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* Let's Pocky! * 窓際の席の最奥。 昼ご飯を済ましたユースタス・キッドはうとうとと心地良い昼寝タイムに入っていた。 天気は秋晴れと表現するのに相応しい快晴、そして差し込む日差しは穏やかである。まさに昼寝にうってつけな午後であった。 少々フライング気味に昼ご飯を済ませてある為、キッドの午睡時間はたっぷり確保出来ている。けれどこのまま5限の授業をすっぽかして屋上へ行き、青空の下で昼寝をするのも悪くない。そう思って教室の喧噪をBGMに、うつ伏せになって至福の時間を噛み締めていた時だった。 その嵐がやってきたのは。 「ユースタス屋ァ!」 「・・・・・・・・・・・。」 その聞き慣れ過ぎている声に、キッドは舌打ちをする気にすらなれなかった。 かと言って返事をする訳でもない。 心地良い昼寝タイム、なぜそれを邪魔されなければならないのかと狸寝入りを決め込んだ。寝る体勢に入っているのだ、相手もそう無理はしないだろう。 諦めて自分のクラスへと帰れ、と内心悪態をつく。 「なぁ、なあったら!」 しかしキッドの願いも虚しく、声の主、トラファルガー・ローはゆさゆさと身体を揺さぶりにかかる。そう、こいつはこういう奴だよな、と己の計り違いに溜息をつきそうになるキッド。その嘆きを露ほども知らないローは相当構ってほしいのか、起きろと声をかけては両肩を掴んで揺さぶっている。それでもキッドはグッと堪え、顔を上げようとしなかった。 そんな二人の仲は、と聞かれればクラスの誰もが最悪、と答えるだろう。しかし嫌よ嫌よも好きの内、とはよく言ったもので、明確な自覚はないもののキッドもまたそれに当て嵌まっている。高校の入学当初は反りの合わない者同士、それがいつしか好敵手になり、今はそう、うざったいが嫌いじゃないと言ったところか。 無論、ローの方がどう思っているかキッドは知らない。 しかし、別のクラスになった現在でもキッドのところへ頻繁にちょっかいを出しに来るし、他の者より幾分か素直な表情を見せているので脈無しではなさそうだ。 「(っつーか脈無しって何だよ、コレじゃまるでおれがコイツを好きみてぇじゃねぇか。アホらし…。)」 自身の思考に溜息を吐いている間も、ローの声は止まる事が無い。 「なぁ、そんな寝たらハゲるぞ、起きろよ。」 「(誰がハゲだ!!)」 そりゃいつもお前と一緒に居る帽子を被った奴に言ってやれ、と思うものの、ここで返事をしたら奴の思う壺だと抑え込む。 大体何をしに来たんだ、ただのお喋りや教科書の貸し借りなら他に居るだろ、とキッドが思っていると、近いところでガサガサというビニールを漁る音が聞こえてくる。続いて、パリパリ、と何かの封を開ける音。 それは休み時間、特にこの昼休みに聞きなれた音であった。 「(・・・・菓子…?)」 そう、大抵の菓子の箱を開ける時に立てる音。 そして再度小さくビニールを破る音がキッドの耳に届いたかと思うと、ローの呟きが落ちてきた。 「・・・・・・ポッキーゲーム、しねぇ?」 「するか!!!」 突っ込みと同時にガバリと跳ね起きると、ニヤリと含み笑いをしているローの姿。 してやったり、というその表情に、嵌められたと分かったキッドの眉が跳ね上がる。 「さっきからゴソゴソガサガサうっせぇんだよテメェは!!いい加減にしろ!!」 「いいじゃねぇか、しようぜポッキーゲーム。」 「大体、昼休みに寝てる人間を起こす奴が何処に居るんだよ!空気読め!!」 「あ、おれあんまり食いたくないから極細買ってきた。いいよな?」 まるで会話が成り立っていない。 いきなりの怒声にクラス中の殆どが『またか』と言いたげに此方を見ているのを感じるキッド。何が悲しくて長閑な昼休みにクラス中の好奇の目に晒されなければならないのかと項垂れた。こういう時、すかさずフォローを入れてくれそうなキラーは、日直の仕事で席を外している。 とりあえず冷静になれ自分…と己を抑え込んで椅子に座り直し、目の前のローを睨み上げる。 「ほんっと人の話聞けよテメェは…。」 「?聞いてんだろ。」 きょとん、とキッドを見るローは、いっそ清々しい。 今までの会話で何か一つでも俺の問いに答えたか、と詰問してやりたい気持ちがいっぱいのキッドは苦虫を噛み潰す。ただ、ローのそんな表情も態度も苛々するが悪くないと思ってしまうのは何故だろうか。 「・・・・・で?何だって?」 いい加減話を合わせなければ昼休みが過ぎてしまう。 キッドは諦めたように低い声で威嚇しつつ、ローの手元の菓子をジロリと見やる。 「だから、ポッキーゲーム、っつってんだろ。」 話聞けよ、と言われて今度こそキレそうになるキッド。話を聞いていないのは果たしてどちらか、キラーが居れば審判を頼んでいたところだろう。 「だから!!何が何でどうなってポッキーゲームなんだよ!!」 ガ、と噛みつくように叫ぶと、再度ローはきょとんとして、小さく首を傾げた。 「なんで、って・・・。11月11日じゃねぇか。」 「・・・・・・・・・・はあ?」 「11月11日は、ポッキープリッツの日だろ?だからポッキーゲームしねぇと。」 さもそれがクリスマスや正月と同等記念日のように、そしてあたかもゲームが義務のように言うローに、キッドは頭が痛くなる。思わず責任者出て来い、と怒鳴りそうになった。 思い出せば、確かに本日は11月11日だ。 加えて言うなら、水曜日で不燃ゴミの日、そしてキラーが日直当番の日、部活は基礎練習の日だ。 しかしローにそう言われてみれば、テレビやCMなどでは1を棒菓子が並んでいるように見せ、その棒菓子の記念日のように扱っていた気がする。コンビニでも販促していたが、ただの菓子会社の陰謀だろう。 バレンタインすら必要無いと思っているキッドにとって、下らないゴロ合わせの日でしかない。 「ポッキーゲームしねぇといけないんだって昔教わってよ。・・・ま、菓子業界の思惑に乗ってやるのも悪くねぇだろ?」 はむ、と一本取り出して先っぽを口に運ぶローは、キッドの考えを読んだように言う。ローは思慮深かったり慎重派である一方、楽しければ何でもイイ、という相反している思考の持ち主だ。それがキッドがローを気に入っている理由の一つでもあり、共に居て飽きない理由でもある。 ゲーム云々は知らないが、思惑でも陰謀でも乗りたきゃ勝手に乗ってやれ、と言いたかったキッドだが、ローのその楽しそうな姿を見ていると自身の昼寝がどうでもいいように思えてくる。実際先ほどまで襲ってきていた眠気はとうの昔に霧散していた。 「箱に"11%増量"って書いてあんだけどさぁ、別に増量しなくてもいいよなー。」 「・・・・・。」 「つーか二袋もいらなくね?一つで十分…、ああ、後でキャスに持って行ってやるか。」 「・・・・・。」 ポリポリと小さく噛み進めながらローが至極他愛もない話を仕掛けてくる。肘をついてぼーっと聞き流していたキッドだが、はた、とローが言っていた言葉を思い出す。 確かポッキーゲームをしようとか言っていなかったか。 しなきゃいけない日、とかいうのは違うと思うけれど。 そもそもポッキーゲームって何だったか、とキッドは奥底にしまわれた知識を引っぱり出す。 ポッキーゲーム、うろ覚えではあるが端と端から2人でポッキーを食べ・・・。 食べ・・・・・・。 「・・・・・ポッキーゲーム!!?」 「うわっ、何だよいきなり。」 「おおおお前、今さっきポッキーゲームとか言わなかったか!?」 「言ったけど。」 キッドの動揺とは裏腹にサラリと流しながら、ローは手元の一袋以外のポッキーをコンビニのビニールにしまい始める。 「でもユースタス屋、起きねぇし。ったく、今日はポッキーゲームしなきゃいけねぇって言ってんだろ?」 折角一緒に食おうと思ったのに。 小さく唇を尖らせながら言うローに、今更ながら動揺が走るキッド。何をどう勘違いしてローが『ポッキーゲームをしなければならない日』と思いこんでいるのかは知らないが、もしかしたら自分は普段では有り得ないシチュエーションを逃そうとしているのではないかと思う。かと言って正直にノってしまうと、『ただの冗談じゃねぇか、お前馬鹿だろ』と、するりとかわされかねない。こういう時こそ冷静になる必要がある、ということは今までの経験で痛いほど身に染みている。 色々な意味で、この男に油断は禁物なのだ。 そう、第一男同士でポッキーゲームなんて寒々しい、それこそクラス中の笑い者だとキッドが正気に返った時、ローは既に目の前にいなかった。あの野郎騒がしくするだけしておいて何処に行きやがった、と辺りに目を流すると、彼は一本のポッキーを咥えたまま廊下に向かって手を振っていた。 「ペンギン!何処行ってたんだよ!探したんだぜー。」 馴染みに声をかけていたらしい。そしてそれはキッドの知らない相手ではなかった。学年が一つ上のその男はローにペンギンと呼ばれている。勿論本名の筈がないふざけた渾名を享受しているその男の心は理解できないししたくない、と思うキッドである。 そして思い出すのも忌々しい、そのペンギンという男は転入初日、一限目の休み時間にローとキッドのクラスへずかずかと足を踏み入れ、あろうことかローに抱きついたのだ。感動の再会、だったらしいローからは引っ越して行った幼馴染だと紹介されて聞き流したものの、好意を自覚しつつある今となってはあの登場が内心面白くない。 それにペンギンが転入してからというものの、気の済むまでしていたローとの喧嘩は途中で仲裁されてしまう事が多くなっているのもキッドにとって気に食わなかった。そのあたりは同じような幼馴染とはいえお互い好き勝手している自分とキラーの立ち位置とこの二人で、少し違っているように見える。 ややあってキッドがローの楽しそうな笑顔からそのまま廊下に目を流すと、どうやらペンギンも日直だったらしく腕には日誌や次の授業のプリントらしきものが抱えられていた。何事かを喋っているようだが、ローほど大きな声で話しかけはしないのでキッドのところまでは聞こえない。 「(別に興味ねぇけど。)」 面白くない奴の顔も見ちまったし、もう一度寝直すか、と欠伸をしながら再度突っ伏そうとした瞬間、ローの言葉にキッドの身体が固まった。 「なぁなぁ、ペンギン!ポッキーゲームしようぜー。」 ご丁寧に『ユースタス屋はやらねぇって言うし』などと付け加えている。 その台詞にキッドはガタンと音を立てて席を立つ。勝手に起こして喚き散らし、勝手に去って行った癖に何を言う、と思う暇も無かった。 「てめぇ、勝手に結論付けてんじゃねぇよ!」 「あ?寝るんじゃなかったのかよ、ユースタス屋ァ。」 極細ポッキーを口に咥えたまま器用に喋るローは呆れたようにキッドを振り返った。 「勝手に話を終わらせたのはテメェだろうが!」 この際、勝手に起こしておいて、というところは省いておいた。今そこを言いだすとキリが無い。 するとローはようやく話が合致したと思ったのだろうか、小さく笑ってキッドの方をと身体ごと振り返った。 「何だよ、ポッキーゲームしてぇなら早く言えば良かったのに。」 どう端的に取ればそういう話になるのかは分からないが、ローは『キッドもポッキーゲームがしたかった』という結論に至ったらしい。やっぱりポッキープリッツの日にポッキーゲームはしなきゃいけねぇよな、と良く分からない持論を展開しながらキッドに近付こうとする。そしてキッドはキッドで肯定も否定も出来ず、どうするべきかと内心頭を抱えていた。 単にポッキーだけ寄越せと言ってしまえば早そうなものだが、それが惜しいと感じている自分がいる。だからと言ってポッキーゲームを始めるには、余りにも絵面が寒い、と思うキッド。 「(あー…第一、女とやるような遊びだろ、それは。)」 コイツだったらいくらでもノってくれる女が居そうなものだが、と考えていると、突然廊下の方から凛とした大きめの声が響いた。 「ロー。次の授業は移動だろう。」 「あぁ、そういやそうだな。時間も時間だし、行くか。」 ペンギンがローに声をかけると、彼も思い出したように足を止める。そうなるともう他の事は目に入っていないのか、キッドへの挨拶もなく踵を返して廊下へ向かい始める。口の中に納めていた、ゲームという目的を果たせなかったポッキーをポリポリと齧っていく音がキッドの席まで聞こえた。 その瞬間、キッドの中にチラリと対抗心が燃え上がる。 否、それは対抗心と呼ぶにはあまりにも稚拙で激しいものだったのかもしれない。 椅子を蹴飛ばすようにその場を離れたキッドは、ローを追い越す際にその細い腕を勢いに任せて手に取った。 「っうわっ!?」 何すんだよユースタス屋、とその日初めてローが慌てる声を聞いて少しばかりの優越感を得るが、そんなものではまだまだ足りなかった。 腕を引いたままズカズカと廊下に出ると、数歩離れた場所にペンギンが腕を組んで此方を見ている。帽子の唾の所為で表情は伺い知れなかったが、キッドに向けられたオーラは友好的なものでないだろう。 目の前の男を相手に喧嘩をした事はなかったが、滅多に人を褒めないローから強いとは聞かされているので思わず身体が疼いてしまう。 一触即発のその空気にキッドはニヤリと唇の端を上げた。 「おれを起こしたのはコイツだ。」 だからおれが何をしても文句ねぇだろ、という言葉を言外に含ませて、背を向ける。 「おい・・・!」 呼びとめるペンギンの声を無視して、生徒の波をかき分け歩く。キッドが腕を引いている事によりバランスを崩されっぱなしのローが、危なっかしい足取りで引き摺られるようについてきている。背後に向かって何か言っているようだったが、ローの性格から察するにペンギンへ助けの要求などではなく、6限は出るから、などといった悠長な連絡だろう。 それが忌々しくて人知れず舌打ちしたキッドだったが、気付くと向かいから相棒が歩いてきているのが見えた。さきほどは求めてやまなかった姿だが、今は何故か会いたくなかったと身勝手な事を思ってしまう。 「キッド、どうしたこんな時間に。」 「5限サボリ。」 案の定聞かれる言葉へ、ぶっきらぼうな返答を投げる。立ち止って話をしようとするキラーとは正反対に、大股でズンズン歩くキッドは、すれ違いざまに言葉を発するのみだった。 腕を引かれている男がこれまた悠長に挨拶などしているのが気に食わない。 「あぁ、キラー屋ァ、お前も後でポッキーゲーm」 「しなくていい!!!」 そうして『何なんだ』と言いたげなキラーを置き去りにして、キッドはローの腕を引いたまま屋上へと向かったのだった。 「あー、きもちいー・・・。」 ゴロリ、と屋上に寝転がったローはビニール袋を傍に放って伸びをする。もう始業まで数分ということと、別棟の屋上ということもあり、この場にはキッドと、キッドが拉致してきたローの二人だけだった。 キッドが教室で惰眠を貪ろうとしていた時と変わらず、空には青空が広がっている。 「おれも丁度5限はサボろうかと思ってたとこなんだよなァ。」 「そーかよ。」 寝転んだままチラリとキッドを見上げる姿に、全てが確信犯だったのではないかと疑ってしまいそうになる。こちとらお前と昼寝しようとなんて思ってなかった、と言ってやりたかったが、拉致してきた自分の言うことではないかとキッドはすんでのところで言葉を飲み込んだ。何がどうしてこうなってしまったのか、実のところ自分自身よく分かっていない。 つい先ほどまで、教室で満腹感と睡魔に身を任せて眠ろうとしていただけなのに。 「(・・・まあ、いい。)」 たまにはこんな昼寝も悪くないか、と思う。 何せ、ペンギンへ燃やした対抗心や、ローが自分に背を向けた時のもやもやした気持ちなどスッカリ消えてしまっているのだから。 ―このまま暖かさに身を任せて眠るのは悪くない― そう思ってフェンスに凭れてうとうとしていると、赤みがかっていた閉じた視界に、ふと影が落ちた。 嫌な予感がしてキッドがそろりと目を開くと、そこにはキッドを見下ろす悪魔の姿。 「やっぱしなきゃいけねぇもんな、ポッキーゲームは。」 楽しそうにしているローの薄い口に咥えられているのは、細い菓子。 ああ、そうだった、今日は11月11日だった。 幾度として寝かせてくれない挙句、妙な悩みを植え付けるポッキー。 憎むべきはソッチではないと分かっていながらも、キッドは今日という日とその菓子を恨まざるを得なかった。 とりあえず、ポッキーゲームをしなければならない日、という誤解を解くのが先決だろう。 眠る事が出来るのは、もう少し先になりそうだ。 fin. ******** ローの恰好の玩具、それがキッド。 「つーかテメェ、誰にポッキーゲームしなきゃいけねえ日だなんて教わったんだよ。」 「あ?キャスケットだけど。」 「(あの1年か・・・。後でシメる。)」 091111 水方 葎 |