* 恋焦がれし茜空 *





今日は、いつもより少し早いな。
電車に乗って端の席を確保しながら、そう思う。
ガタゴトと無機質に揺れる電車の人並みは帰宅途中のOLや学生、移動中のサラリーマンなど様々で、中にはいかにもお水な風体の女も居る。乗車口近くに立っていた女は香水臭かったけれど、自分が座った場所までは届かない事に安心した。
イヤホンからはお気に入りの曲が流れ始める。
「(明日、雨だったか・・・。)」
ネットで見た情報は、明日から2〜3日続けて崩れるという天気予報。
夏が一層近くなり、カラリと晴れる日もあれば湿度を含んで重い日もあるこれは、きっと梅雨の前段階だろう。地下鉄に乗る前に振り仰いだ空は晴れていたが、どことなく水分を含んでいた。
駅の名を告げるアナウンスを歌の合間に聞き入れながら、家のティッシュが残り少ない事を思い出した。確か前回新しい箱を開けたときに最後だな、と思った記憶があるから、予備は無いだろう。
「(買って帰るか。)」
家に帰る為の駅を一つ手前で降りれば、すぐ傍に薬局がある。
けれどその駅は、正直得意じゃない。
市の中心なので新幹線やJR、地下鉄やバスの路線が密集しているからだ。東京ほど都会的とは言えないが一応商業施設もあちこちに建っているし、何より常に人が多い。大きな薬局があるのも納得出来るが、何だか有難迷惑な気がした。
かと言って近くの99やコンビニで買うのも癪だ。
そんな事を思っていると、とうとう駅に着いてしまう。
気に入っていた曲は気がつけば終わっていて、次の曲になっている。
「(・・・・くそ。)」
内心舌打ちをして、MP3の巻き戻しボタンを押した。
けれど聞き逃した曲のイントロは酷く無機質なものに聞こえて、衝動的にイヤホンを毟り取りたくなってくる。
『お降りの方を先にお通し頂きますよう・・・』
ホームのアナウンスがやけに大きく響き、多数の降りる人に紛れてホームに降りた。今度は乗車口で香水の臭いはしなかったのが、せめてもの幸いか。降りた駅のホームは地下だからか、季節の所為か、はたまた帰宅ラッシュの時刻だからか、兎に角じわりと蒸し暑い。
クラリとした。
「・・・・、」
人、人、人。
蠢く左右前後に吐き気すら覚え、けれど足は逃げ場を求めて階段を昇る。
女子高生の甲高い笑い声、携帯に怒鳴る男、意味不明な動きをしている老人、知人と喋りながらゆっくりと昇ってゆく女達。
「(・・・・早く行けよ。)」
縫うように昇るのも限界があり、苛々して内心毒吐く。
人の熱気が肌に纏わりついて気持ち悪かった。
改札に定期を通して地下通りに出れば先程よりはマシなものの、人の多さはあまり変わりが無い。イヤホンをしていても聞こえる煩雑な声や音と、自分を擦り抜ける老若男女。

辺りは、地下という偽閉鎖空間の中で"いのち"に満ちていて。



なんだか、酷く。
        ―独りだった。




目的の出口を昇り地上に出てもそれはあまり変わらず、一体何処から湧いているのかと疑う程の、人の群れ。自分も確実にその中の一人であるはずなのに、どこか排他されているように感じるのは何故か。
曲は再度気付かぬ内に終わっている。
けれど今度は、巻き戻す気になれなかった。
「(ティッシュだけか?)」
シャンプーもリンスも、ハンドソープも、それから洗剤類も、まだある筈だ。
「(ワックスはこの前買ったしな・・・。)」
足りない物を思い浮かべながら、OLや大学生、ホスト崩れの歩道を横切り、ようやく薬局へと足を踏み入れる。地下鉄の改札を出て3番出口すぐ、距離的には近いはずなのに、やけに疲れた。
店内は、外の湿気た空気とは違い、不自然なほど涼しい。
この店はターゲットを絞っているのか時期的なものかは分からないが、出入り口付近には日焼け止めや女性用剃刀が置いてあるし、雰囲気も女性歓迎の様子が漂っている。薬局は誰が来てもいいものだが、妙に居心地が悪くなってティッシュボックスを引っ掴んだ。銘柄なんて安けりゃどうでも良い。
他に足りない物が無いのを再度頭の中で確認しながら、レジへ直行しようとした時だった。

『ソレ』を視界に入れたのは。






薬局を出て、細い裏通りを北東へと歩く。
大通りは会社員やOL達が所狭しと歩いているだろうが、こちらはまだマシだろう。パラパラと人は居るし歩道は狭いけれど、車通りもあまり無く、先程よりはずっと楽だ。
片手にはいつもの鞄、そして薬局の袋。
ご丁寧に不透明の銀色をした袋に入れてくれたせいで、生理用品を買ったみたいじゃねーかと一人ごちる。
ガサガサと揺れる中には、ティッシュボックス5個パックと。
・・・それから、チョコレート。
冷やしたらオイシイよ!と書かれていたパッケージに描かれていたイラストを思い出し、唇の端が緩む。
裏通りには人はまばらだが、居酒屋や定食屋は多い。小さなビアガーデンのような店もあって、飲んでいる会社員連中が通り過ぎた自分に向かって何か言っていたが、気にする事は無いだろう。平日の夕方で明日もまだ会社があるだろうに、それでも客は入っているようだ。漏れ聞こえた話は上司がどうの、仕事がどうの、というありきたりなモノだった。
そうして足を進めているといよいよ駅から離れ、人も居なくなってきた事に安堵する。
ふと見上げると、雲は多くなっているが空はまだ青みを残していた。時間がいつもより早いのだから当然か、と思うけれど、この時間の空は見慣れない故に新鮮な気がする。
クラブや部活も終わったのであろう閑散とした小学校を横目に歩く。イヤホンから流れる曲は高校の時によく聞いていたもので、懐かしさを覚えた。流石に小学校まではどうかと思うが、高校くらいになら戻ってもイイかもしれない。体育祭の時は屋内でフケってたっけ、などと思い出していると、小学校のフェンス越しに何かが動いて見えた。
ネコだ。
ふと立ち止まって凝視すると猫も気配に気付いたのか、勢い良く顔を上げて此方を見る。
「・・・・。」
そのままたっぷり1分は経過しただろうか。
ただ単に体感時間がそれ位なだけで、実際には20秒も経っていないのかもしれない。
けれど兎に角、見詰め合っていた。

じ、っと。


「・・・ローさん?何やってんの。」
イヤホンが次の曲に入るインターバルに差し掛かった時、丁度合間を見計らったように声が掛けられた。
何だか聞き覚えのある声だと思いながらも猫から目を離す事が出来ずにいると、ネコの方が声に反応してパッと駆け出して行った。小さな背中が勢い良く歌壇の中へ入ってゆくのをフェンス越しにぼうっと見つめていた。
「ローさん?起きてる?」
失礼な奴だな。
振り向くと、そいつは何ともいえない表情でおれを見ていた。
じぃ、と。
無表情のような、呆れたような、何も考えてないような、その顔。
今度はおれがネコになったような気分だ。
「・・・・・・・キャス。」
けれどおれはネコじゃないし逃げる理由も無いから、そいつの名を呼んでやる。
するとあからさまに肩の力を抜いたキャスは、砕けたいつもの表情を浮かべた。
ああ、こいつにはさっきの顔より、こっちのほうが余程似合ってる。
「やっと戻ってきた。そーですよ、アンタのキャスです。」
戻ってきたって何だよ、と言いかけておれはこいつが今此処に居る事に首を傾げた。
「お前なんでこんなところに居んだよ。」
「ちょっと、人を異次元の住人みたいに言わないでくれます?」
偶然早く終わったんですよ、と返されて、今日コイツ合コンじゃなかったかと思った。今日は平日で授業もある筈だから、それが終わってからの合コンがこんなに早く済むものだろうか。
―まあ、いい。
「ローさんも今日早いですね。」
「おれも、偶然早く終わっただけだ。」
偶然と偶然が、偶然重なった。
世の中なんてそんなモンだろ、と思いながらおれはふと小学校へと目を向ける。
どの教室にも明かりはついていないし、グラウンドも誰もおらず、端にある鉄製の遊具だけが寂しさを強調しているようだった。
ネコももう居ない。
誰も居ない。



何も、居ない。




おれは何となく居たたまれなくなって、イヤホンをしまいながら歩き出した。いきなりのおれの行動に少しも慌てる様子の無いキャスケットが、早足で隣に並ぶ。
「ローさん?」
どしたの、と言外に言われ、思ったままを口に出す。
「なあ。ガキの頃、小学校には幽霊が居るとかいう噂、無かったか?」
「ありましたね。」
どんな建物にもその手の話は付き物だが、敏感なのか好奇心なのか、兎角小学校という場所は噂が広まりやすい。どこにでもあるような怪談は、どこの小学校でも必ず一つはあるものだ。
「今考えたらよ。幽霊なんて、そこに誰かが居るから幽霊だって認識されるだけで、誰も居ない場所に幽霊だけがいたら、誰にも認識されねぇんだよな。」
自分が誰かも分かねぇんだよな。人間か、幽霊か、も。
それが寂しいかどうかなんて分からないし、そもそも幽霊の存在なんてのも知らぬところだ。
けれど。
「誰も居ない学校じゃ、・・・独り、なんだよな。」
幽霊じゃなくたって、人間が独りで居ても、それは同じだろう?
「うーん、と。」
キャスは考えているようだ。
サラッと流したおれの言葉を咀嚼しているらしい。
要は他人が居て、初めて自己認識出来るのかもしれない、っつー話なだけなんだが。
適当な角を左に曲がって北へと方向転換する。何となくの気分で曲がった道にも、キャスは考えながら付いて歩いてきた。確固たる足取りに器用な奴だと思う。

「ていうか、関係無いし。」

「・・・・?」
キャスが呟いた言葉に、おれは首を傾げた。
「学校で幽霊が独りで居ようが、誰かが独り、どっかで自分の存在を疑っていようが、おれには関係ないですもん。」
・・・まあ、それはそうだけどよ。
あまりにも潔いキャスケットの自己中論に、どこか安心するおれが居た。
こいつはこうじゃなきゃな、とすら思う程だ。
だって、とキャスは前を見て歩きながら続ける。

「だってアンタの隣に今こうしておれが居て、アンタが独りじゃない。これだけで十分ですから。」

「・・・・・。」
「その理屈で言えば例え距離的なものが離れてたって、おれが想ってればローさんは独りじゃなくなりますし?」
だから他の奴の事なんて関係無いです、と言うキャスには一片の迷いも、からかうようなモノも見当たらない。
「・・・・そーかよ。」
自己中なのかそうじゃないのか良く分からない言葉に、おれは小さく呟いた。
手元の薬局の袋が、風に揺られてガサリと鳴った。






キツイ日差しは落ち、空は見事に青から白、そして橙へのグラデーションがかかっている。浮かぶ雲は、これ以上地上へ近付きたくないと言わんばかりに等しい距離を保っていた。別に雲自体に意志など無いかもしれないが、それは勝手に人間がそう思っているだけで、完全に無いとも言い切れないだろう。おれは少し自嘲しながら、足を進める。
人通りの少ない裏道を歩くのは、好きだった。
この辺りは車もあまり通らないし、立ち並ぶ一軒家は昭和のにおいがするものや真新しい西洋のようなレンガ造りのもの、両方が共存していて面白い。個人経営だろう小さな会社や古めかしい床屋、喫茶店などが1階にぽつぽつと構えられているところもある。
そう、この通りを歩くのは、好きだった。
けれど初めてこの時間帯に歩いて分かったが、夕時に通るものじゃないな、と思う。
時刻が時刻だからか、道には薄く夕飯の匂いが漂っているから。
夏の水分を含んだ匂いに入り混じった夕飯の、少し玉葱の匂いが強い家庭独特の料理の匂い。
別に匂いが嫌いな訳じゃない。確かにおれ自身あまり飯を食わないが、匂いまで倦厭するような性質じゃない。匂いが醸し出す、家庭の雰囲気が嫌いだった。
嫌いというより馴染めない、馴染めないというより…そう、これも。
疎外感を、感じる。
「・・・・・。」
別に拒絶されている訳でもない。けれど、居たたまれないこの感覚。
勝手におれが感じているだけだ。
それでも、押し潰されるようなこの感覚が。
「ローさん?どうかした?」
「別に。」
俯いたおれに、キャスケットが声をかけてくる。
最悪なタイミングすぎる。
「・・・お前、本当…。タイミング良いのか悪いのか。」
「はい?」
何のことですか、と首を傾げるキャスケットに、おれは黙り込んだ。
そうして奴もも深い追求はせずに、黙ったまま隣を歩く。
おれは俯いたまま、何とか意識を他へ移そうと地面を眺めた。視界にはおれの履き慣れた靴と、キャスケットの汚れたコンバースのスニーカー。それとこんな裏路地でもガッチリと固められた、何の変哲も無いアスファルト。
舗装した上に舗装したのだろう、色が違っている挙句不自然に盛り上がっている箇所に、どこもかしこも固い足裏の感触。それらが味気なく思えた。
ああ、この下に閉じ込められた土は、生きているのか。
死んでいるのか。
嗅覚から意識を離すことに成功したにも関わらず、取りとめも無い事を考えながらキャスケットの隣を歩いていた。
「商店街の方、通りましょうか。」
「ん。」
そう、このまま真っ直ぐ歩けば商店街の通りに出て、匂いからは解放されるだろう。一昔前からあるらしいその商店街はテナント募集になっている店も多いが、一応スーパーや花屋、喫茶店などが入っていたりする。どの店も決して綺麗とは言い難く、商店街を歩いている人は年配が多い。家に近いアーケードの端の方となると空き家や小さな神社が目立ち、寂れている印象が否めないけれど、妙に落ち着くのは雰囲気のせいだろうか。
「何か買うものでもあります?」
「別に。・・・お前は?」
「おれも特に用は無いですけど。」
ぽつりぽつりと話しながら歩く。
商店街に出ると、アーケードの上に取り付けられたスピーカーからノイズ交じりの音楽が降り注いでくる。何の歌かは分からないし、擦り切れた音に耳を傾けようとも思わなかった。
「あー、腹減ったあ…。」
キャスケットがショルダーバックを掛け直しながら、独り言を呟く。
いつも通り腹が減っていないおれはキャスケットに同意する事もなく、無言のままだ。
肉屋の前でコロッケが揚がったのだろうか、買いに来ている主婦や小さな子が列を作っている。自転車屋は軒先で座り込み、一生懸命ボルトを緩めてはペダルを手で回していた。そんなのんびりとした時間が流れる、商店街。
…やっぱり、こんな時間に通るもんじゃねぇな。
いつもおれが通る時間帯だと、人一人居るか居ないかだ。店など小さな飲み屋以外全部閉まっているし、更に遅くなるとアーケードの電気自体が消されている時もある。

こんな、こんな落ち着かないような居心地の悪さを感じるなら、真っ暗な商店街の方が余程マシだ。



―ああもう、・・・痛ぇ。




「さあてと、腹減ったし早めに帰りましょうよ。」
コロッケに並ぶ列を見ていたキャスが、独り言にしては不自然なほどの大きな声で言う。
思わずビクッとしたおれに、キャスケットがもう一度同じ言葉を繰り返した。
「おれ、腹減ったんで。早く帰りましょーよ。」
別段意図は無かったのかもしれないが、その力強さに引っ張られたおれはワザと薬局の袋を持ち直してガサガサと鳴らす。
「おれは別に腹減ってねぇけど。」
「はいはい、でも少しは食べて下さいねー。」
・・・ま、"コレ"も冷やさなきゃなんねぇし。ゆらゆらと揺れる銀色の袋に視線を送り、おれは顔を上げた。
夏の夕方は、嫌いじゃない。
日中とは違って独特の涼しさ、肌を撫でるあの空気の重さ、におい。
別に”夏の夕方”が、嫌いな訳じゃねぇ。
そう思いながら、おれは上げた顔をそのまま持ち上げて空を仰ぎ見る。
アーケードの合間から見える空は静かに、けれど確実に青から赤へと移ろいでいた。
向こうに沈んでいる光は見事なほどの赤で。

衝動的、に、手を、伸ばしたくなる。




香水の臭いが漂う無機質な地下鉄より、

"いのち"が密集して犇き合う駅より、

品物の数が豊富でどこか冷たい薬局より、

人通りが少なくとも"生"の色が濃い裏路地より、

寂れていてもどこか温もりを残す商店街より、



その"赤"が、
   何よりも安心出来そうで。





「ローさん!」
いつの間にか立ち止まっていたらしく、呼ばれた方へ目を向けると、数歩前でおれを待つキャスケットの姿。
「・・・ねぇ、帰りましょう…?」
何だよ。
何でお前が、置いていかれた子供みてぇな顔してんだよ。
「・・・・・・、そう、だな。」
相槌を打って、おれは無表情のままキャスケットの方へ向かってゆっくりと歩き出す。

瞼の裏に赤の残像が、しつこくこびり付いていた。








「ただいま〜!」
キャスケットが元気良く玄関を開ける。
マンションは声が響くから、挨拶は入った後にしろと言っているけれどコイツは中々覚えようとしない。
もう注意すんのもめんどくせぇ。
「めちゃ腹減った〜!」
「・・・ただいま。」
乱雑に靴を脱ぎ捨てて上がるキャスケットとは逆に、玄関に顔を出す男が一人。ペンギンだ。
「お帰り。遅かったな。」
「名駅で降りて薬局寄ってた。」
鍵とチェーンを閉めながら、背中越しに答える。
「そうそう、そしたら偶然おれと一緒になったんですよ。」
「・・・お前は合コンじゃなかったのか。」
「ちょ、その話はナシ!」
キャスケットが代わりに答えたため、おれは静かに玄関先で靴を脱ぐ。
ペンギンとキャスケットのやり取りに、やっぱり合コンだったかと思うけれど口には出さないでおいた。コイツが女に嫌がられるなんて有り得ないから、まあ、女がアレだったか、気分が乗らなくなったかのどっちかだろう。
「ペンさんこそ今日会社じゃなかったっけ?」
「朝、今日は創業記念日で休みだと言っただろう。また聞いてなかったのか。」
「う・・!おれ手ぇ洗おーっと…。」
慌てて逃げるキャスケットの足音と、溜息を吐く声が聞こえる。
んっとに、騒がしい奴ら。
おれは座って靴紐を解きながら、傍らに置いた銀色の袋をペンギンの方へ持ち上げた。
「ん。」
「ああ、そういえばティッシュがきれていたな。すまない。」
受け取ったペンギンは、中を確認するように見た後、眉を顰めた。
「・・・・これは?」
ガサガサと袋の中から、大きなティッシュボックスに隠れていただろう"ソレ"を袋から取り出しておれに見せる。
青と白とペンギンのイラストが描かれた、箱。
「チョコ。」
「・・・・・確かにチョコだな。」
渋い表情をするペンギンに満足したおれは立ち上がって、玄関を抜けて洗面所へ向かった。
「何、ローさんチョコ買ってきたの?珍しいね。」
「・・・偶然、な。」
あの居心地悪い店内で、ペンギンのパッケージが目に付いた。
ただ、それだけだ。
答えながら適当に荷物を置き、キャスの横で手を洗っていると不意に髪を掴まれた。そのまま強い力で後ろにグイッと引っ張られる。
「っ!?」
痛ぇ、と思う暇も無く覆い被さってきたのは、ペンギンの見慣れた真面目そうな顔で。
唐突に、口を、塞がれた。
「〜!」
いきなりキスかよ何サカってんだと思ったら、口から流し込まれたものはドロリと甘い異物。
ああ、これはチョコレート。
・・・仕返しのつもりか、コノヤロウ。
口を離したペンギンの第一声は、色気なんて皆無だった。
「ロー、このチョコ溶けかけてるぞ。」
「・・・冷やして食べるとオイシイよ、って書いてあんだろ。」
それに、おれまだウガイしてねぇんだけど。
ザーザー流れる水に手を浸したまま恨みがましく言っても、この男に通じるとは思えない。
ペンギンの絵が描かれている箱を手にしたままのペンギンはやっぱりおれの言葉には答えず、冷凍庫に入れた方が良さそうだなと呟いた。
畜生、口の中が甘ったりぃ。
「おれも貰っていい?」
「好きにしろ。」
タオルで手を拭いていたキャスケットに答える。
元々食べたくて買ってきたんじゃない。
「食べさせて下さいよ。」
「甘えんな。」
食べないならしまうぞ、というペンギンの言葉に慌てたキャスケットが、残念そうにチョコへと手を伸ばす。
鏡越しに見える項垂れた姿に、しょうがねぇ奴だな、と気が変わった。
「キャス、口開けろ。」
「マジで?」
パッと目に見えて表情を変えるキャスに、ペンギンが眉を顰めた。
「ロー、夕飯前だから与えるのは一つだけだぞ。」
「何?妬いてんの?」
「当たり前だ。」
やけにハッキリ言うペンギンに、笑みが漏れた。
その傍ではキャスケットが不貞腐れている。
「つーかペンさん、与えるって、おれ動物か何かですか…。」
おれは思わずハハ、と声に出して笑った。
「いーからさっさと口開けろよ。」





この時間が続いてほしい。


けれど、早く終わればいい。




そんな矛盾した事を思いながら、チョコを一つ手に取った。














瞼の裏には、赤の残像がしつこくこびり付いている。











end.






あえてグダグダな感じ。
読んでて疲れる話ですみません^^


2009.06.27    水方 葎