!!派手にやろうぜ!!!」


そうして松風から降りて、ぐるりと自分を取り囲んだ相手を見回してから、愛用の二又矛を勢い良く振り回した。













例の松の木の下に慶次が居らず、京の町に一歩踏み入れた半蔵は違和感を感じた。
否、半蔵でなくとも違和感を感じるだろう。
何せ人が居ない。
店は殆どが閉まり、ちらほら歩いている人も急ぎ足で家に帰ってゆく。何があったのか聞かなくとも、それだけで全てを理解した。今、京で喧嘩が起きているのだと。小さい喧嘩ならば、こんなに厳重に店や家を守らなくても良いのだが、大きい喧嘩や誰か有名な武将が関わると下手に巻き添えを食う可能性がある。皆其れを理解して非難しているのだ。
半蔵は黒の下地に紺で刺繍を施された着物を翻し、その中心となる人物を探ろうとした。半蔵の勘が喧嘩の中心部へ向かわせる。


そうして足を向けた、その時。



「虎は何故強いと思う!!?・・・っ元から強いからよ!!!」



ザワザワと悲鳴や絶叫が起こっている中心地から聞こえた、聞き慣れ過ぎている声。
「――あの男は・・・!!」
やはり、自分の勘は当たってしまった。
自分を放っておいて喧嘩をしているとは何と言うことか。とは思ったものの表情には出さず、その代わりにいつもの武器とは違う暗器を懐から取り出して目的の場所へ走った。
約束の時間は、とうに過ぎているのだ。
一発殴ってやらねば気がすまない。









「オラオラオラ!!もっと手応えある奴ぁいねぇのか!!?」
何時の間にか喧嘩に夢中になっていて約束の時間を忘れている慶次。向かってくる盗賊や山賊を相手にしつつ、ご機嫌に愛矛を振り回していた。このままでは埒が明かないと分かっては居ても、やはり喧嘩は楽しい。
しかし自分と対等に相手が出来る奴が中々見つからず、慶次は段々と飽きてきていた。次第に欠伸まで出てくる始末だ。その時、慶次の周りを囲っている賊の間に、影が走った。


ガギィインッ・・・・


「っと、中々やるようだねぇ・・・て、半蔵さん!!?」
首を掻き切ろうとする鎖鎌をすんでの所を受け止めたは良いが、手の痺れが残る攻撃に手応えを感じた慶次。自分より強いかもしれない相手にわくわくしながら目に捉えようとすると、殺気を剥き出しにしている恋人。睨むどころか、慶次を射殺しそうなその眼力は彼を怯ませた。
「は、半蔵さん!」
「・・・何をしている・・・。」
「な、何って・・・喧嘩を、売られたから…。」
「で?」
「時間も、まだあったし・・・その・・・。」
「もう時間はとうに過ぎている。」
「うぅ・・・。」
「半刻は待った。」
「ゴメン!!」
反論を許さない半蔵の威圧感に慶次は頭を下げることしか出来ない。
仕事柄待つ事や待機には慣れているので時間を気にしない半蔵でも、限られた時間を減らされるのは気に入らない。普段会えないとなると尚更だ。それを待たされた事に対して怒っていると勘違いしている慶次は、唯謝るしかないと思い頭を下げる。それで半蔵の機嫌が直る筈が無いのだが。
「オイ!喧嘩はまだ終わったわけじゃねぇぞテメェ!そいつも一緒にボコボコにしてやる!!」
「やっちまえ!!」
半蔵の登場に一時騒然となっていた辺りが、再び騒ぎ出した。何か余計な奴等まで混じってきている気がした慶次は、溜息をついて半蔵を己の背に隠した。
「半蔵さんは危ないから避難しててくれ!これは俺の喧嘩でもあるしな。」
「・・・仕方ないから拙者も手伝う。これではまともに話も出来ぬ。」
「で、でも半蔵さん・・・」
「何か文句あるのか。」
「無いデス…」
言うが否や慶次の背から飛び出して、賊に突っ込んでゆく半蔵。見慣れない武器だったが、スペアとして持っているものなのだろうか。実に忍らしい苦無や忍弾なども駆使して戦っている。慶次は自分に向かってきた獲物を倒そうと、半蔵を追う目を目の前の男共に戻しながら矛を奮った。
あぁ、早く半蔵さんと一緒に喋りたいなぁ、なんて自業自得な事を思いながら。



そうして無双奥義を連発しているにも関わらず、一向に減らない人数。
「半蔵さん!大丈夫かい!?」
「・・・む。」
人だかりで姿が見えなくなっている愛しい人を探し出すべく歩き回るが、その前に詰め所を奪取して余計な奴等を入れさせないようにしなければと思う。走り出してから振り返ると、相手の人数が多い所為か肩で息をしているようになっている半蔵が目に入った。着物も普段の忍装束ではいので動きにくそうにしている。
申し訳ないと思いながら詰め所を奪取している慶次は、背中に無双奥義を炸裂させて賊の悲鳴が沸きあがったのを聞いて改めて半蔵に恐怖した。そして同時に敵でなくて良かったと心から思う。
「よぅし!これで余計な奴ぁ入って来れねぇな!!」
元の場所に戻ると、大分人数が少なくなっていた。囲まれているとは言え、半蔵の姿も遠目から確認できる。
・・・が。


「半蔵さん!!?何て格好してるんだい!!?」


慶次は思わず矛を落としそうになってしまった。
半蔵の今の服装は、着ていた黒を基調とした着物の原型を留めていない物で色々な所は破け、片方の袖は無く肩が丸出しになっていている。足も太腿が見えそうな位短くなっていた。はっきり言って、薄い布だけでは防御しきれなかったのであろう。それにしても大胆すぎる服装だ。
「慶次。もうすぐ終わる。」
慶次の声に振り返り言い放った半蔵は、辺りにまきびしを投げてから慶次が呆然としている方へ走り寄った。
「慶次?聞いて―・・んんっ…!」
40センチも上の慶次の目を見上げる半蔵。もう胸板が見えるとかそう言ったレベルの話ではない。
慶次は賊と喧嘩中である事も忘れてその唇を奪った。
「(艶かし過ぎる・・・)」
いくら男と言えど、男色が多い世の中だ。今恋人がこの姿で敵を蹴散らしながら歩いていては必ず目につけられるだろう。慶次は半蔵を抱き締めて、その口中を貪った。半蔵からくぐもった声が聞こえてくるが、気にしないで続けていると、脇腹に蹴りが入った。咄嗟にガードしたが、その痛みは計り知れない。
「いっつ〜・・・!!」
「いきなり何をする・・・!」
珍しく声を荒げて唇を手の甲で拭う半蔵。俄かに頬に朱が射していた。
慶次は脇腹を押さえながら苦笑いをする。理性が持たなさそうだったから、キスで一時的に押さえつけたなんて言ったら賊と同じように滅されるかと思う。実際のところ理性を押さえつけるどころか増幅させただけだったのだけれど。
「さてと。これをやったら終わり、かな?」
「・・・。」
やっとまきびしを抜けて自分達を取り囲んだ残り数十人の残党に、慶次は片手で脇腹を押さえながら言う。半蔵も原形をとどめていない着物の崩れを少し直し、再び武器を手に取った。
空が暗くなりはじめている。
そうして残りの数十人に向かって自然と背中合わせになり、武器を振るう二人。
息がピッタリの無双奥義や間合いの取り方にどんどん数は減っていった。
そうして、残り一人を半蔵が切り捨てる。
「・・・。」
顔には出さなかったが半蔵も疲れているらしく、手を腰に当てて「やっと終わった」と溜息をついた。見る影の無かった着物は更にズタボロになっている。
「半蔵さん、お願いだから着物―・・



「ヤイヤイヤイ!!よくも俺様の庭で喧嘩しやがったな!!誰であろうとこの石川五右衛門が、ア、許さねぇ〜!!」



あたふたと半蔵の身形に慶次が戸惑っていると、背後から太い声がした。
いい加減賊を相手にしすぎて疲れた半蔵と、色々な苛々にストレスが溜まっている慶次は同時に振り向いた。



その威圧感。



一歩でも動いてみろ、肉達磨にしてやるとばかりの殺気の籠った二人の目に出てきたばかりの五右衛門はその場で固まった。
「・・・抜け忍。」
そして半蔵がその姿を捉え低く呟いて今にも襲い掛かってきそうな目で睨んだものだから、五右衛門はその場から忍の術を使って早々に逃げ出してしまった。煙幕が辺りを包む。後を追おうと足に力を入れた半蔵だったが、慶次にその細い身体をガッチリホールドされてしまい、動けなくなる。
「半蔵さん。今はいいじゃない。」
元はといえば慶次が無駄な喧嘩を巻き起こしたのだが。
半蔵はコクリと頷いて武器を一振りし、ベッタリ付いた血を地面に掃った。







「今日は付き合せてごめんよ、半蔵さん。しかも着物までボロボロになっちまって・・・。」
そうしていつもの松の木の下、やっと慶次と半蔵はゆっくりする事が出来た。
新しい着物を買うと言い張った慶次だったが、別にそれほど気にしていない半蔵は頑なにそれを遠慮した。どうせ帰れば忍装束を着るのだし、いらないと言うのだ。第一この格好で買いに行くのもどうかと思う。
「気にするな。」
「でもよ、帰る時そんなんじゃ襲われちまうぜ?」
「・・・・・・お前は帰らせるのか。」
「・・・え?」
半蔵の、少し困ったような声に逆に慶次が聞き返す。
それはどういう意味で・・・。
「中々話せなかった。今日はお前の家に泊まる…。」
半蔵のそっぽを向きながらの言葉に慶次は驚くと共に嬉しさが込み上げてくる。
明日からまた仕事がある為、今日の逢引は喧嘩だけで終わってしまうのかと自業自得ながら考えていたので、予想外の言葉にこちらが赤面してしまいそうだった。
「半蔵さん・・・!じゃあ、長居は無用だ!さっさと帰ろうか!・・松風!!」
暗くなり冷たくなってきた風と遊んでいた松風が、主人の声を聞いて走ってくる。慶次は額を一撫でして、幹に背を預けている半蔵を振り返った。手を伸ばすと、ゆっくりだったが取ってくれる。
取ってくれた手を思いっきり引っ張って、華奢で白い傷だらけの身体を己の胸に収めた慶次は、そのまま慣れた様子で松風に跨った。半蔵はなるべく風を受けないように、上着と自分自身でガードしてやる。首のもこもこが半蔵の顔に当たって、くすぐったそうに身を捩る。


喧嘩した後はスッキリするなぁ。


もしいつも通りに逢引をしていたら、彼は自分の家へ来てくれただろうかと移ってゆく景色の中考えた。答えは否だ。彼がそんな事を言い出すはずが無い。
もしかしたらこれからも逢引の後、慶次から尋ねれば泊まってくれるのかもしれないと、新しい発見に胸を躍らせながら愛馬を走らせた。
腕の中の半蔵を見下ろして思わず笑みが漏れる。



たまにはこういう日も、良いかも知れない。




こんな半蔵のあられもない姿を一般人に見せるのは気が引けるが。
























fin.







*************
某道化さんから頂いたメルフォの「慶半的京洛デートの仕方」から。
こんな感じでどうでしょう?道化さん!(笑)

それにしてもゲームでデートが出来るとは思ってなかったんで本当に感動しましたvvv
まだ見てない人はやった方がいいですよ!マジで!
無双演舞でプレイヤーは半蔵で慶次章の京洛をやるのです。
するとこんな感じ↑に!

もうこんなところで萌えられたのかと道化さんに感謝!!上の小説では慶次さんの性格が偽者ぽいですが!




071001 水方 葎