* こんばんわ *




































遠くから響く雷鳴と、重たく息苦しい空気。



じき、雨が降る。













「・・・秋雨。」


夜の分の修行が終わり、あとは就寝するだけの時間帯。
薄いドアの向こうから自分へと向けられる声に、ふと視線を上げる。


「逆鬼…どうしたんだい、こんな時間に。」


遠慮がちに開けられた扉の向こうで、想像した通り酒を片手に心配そうな視線を泳がせている逆鬼が姿を現した。


「別に、用は、ねぇけどよ・・・。」


「・・・。」





彼は、分かっているのだ。





否、勿論彼だけじゃない。梁山泊の人間、全員が分かっている。
兼一君でさえ、何かがおかしい事くらいは気付いているだろう。



「その、」
「用が無いなら、自室へ帰りたまえ。」

















魔物が、来るから。





















彼の言葉を遮り、言い放つ。
優しい彼は、きっと自分を気遣ってくれているのだろう。
一触即発の、この事態をどうにかしたいと。





けれども君を、巻き込むわけにはいかない。







「・・・分かった。・・・・・一人で、抱え込むなよ。」



かけられた言葉に返事が無いのを諦めた逆鬼は、そっと扉を閉めて出て行った。









一人で抱えているつもりはないのだが、誰かを巻き込むわけにはいかない。




彼と私の、問題だから。



































やがてポツポツと、雨が窓を叩き始める。


先程よりも部屋の湿度が増し、書き物をしている紙が湿気を帯びてくるのが感じ取れた。




















「っ・・・く、」


「あは、は、ははははっ!もっと聞かせて下さいよ、貴方の声を!!」


「ぅ・・・っ!ぐ・・・!」


「もっと!もっと感じて下さいよ!!
 今、貴方を貫き犯しているのは、ココの人間が捨てた弟子だ!!」


「・・・っ・・・・!」






「・・・あの日の事は忘れたことがありません。


全身全霊をかけて貴方に恋焦がれていた私を、容赦なく波紋にし、出入りを禁じた。


そう、冷たく凍えるような、雨の日だった!」




「――っ!!」





















「ですが、いま、わたしはしあわせですよ。




ねぇ?岬越寺、先生。」






























正座の上の拳を、グッと握り締める。



このまま、好きにさせる気など毛頭ない。
























だけど、あの瞳が。


狂気の奥底に潜む、寂しげな色と、絶望が。









私を離さない。






























雨が酷くなってきた。



――もうすぐ、魔物がやってくる――











fin.






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嵐の日にやってくる緒方と動けない秋雨さん




070915 水方 葎