* 枯れる為に蕾は開くのか *




















「ロー、今度の土曜日だが、ちょっと一日・・・」
そう言われたのは2〜3日前。
おれは特に気に留めず、ふぅんと生返事をした。
「あ、何?ペンさん、デート?」
ソファに寝転んでゲームをしていたキャスケットが、面白そうな表情で顔を上げる。けれどペンギンは下らない、という風に鼻で笑い一蹴した。
「誰が。」
「ちぇー。」
何が"ちぇー"なのかは良く分からないが、キャスケットは詰まらなさそうに画面へ顔を戻した。ペンギンに限って有り得ないと分かっていながらも、女の噂を期待していたのだろうか。キャスケットが指を動かす毎にザシュ、ザシュ、と肉を断つ機械音が聞こえた。またモンハンか。
ペンギンはそれ以上何も言わず、台所で夕食に使った皿を片付けている。
おれはふと雑誌を捲っていた手を止めた。
「・・・あぁ・・・見合い?」
ガシャーン、と大皿が床に衝突した音が響いた。



ペンギンはまがいなりにも警察庁のエリート街道を突っ走っている。
それをどう間違えて、今現在おれとキャスケットとルームシェアをしているのかはさておき、父親が警察のお偉い方なのだからペンギンに婚姻話が来てもおかしくはない。政略結婚なんて古いと思われがちかもしれないが、実のところまだまだそういう古い風習は根付いている。
今まで父親に反抗しきりだったペンギンにも断れない部分はあるし、断ってはいけない部分は熟知している。父親との縁を切ったつもりではいても、同じ警察という組織に入ってしまえば周りの目はそうは見てくれないだろう。
本人に結婚する意志があってもなくても、事は進んでいくということだってある。
だがしかしペンギンは渋々見合いを受けても、結婚を受諾はしないだろうとおれは思っている。
それは確信に近い。
何故なら・・・



ペンギンは、おれが大切だから。







「帰る時に連絡する。」
「ん。」
「何処か出かける用事はあるのか?」
「今のとこ、ねぇけど。」
「そうか。何かあったらすぐに携帯に連絡してくれ。」
「ああ。」
おれに対するこの執着心は、心配性以前の問題だろう。
第一ペンギンという男は、何かに関心を向ける事自体少ない。真面目が故に全てに対して平等で、当たり障りのない態度を取り続ける優等生だ。おれの知る限り、特別なのはおれと、ルームシェアをしているキャスケットに対してだけだろう。それは幼い頃の出来事が起因しているのだが、それはあまり思い出したい事ではない。
ともかく、ルームシェアをする少し前にペンギンに告白・・・というものを一応されたおれは、今現在、奴にとても大切に―…それはそれは、大切にされている。
別に見合いくらい、気にせず行けばいいのに。
大体、浮いた噂の一つもないのだから見合い話なんかを持ちかけられるんだ。
女でも作れば見合いなんて行かなくても良くなるんじゃねぇの、という言葉をおれはすんでのところで飲みこんだ。
「それから、暗くなる前にカーテンは閉めてくれ。夕方は―…」
「いいから。行けよ。」
夕方を気にするペンギンに、肩を押す。
本当は背中に蹴りを入れてやりたかったが、見合いのスーツに足跡だなんて笑えない。
そうして少し気がかりそうにおれを見た後、ペンギンは玄関を出て行った。
全く、いつまで餓鬼扱いしているのか。それとも、・・・いや、やめよう。





暫くして、自室で細胞組織の勉強をしていたおれは顔を上げた。
時刻は昼過ぎ。見送ったのは、1時間ほど前だったか。
とりあえず昼食を一緒に取るのだという。その後はよく分からないらしい。
「(当事者がよく分からないっつーのはどうなんだか。)」
思いながらパタンと辞書を閉じた。
昼飯にとペンギンは昨夜のカレーと新しくサラダを作って置いて行ったが、どうも食べる気にはなれない。手元にあるグラスから水を一口飲み、伸びをする。
窓から見える景色は晴れやかで、料亭の個室に居るであろう奴らは絶好の見合い日和だと庭園を眺めて微笑んでいるかもしれない。・・・ペンギン以外。
キャスケットは朝から大学の追試がどうの、と話して慌てて出て行った。あいつは頭は悪くないが要領が悪いから、どうも点数が芳しくない挙句、講師に目を付けられやすい。つくづく損な性分をしているとは思うものの、持ち前の明るさでそんな事は気にも留めていないのだから見ていて飽きない。あいつは昔からああいう奴だ。
おれは欠伸を一つして、マーカーを机上に放り出した。
天気も良いし、辞書の文字ばかりを追って目が疲れてきた。
相変わらず食欲はおれを毛嫌いしているようだが、その分珍しく睡魔がやってきたようだ。彼に身を任せ、ごろりとベッドの上に寝転がる。直接日光が差し込む訳ではないが、ぽかぽかとして気持ちが良い。おれは白い天井を見上げながら、なんとなくペンギンの事を考えた。
本当に馬鹿な奴。もう少し上手く立ち回っていれば、非番に見合いなんてしなくても良かっただろうに。
いや、その前におれなんかに関わらなければ、今頃結婚してたんじゃないか?
多少頑固なところはあれど、真面目でルックスも良いし女には好かれるタイプだろう。
そうしたら父親とも和解して―…
ああ、それ以前におれが居なきゃ、反発する事だって―…
それでもあいつは、おれを―…



微温湯に浸るようなおれの思考に、突然携帯のバイブ音が響いた。



ビクリとしながらも頭が一瞬にして現実に引き戻されたおれは、ぱちりと目を開いて上体を起こす。幸い机はベッドのすぐ隣にある。音の出所からそう遠くはない筈だと、そのままの体勢で机上に手を伸ばし探ると、辞書やペンの間から携帯を引っ掴んだ。
『着信:ペンギン』
メールじゃない事を訝しがりながらも、通話ボタンを押す。
「何だよ。」
おれの少し寝惚けた声にペンギンは一息おいてから話し始める。
『・・・寝ていたのか?』
「ぼーっとしてた。」
『そうか。』
起こした訳ではない事に、ほっとした声。
こいつはどこまでおれの心配をすれば気が済むんだろう。・・・別にいいけど。
「何かあったのか?」
昼飯を食べたかどうかの確認なら、メールで済む。一々電話してくるとなると、わざわざトイレか何処かでかけてきているのだろう。忘れものかと疑問符を並べる。
『いや・・・特に、何もないが・・・。』
珍しく歯切れが悪い。
「じゃあ、切るぜ。まだ見合いの最中なんだろ。」
『いや、その。・・・昼飯はきちんと食べたのか?』
見え透いた罠を仕掛けてみれば、珍しくかかった。自身でも言った直後に気付いたのだろう、電話の向こうからしまった、という空気が流れてくる。
「・・・・・・。」
『・・・・・・・・・。』
お互い無言になるが、相手からは見合いを捨て置いて帰りたいオーラが厭という程伝わってくる。警察のお偉い方が選んだ女なのだから悪くはなさそうだが、如何せんペンギンにとって相手がどんな女であれ苦痛でしかないのだ。
おれはニヤニヤと笑いを浮かべる。
「昼食を取ったかどうか、ねえ。帰ってきて確かめれば?」
「・・・・・・。」
そうしたいのは山々であろう相手にわざと言ってのける。
キャスケット曰く、こういう時のおれはとても楽しそうな顔をしているらしい。ほっとけ。
今のおれの楽しみはこの状況のペンギンを弄る事にある。
「相手はどんな女なんだよ。」
『・・・一流女学院卒、華道茶道、それから簿記会計系に精通している書道の段所持者。』
「検定マニアか。」
おれは吐き捨てるように言った。
『現在大学院で書道の講師をしているらしい。父親が警察の上の方でな。』
「顔は?」
「整ってはいる、と思うが…。」
「性格は?」
「礼儀正しい感じだが、箱入り娘という印象だ…。・・・・・ロー?」
珍しく根掘り葉掘り聞くおれを珍しく思ったのだろう、ペンギンが不思議そうにおれの名を呼ぶ。おれ自身ペンギンが相手にする女なんて一々興味を抱いてきた訳じゃないが、今回は何故か聞いてみたい気になった。
「スタイルは?」
『・・・着物でよくは分からないが、小柄な感じか・・。』
聞きながら、おれは自分が不快になっていくのを感じていた。
「・・・・・・・。」
付き合っちまえば、いいのに。
早く、帰ってこいよ。
相反する心が互いに譲り合おうとしない。
『・・・・・・・・ロー?』
押し黙ったおれに、ペンギンが心配そうに声をかけてくる。
二人がお似合いだろう事は想像に易く、ペンギンの性格を知れば相手方も満更じゃないだろう。このまま上手くいけば付き合い、結婚して、子供が出来、幸せな家庭を築くだろう。万が一このお見合いがうまくいかなくても、ペンギンなら相手はごまんといる筈だ。
・・・けれど、おれが居るから。
さきほどベッドで考えていた事が再度頭の中で蘇ってくる。
おれは、もっとペンギンを困らせてみたくなった。同時に女に嫉妬している訳じゃない、と自分に言い訳をする。
「なぁ、ペンギン・・・。」
『どうした?』
もしペンギンがトイレに居るのだとしたら、そろそろ戻らないとおかしい時間だろう。けれど慌てる様子もなく、ペンギンはおれの言葉に耳を傾ける。それが何だかおかしかった。
「セックスしてぇ。」
『・・・っ!』
電話の向こうで息をのむのが分かった。
「セックスしてぇ。今。」
再度繰り返す。
するとペンギンは慌てたように返事をする。
『ろ、ロー。待て、今は・・、すぐ帰る!』
泣き出した子供を慌ててあやすような口ぶりで、帰宅を宣言する。
・・・言っておいてなんだが、今、見合中じゃなかったか?こいつ。
そう思いながらもおれはペンギンの見合いの事なんてどうでもよくなっていた。
「嫌だ。今。今が良い。なぁ、ペンギン…セックス、してぇ。」
おれの脳裏に先日の夜の光景が過る。
熱っぽい表情をしたペンギンがおれを見下ろして、中に入ってきていた。おれの中を抉る度に質量が増して…、おれは息が出来ない程気持ちよくて…、あいつの背中に爪を立てて…。今寝転んでいるベッドは、二人分の体重を受けてギシリギシリと揺れていた。見上げている天井は、ペンギンの背景となってぼやけていたんだ。
その夜の事を思い出して、ペンギンを困らせる為に言っただけの台詞が、おれの中で熱を含み始めていた。
これじゃあミイラ取りがミイラだ。
「・・・・ペンギ・・、」
『分かった。ちょっと待っててくれ。』
嘘だ、早く見合いに戻れ。
そう断ち切ろうとしたおれを遮って、ペンギンの方から何やら移動する音が聞こえてきた。微かに聞こえる琴は廊下のBGMだろうか?という事は、ロビーかどこかで電話をかけてきていたのだろうか。
「待ってろ、って、お前、」
おれが言うのと同時に、バタンという扉が閉まる音が届いた。
『待たせたな。・・・"今"が良いんだろう?』
「は?今って、お前、まだ見合い・・」
おれは自分が仕掛けたのも忘れて呆けた声を出す。もう玄関に帰ってきたとでも言い出したらおれはこいつの頭を疑う。ネコ型ロボットの道具でも無い限り、そんな事は不可能だ。
けれどペンギンはそんなおれの考えなど気にも留めず、ぽつりと呟いた。
『ロー。ベルトを、外して。』
「・・・・っ!!」
おれはこいつが何をしようとしているのかを咄嗟に理解した。
いや、理解してしまった。
『携帯は、左手で。ああ、何ならスピーカーにしてもいい。どうせキャスケットは居ないだろう?』
「おまえ・・・!」
『いいから。言う通りに、してくれないか?』
囁く声に、おれの身体がひくりと情けなく疼いた。



夜の情事が、瞼の裏で鮮明になる。



「・・・・・。」
カチャリ、音を立ててベルトのバックルが外れた。背徳感がそうさせるのか、おれは禁忌でも犯しているような気持ちで一気にカーテンを引く。明るいのは、落ち着かない。日差しは強いが、それでもカーテンを引けば薄暗いまでにはなる。本当は真っ暗にしてしまいたいけれど遮光カーテンでもない限り無理だろう。
ペンギンの囁く声が再度届く。
『右手を…胸に、・・摘んで。』
「・・・っ・・・。」
誰がそんな事、と反論しそうになったが、ここまでしておいてそれもないだろう。そっと自身の貧相な胸に手を這わせて、小さなそれを摘む。途端、電流が走ったようだった。
「ぁ、っ・・・、」
『いつもおれがしているみたいに…。押して、転がして…。』
「・・・ペ、ンギン・・・。」
『・・・携帯をスピーカーにしてくれないか?』
それは口調こそ頼んでいるものであったが、絶対的な響きをもっていた。おれは唇を噛み締めながら、携帯のスピーカーボタンを押してベッドに転がした。
「・・・・・・・した・・・。」
『ああ、有難う。』
何がどう有難うなのか分からないけれど、今のおれにそんな事を追及している余裕はない。
いつもしているように、と言われぎこちない手つきで胸の飾りを触ってみているものの、何かが足りないのは明らかだった。
『じゃあ、そのまま右手を下に・・・ああ、手が冷たいだろう?そっとでいいから…。』
優しいペンギンの声が部屋に響く。まるで耳元で囁かれているような声に、おれは固く目を瞑る。
そろりそろりと右手をずらし、下着の中へ入れてゆく。その動きは自慰に近いが、決定的に違うのは耳元に置かれた電話。回線を通じてかけられる声は少し掠れていて、なのに全てを見られている感じがして落ち着かない。
思わず熱っぽい息が漏れる。
「おまえ、いま、何処に居るんだよ・・・。」
『ロビーからトイレに移動してきた。』
しれっと答える声を少し恨めしく思う。
けれどペンギンの声も上ずってきていた。余裕が無いのはお互い様か。
『・・・握って。』
おれはマリオネットにでもなったかのように、ペンギンの言葉に従う。
既に勃ち始めているそれに手を添えようとするが、自分の手の冷たさに思わずビクリと震えた。
「・・・っ!」
息を呑んだ音がペンギンにも聞こえたのだろう。



『・・・どうした?大丈夫か??』



こんな機械越しの声じゃなくて、吐息を感じる声が良い。
こんな稚拙な愛撫じゃなくて、いつもの優しい愛撫が良い。
こんな冷たい手じゃなくて、しっかりした大きな暖かい手が良い。
見合いなんてやめて―・・・、



「・・・っ・・・、ぁ・・・、」
一粒、涙が零れた。
それは生理的なもだったのか、それとも別のものだったのか。
おれの異変を察知したらしいペンギンが慌てた様子で声をかけてくる。
『ロー?どうした?聞こえるか・・?』



心配そうに掛けられる声に、おれは色々なものが一気に溢れだした。





「・・っ・・・・おれはっ・・・・、おまえが、良い・・・!」





凄く小さな声だったし、掠れていた。
引き攣るような嗚咽が止まらなかった。
それでもペンギンはきちんと聞こえたのだろう、ガチャッという金属音に引き続きバタンと勢いよく木製のドアを開ける音が2回続いた。
いきなりの騒音におれは言葉を失い、目を丸くする。
「ペンギン…?」
『嫌だとは思うが待っててくれ。電話は切らない。』
言うなり、ザザッとノイズが入った。
柔らかな絨毯を踏む音、店員がペンギンに向かってかけているであろう声、琴のBGM。どうやらトイレから出て、携帯を手に持って移動しているらしいけれど自体が飲みこめずに居る。目尻には既に先程の音に対する驚きで涙が無くなっている。自分で言うのも何だが、本当に流していたのかすら怪しい位だ。
そう思っていると、スパン、と襖戸が開かれる音が小気味良く響いた。大きな音が響かないように、手に持っている携帯とは別の手で開けたのだろう。そんな小さな気遣いさえもペンギンらしい。
『・・・さん?どうされたのですか?』
『相手方をお待たせして、何処へ行っていたんだお前は!』
儚げな、おっとりとした女性の声は見合い相手だろう。それからペンギンを非難する中年男性の声は、噂の父親か。幼い頃に何となく聞いた覚えがある。そうして口々にペンギンに掛けられる声がおれの所まで聞こえてきた。
おれだって当事者の一人であることは間違いなさそうだが、携帯越しというだけで別世界の出来事を聞いているようだった。
『おい!?聞いているのか!』
『どこかお具合でも…。』
ずかずかと部屋の中を横切っているのであろう、掛けられている声が近くなったり遠くなったりしている。けれど意に反さないようにペンギンは一言も発しない。
スラリと襖を開ける音に続いてハンガーを触る音鞄を閉じる音。
おれは自身が間抜けな恰好をしているのも忘れて電話の向こうの様子に神経を向ける。
『すみませんが用事が出来ました。今回の話は辞退させて頂きます。』
意志の強い、きっぱりとした口調。
その声に、おれだけでなく電話の向こうの空気も固まった。
『な・・・何を言い出すんだお前は!』
当然のごとく怒りだす声が聞こえるが、ペンギンはそのまま立ち去ろうとしたのだろう。ゴソゴソと靴を履く音と、足早に歩く布擦れの音がやけに大きく聞こえる。
『おい!戻れ!!』
追ってきたのであろう声がおれにまで届く。しかしペンギンは臆さず父親に向かって言い切った。
『父さん。今後一切、おれは見合い話を受けるつもりはない。』
『お前・・お前・・!!親に向かって、』



『大切な人が居るからだ!』



空気が、震えた。
「ペンギン・・・お前・・・。」
携帯は手に握られているから、声をかけても無駄だろう。それでもその名を呼ばずにはいられなかった。
つい先程まで見合いなんてやめて帰ってこればいいと願ったのは紛れもなく自分だ。それでもまさかこんな事をするなんて思いもしなかったのだ。
『ロー…今から帰るから。後少しだけ、待っていてくれないか?』
ぼうっとしていたおれに、言い切った声とは180度違う優しい声音が掛けられて我に返った。
既に父親を置き去りにして店を出ようと歩いているところらしい。遠くから父親の喚くような声と、店側の慌てているようなざわめきが電話越しに聞こえてくる。
おれはこれが電話なのも忘れてこくりと小さく頷いた。
頷くしかなかった。
声が、出なかった。
そうしてお互い黙ったままでいると、歩く音が砂利道に変わる。外に出たのであろう空気の流れがノイズとなって伝わる。けれどギャンギャン吠える声はまだペンギンの背中を追っているようだった。
『お前…まさか、まさか例の…!あの時の子供とまだ…!』
ガチャ、バタン、と車のドアが開閉する音により、父親の声は一切聞こえなくなった。どのみち既にペンギンの耳には店や相手方の騒動はおろか、父親の声すら聞こえていないみたいではあったが。
『・・・で?昼飯はきちんと食べたのか?』
エンジンを掛ける音と同時に問われる。
おれは笑い出したい衝動に駆られながら、熱を帯びた身体をそのままに立ち上がった。
「帰ってきて確かめろよ。」
カレーの鍋に、火を掛けるために。









あいつが帰ってきたら、二人で昼食を取ろう。



そして電話越しなんかじゃなくて、直接ペンギンを感じたい。



「(やっぱりおれは、こいつの事が好きなんだな…。)」



どんなに体裁を繕っても、隠そうとしても、揺るぎない事実。





それを自覚した日の出来事だった。


















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副題:ペンギンの過保護ができるまで
最初は電話エッチで終わる筈だったのに…こんな昼メロじゃなかったのに…。
でも当家では、ローさんが明確に求めてくるのって稀なんです。




100117 水方 葎