* 光と闇に、それぞれ還ろう *




















大きな戦があった。



俺には関係の無い戦。



徳川軍と、秀吉軍の残骸の。



その戦が終わったら、俺のところへ来てくれと言った。



ずっと待っていようと思った。



ずっと



そう、ずっと。来てくれるまで。









「あ〜ぁ。今何時なんかねぇ・・・。」
既に空は暗くなっていて、真夜中がそう遠くない事を示している。森に近いこの草原では蝙蝠が飛んでいる事も珍しくない。其の飛んでいる蝙蝠が一匹、傾奇者として名を馳せている慶次の目の前を飛んだ。同時に己の存在を知らせる腹の虫。
嫌な考えが過ぎりそうなところを都合良く腹の虫に遮断され、少しばかりの感謝をする。
「そういや夜飯食ってねぇな・・・。」
あの人が来たら一緒に蕎麦でも食いに行くか、なんて考える。


まだ、かの人は来ない。


「半蔵さん・・・。」
思わず、口から名が漏れた。





そろそろ月の明かりだけでは周囲が確認出来なくなってきている。持ってきた灯りに火を点けようかと思い、やめた。彼ならば、暗くても自分を見つけ出す事が出来るから。



突然、蝙蝠の動きが活発になる。
甲高い声を出し、狂ったように羽ばたく姿の中に、黒い影が走った。そうして、こちらに背を向けながら地に降り立った姿。
それは、紛れも無く『服部半蔵』だった。







だが、違う。






確かに半蔵さんは、小柄だと思う。


例えば抱き締めてしまえば折れそうだと思う位。


でも、目の前の其れではなくて。




確かに半蔵さんは、目つきが鋭いと思う。


例えば視線や殺気だけで敵を殺してしまえると思う位。


でも、目の前の其れではなくて。





「慶次・・・。」





確かに半蔵さんは、そうやって俺を呼んだ。


呼ばれれば、凄く温かい気持ちになってしまう声。


でも、目の前の其れが発した声に呼ばれても、胸の高鳴りはしない。




自分の中の何かが、確実に『其れ』を、『服部半蔵』として認識していなかった。




ゆっくりと、身体をこちらに向ける『其れ』。



何時付けたか知らない鼻の傷も



右目を縦に走る傷も






違わないのに。






「拙者は、服部半蔵・・・。」
「の、ようだな。」
声は掠れて出ない筈なのに。
目の前の姿形だけ『服部半蔵』をしている『其れ』。
俺の言いたい事が、分かったのだろうか。あえて自分の名を名乗る。





どれくらいそうして立っていたか。





『其れ』がゆっくりとした動作で顔を覆い隠していた頭巾を取り去る。


『服部半蔵』とは違いない髪の結い方。


髪の長さ。





見ていられなくて、思わず眼を逸らした。




自分が愛している人の筈なのに。


けれど目の前の『其れ』は確実に違う。


何を意味しているのか分かっている。




分かっているのだ。




露になった素顔。


やはり『其れ』は『服部半蔵』だ。


後頭部で結んでいる髪は慶次が愛した『服部半蔵』。


あの結い紐を、何度自分が解いたか。


そして何度、縛ってやったか。



気に入らないと言って外されて結びなおされたけれど



あの戦の前だけは、結び直されなかった。



相変わらず下手だと言って少し困った顔をして


結び直さず忍衣装を着て、行ってしまった。




「・・・・解け。」




嗚呼、それをまた、俺に外させるのか。




まるで催眠を掛けられた操り人形のように、一歩一歩を踏み出す。


自分自身は動いている気はしないのに、身体は真っ直ぐ『其れ』へと向かう。



手を伸ばした。



絹のような感触が、手に伝う。





「・・・・・『服部半蔵』の遺品…。貴様に、くれてやる。」




そういえば、出会った当初はいい感じの呼び方で呼んで貰えなかった。


粗雑で、乱雑な呼び方。けれどそれはだんだんと代わっていって。




ざくり。




「・・・・・遺品なら、これくらいでも足りねぇぜ。」


「・・・。」


「どうせ之も、『服部半蔵』の、なんだろ?」



懐の小刀で、『其れ』の髪を、切ってやった。


御丁寧にも俺の結びを真似て作った結い方の、丁度上。




バッサリ切った髪を、結い紐ごと握り締めた。



「・・・。」


相変わらず『其れ』は、だんまりで。


嗚呼、柄にも無く涙が出てきそうだ。




だって、是で、お別れなんだろ?



そうだろ?



『服部半蔵』







「・・・・・愛していた、と。」



「俺もだ。」


「離れたくない、と。」


「俺もだ。」


「だが、」


「分かってる。なんたって、俺は、『服部半蔵』の事を、『服部半蔵』よりも知ってる男だ。」




静かになっていた蝙蝠が、再び騒ぎ出す。


漠然と、別れなんだと思った。



「・・・・・・・・・御免。」




そうして闇に、掻き消えた。







「愛してる…『服部半蔵正成』」




髪の束を握った手は汗だらけで湿っていて。


眼からは熱い水が滴りそうで。


もう体裁も何も、あったもんじゃない。















分かってる。


分かってるんだ。



『其れ』が居たトコロに有る落ちた血溜まりの意味も。

『服部半蔵』が『其れ』のふりをして来た事も。

どうして俺に『懐刀』で髪を切らせたのかも。



俺には其れに付き合う事しか出来ないということも。



其れは、彼が見せた最後の意地だから。




忍として、『服部半蔵』として。



最後に小さく、俺の名を呼んでくれた事も。









彼は、闇に還ったんだ。


決して、光には逝かないと。



光の目の前では、絶えないと。







産まれて、自分の知る限り本当に久しぶりに




声を上げて泣いた。








もう助からない傷


中身を違う風に見せかけて来てくれた


ずっと待ってる俺を熟知している彼だから



遺品をくれた


愛を言わせてくれた


応えてくれた


目の前で、絶えそうになりながら、それでも必死に耐えて耐えて耐えて



そうしてようやく逝ったんだ



早く楽にさせてあげられなくて御免ね


もう少し、もう少しだけでも夢を見ていたいと願ってしまったんだ


一緒に居たいと、願ってしまったんだ



早く闇に還してあげなくちゃならないのに










俺も光へ、還ろう。




光に還れば、必ず其処に闇は居るから





『闇の無い光は、光じゃない』























fin.







*************
書きたい事が沢山ありすぎて、ギュウギュウ詰めにしたらこんな作品になりました。

服部半蔵っていうのは有名だから、死んでも死は隠し通されると思うんですよ。
他の人を服部半蔵に仕立てて、闇の仕事をいつものようにさせながら、次第に闇に溶けていくような感じで没させる。
プッツリとは途絶えさせない感じ?其の為に似ている人を事前に集めていても不思議じゃないかと。

とか色々思ってたらこんなのができました。



071001 水方 葎