* 日常 *




















夕食が済み、おれたちは居間でそれぞれの時を過ごしていた。
見入っていたバラエティがCMに入り、一つ欠伸をして立ち上がる。そろそろ風呂でも沸かそうと思ったのだけど、テレビから流れる音楽と色とりどりの光に足を止めた。
国民なら誰もが知っている巨大テーマパークだ。
春も近付き何やら新しいパレードが行われるらしい。着ぐるみ達が人を誘うように画面外へと手を振っているけどおれのテンションはまったくもって上がらない。右下にはご丁寧にも付随ホテルへの電話番号が小さく表示されていた。こんな小さな数字をどうしろっていうんだ、とか、あざといな、とか妙に冴えた感情しか湧き起こらない。
そう、普通なら一回は行った事があるのだろう其処へ、おれは行った事がない。
中学の修学旅行場所だった(と、後から聞かされた)けれど、非行を繰り返していた挙句親も金も無いおれが行ける筈も無く。幼い頃に持っていた『行ってみたい』という気持ちはとうにどこかへ消えた。寧ろ今では希望が裏返った嫌悪しか無い。
そういえば二人は行った事あるのかな、似合う似合わない以前に人混み嫌いそうだしな、なんて思いながら再び足を動かそうとした時、小さな呟きが、幻聴かと思う呟きが耳に届いた。


「・・・行ってみてぇな。」


「今CMを見ているのだが、ホテルの予約…一番良い部屋は最短でいつ取れる?3日間だ。」
「は、早!!ちょ、アンタ今携帯のボタン押してました!?」
ローさんの幻聴かと思えるような呟きから瞬間、ペンさんが携帯を耳に押し当てていた。テレビの画面は既に次のCMになっている。ペンさんは煩げにおれを見、黙れと伝える。
「ああ・・・、ああ、分かった。折り返し頼む。名前と連絡先は―・・・。」
おれはペンさんに手を伸ばしたまま、あわあわと戦慄く。
いくら何でも早すぎる、とか、共通幻聴だったらどうするんだ、とか、アンタ今の今まで書き物に夢中だったんじゃ、とか、どうやってあのCMの細かい11桁の数字を一瞬に覚えられるんだ、とか。突っ込みたい事はいくらでもあったが、何一つとして言葉にならない。つい今しがたまで耽っていた巨大テーマパークへの感傷なんてのも一気に霧散した。
ペンさんは相変わらずの無表情で電話を切り、再度短縮で電話をかける。
「いつになるか分からんが、近日中に有給を四日取る。じゃあな。」
ぶち、と電話を切ったペンさんは、うっすらとローさんへ微笑んだ。
ああその電話、オスロじゃないのか一応形式的には認めたくなくてもアンタの上官だろうと今のおれが言い出せる訳がない。何せペンさんに黙殺されたままだ。
「ロー。行こうか。」
「おぅ。」
次のCMをぼーっと流し見ていたローさんが、小さく頷いた。向けられた微笑みが少しこそばかったのか、机に伸ばしていた両腕へ顔を落とした。ほんの僅かに、耳が赤い。
ああもう、その姿何だかおれまで嬉しいんですけど!!
「お前も行くだろう。」
「え、あー、うん。」
ようやっとペンさんに喋りを許されたおれは逡巡して曖昧に口を開く。
男三人で一番良い部屋は無いだろう、と脳裏に常識的な非難が浮かんだものの、別にラブホテルに行く訳じゃなし昨今珍しくもないはずだと己に言い訳をする。つまりそんな言い訳をする位には、巨大テーマパークへの興味が拭えないのだ。
勿論ローさんと一緒に居たいというのもある。
「えーっとバイト休み取らなきゃなー。大学は…」
ちら、とペンさんを盗み見た。
「構わん。」
大学の学費をペンさんに借りている身分なので、遊びで休むのは気が引ける。それでなくても借りているという申し訳無さから、非行時代は何処へやら無遅刻無欠席を貫いているのだ。そんなおれの心情を分かっているからか、二人は風邪でも大学へ行ったり多少無理しても口を出さなかった。まさか初めての欠席がこんな形で成されるとは思わなかったけれど、ペンさんからさらりと許可を得て安心する。まあ、誘ってくれたんだから当たり前だろうけれど。
第一これで駄目だとか言われたら加虐趣味すぎる。
「早くても来月あたりになると思うが、構わないか?」
「ん。」
おれに向ける声とは打って変わって、ペンさんが優しい声でローさんへと問う。
・・・まあ、ペンさんはこうじゃないとね。
「じゃあ日にちが絞れたら伝える。」
「分かった。」
「はぁーい。」
んじゃおれ風呂沸かしてきますね、と本来の目的を果たすべく身体を反転する。
足取りが軽いのは気のせいか、おれもまだまだ餓鬼だっていう証拠か、どちらだろう。
そんな事を考えながらリビングを出る頃には、長く感じる筈のCMが終わってバラエティへと戻っているTVの音声が漏れ聞こえた。
肩越しに振り返ると、もうローさんは手元の医療雑誌に目を落としていた。
ペンさんも黙々とローさん専用手料理レシピを記し続けている。



おれの日常だ。


















next?





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久しぶりの小説ですが、ペンギンは通常運転です。
テーマパーク編へ続く…かも。




110410 水方 葎