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* これからもずっと * その夜、テレビの番組が『夫婦愛について』を語っていた。ニュースを見た後そのままテレビをつけっ放しであった為、ローとキャスケットは居間で何となしにそれを流している。内容は夫婦愛から離婚率や別居騒動にまで話が移っている。コメンテーターが互いの持論を主張し合っているが、勿論二人に興味は無い。右から左へというより、耳にすら入っていないようだった。 キャスケットは手元の雑誌をパラパラと捲り、欠伸をして呟いた。 「ペンさん遅いですね、今日。」 「一応警官だからな。」 「一応って・・・エリート街道まっしぐらの人に・・・。」 三人は一緒に住んでいるとは言え、生活のリズムはバラバラである。朝に顔を合わせる位で、夜は特に話でも無い限り好き勝手な時間を過ごし、好きな時に自室に引き上げている。それでも帰宅した時には「おかえり」と声を掛けるのが暗黙の了解となっていたし、時間があればなるべく居間に集まるのが習慣になっていた。だから今二人はこうし居間で適当な時間を過ごしているのだった。 「時間が時間だし、風呂にお湯張ってきますね。」 「ん。」 壁時計を見て立ち上がるキャスケットに、分厚い辞書から目を離そうとしないローが返事をする。 テレビの画面は、ある夫婦の結婚生活を例として流していた。その内容にキャスケットの動きがふと止まる。 『ただいま。』 『あなた、お帰りなさい。』 『これを君に。』 『まあ、毎日有難う。嬉しいわ。』 よくある家庭の風景を再現しているのだろう。ただ、帰宅した夫は手に持った花を妻に渡していた。次いで画面が止まり解説のような声が流れる。 『この家庭では結婚してから毎日奥さんに花を贈っているそうです。』 『細やかな気配り、いつも相手を想っている、という誠意が感じられますね。』 場面はVTRからコメンテーター達の元へ戻り、彼らは口々に感想を述べる。凄いですね、考えられません、毎日ですか・・・等々、それは見ていたキャスケットも同感だった。 思わず感嘆を漏らしてしまう。 「へぇ・・・凄いですね。毎日花を贈ってるんだって。」 雨嵐でも、正月でも病気とかでもなのかな、などと野暮な事を言うキャスケットに、ローは気の無い返事をするだけだった。 「ご苦労な事だな。」 「毎日なんて、そうそう出来ませんよねー。」 特に気を悪くした訳でもないキャスケットは、関心したように言う。 「ていうか花を贈るって事自体、恥ずかしくて出来ませんよ。余程の事が無い限り。」 「まあ、そうだな。」 日常生活に於いて、花を贈るというのは誕生日や発表会など限定されてくる。それを毎日妻に贈るとなれば金銭的なものは元より、精神的な物が要求されるだろう。そうして暫く賑やかなコメンテーターを眺めていたが、風呂を入れてくるという用を思い出して居間を後にした。 だが、廊下に出た時に何かが引っかかってキャスケットは足を止める。 今のテレビの内容は純粋に「凄いなぁ」と思うものの、何故か見慣れた感じがしたのだ。 「あれ?なんだろ、この感覚。」 ぽつりと独り言を呟く。 例えるなら眼鏡を掛けているのに眼鏡を探しているような感覚。 その感覚の正体が分からず、風呂に湯を張るのも忘れて一人廊下に佇むキャスケットだったが、玄関から物音が聞こえて顔を上げる。鍵を開ける金属音の後、続いて現れたのはつい先程まで待ち侘びていたペンギンその人だった。 「ああ、ペンさんお帰りなさ―・・・」 キャスケットの声は最後まで出される事なく、宙に漂う。 同時に視線もペンギンに釘付けとなる。否、ペンギンにというよりはその手元へ。 「ただいま。ローは?」 「・・・・・・・・。」 「キャスケット?」 靴を脱ぎ丁寧に下駄箱へ仕舞ったペンギンは、返事の無い幼馴染へ訝しげに振り返る。しかしキャスケットはペンギンの手元を見詰めたままだった。 「これか?」 それを受けて、ようやく合点がいったようにペンギンは手の中の「それ」を揺らした。 ―真紅の薔薇の花束を。 「ちょっと警察の方で色々あってな。おれが引き取ったんだ。」 「へ?あ、ぺ、ペンさんが買ったんじゃないんですね。」 先程のテレビの内容と合致したあまりのタイミングの良さに、キャスケットがしどろもどろになる。まさか薔薇の花束を買ってくるなど・・・と思ったが、今までの事を考えると有り得ない事ではない、とキャスケットは即座に思い直す。ローの為ならば尋常でない行動をも起こしてしまえる男なのだ。 挙動不審な様子に眉を顰めたペンギンが首を傾げた。 「当たり前だろう。で、ローは?居間か?」 「あ、えーと。居間ですよ。」 部屋に戻っていないのを聞いたペンギンは、そのままの足で居間へ向かう。キャスケットもまた少し遅くなってしまったが風呂を入れる為その場を後にしようとする。 ローの為ならば尋常でない行動を起こすのは自分もか、と思いながら。 そこではたと気付く。テレビのVTRを凄いと思いつつも見慣れた感じがしていたのは、今のように毎日それを目の当たりにしているからではないだろうか。 否、目の当たりどころか愛を伝え続けているのはキャスケット自身でもあるのだ。 「おかえり。おそかっ・・・・何だその花。」 「仕事で色々あったんだ。受け取って貰えないか?」 居間から聞こえるやりとりは、まるでプロポーズのよう。 キャスケットは離婚や別居を伝えるテレビの内容を思い出し、ウチには関係無さそうだと苦笑した。 「おれも明日、何かローさんに贈ろうかなー。」 fin. ******** No Sweet! の現パロ版のような。 薔薇差し出してるペンギンを想像すると超 100409 水方 葎 |