* さよなら間接チュウ *



※オスロ視点(今更ですが彼についてはキャラ設定にて)

















煙草を吸ってる時にローが隣に立つ、ということは、つまりそういうこと。
柵に身を預けるローは何も言わず、俺も何も言わない。煙草を銜えたまま、ひとつだけ煙を吐く。吐きながら、手中の箱からもう一本を叩き上げた。隣に立つローの口元へ箱ごと傾けると、当たり前のように音も無く一本引き抜かれる。そしてやっぱり音も声も皆無なまま、俺は煙草の先をローが銜えたそれに近付けた。吸われる息と共に灯る赤。この移し火を、俺は結構気に入ってたりする。
食欲性欲睡眠欲。人間の三大欲求を母親の胎内に忘れてきた、ないしは自らの意志で捨ててきたかのように思えるトラファルガー・ローという男の日常に温度という単語は疎遠だ。熱くもなく、冷たくもない。本当に『無い』。けれど俺が煙草の火を移すこの瞬間だけは、何だか俺の熱を分け与えるような感覚に陥って、文字通り自己満足を得る事が出来るワケだ。
暫く黙って、けれど共有している時間と比例して煙草が短くなるのが惜しくて、出来るだけゆっくりと肺に入れる。別に拘りがある訳じゃないから、特別愛飲している煙草は無い。今日のコレは前に立ち寄った島特有の、あー、何ていったっけ、まあ特産品のひとつらしい。
「妙な味。」
細く煙を吐いた後のローの感想に、喉の奥で笑う。唇の端も上がっていたかもしれない。
この空気を壊したくない俺は、会話の始まりをいつもローに任せている。とはいってもローの方も気が向かなければ会話を始めないし、始まった会話によって空気を壊されたとも思わない。ただこの流れをローに任せたいだけ。だってその方がなんだか楽しいし、嬉しいし。これがエゴってやつなんだろう。どうでもいいけど。
「なんかこう、ガムみたいな感じしない?」
「あー、それだ。」
「今初めて封開けたんだけどさ、ちょっと失敗したかなー。」
快とも不快ともつかず、甘いとも甘くないとも言えない不思議な粘着質な味。冒険心が仇となったとは思わないし、特産品と書かれていればとりあえず買ってみるのが旅の醍醐味ってヤツだけど、けど、正直、二箱買うモンじゃなかったとは思う。大人しく見知った銘柄を手持ちに加えれば良かった。後で一箱カモメにやろう、そうしよう。アイツは妙なものが好きだ。煙草も雑貨も、俺もローも。
「カモメにやれば?」
同じ事を思ってたらしいローの唇から洩れた言葉に、満足感を覚える。俺って単純だなぁ、昔はこうじゃなかった、少なくともこの男に出会うまでは。因みに責任は取って貰ってる最中だ。本人は無自覚だろうけど。
「思ったー。けど、下手したらアイツも既に買ってそーなんだよねぇ。」
「その上飽き性だからな、逆に買い過ぎたの押し付けられんじゃね?」
「確かにぃ。」
軽い返事をしながら、何となしにローの口元へ視線を流す。誰だったかが『厚い唇はエロイ』とか言ってたけど(キャス坊やじゃないことだけは確かだ)、薄い唇だって相応にエロイ。というかローだからこそ更にエロイ。少し乾燥した、けれど案外触り心地の良い唇は、表情に大きな変化をつけないローの心情を示すのに多大な貢献をしていると思う。唇だけじゃない、身の内に全て隠してしまうこの男を読み取ろうと思うなら、瞳と口元と、それから全体の雰囲気と、言葉と、身体の状態を見極めることが大切だ。あ、結局全部じゃん。いやでもこの船に乗ってる奴らにとっては当たり前のことだよなあ。
思わず注視しちゃってるけど、唇に限らずパーツひとつひとつは勿論、全部が俺を惹き付けてやまない。下心含む。ていうか正直存在が下半身にクる。とか思う俺って結構末期なんだなあと改めて自覚した。これだからハートの海賊団は『船長に』ハートの海賊団、という不名誉且つ名誉な称号を世間様から頂いてしまうのだろうか。まあ、ハートでも移し火でも、何でもいいんだよ。この男に与えられるなら。
「そういえば、」
俺が妙な方向へ思考を飛ばしたが故に途切れた会話を繋げたのは、やっぱりローだった。もうナニ、そうやってチラと俺へ向けそうで向けられてない視線は。焦らしプレイ?誘ってんの?チューしていい?チュー以上のこともしていい?
「明日定期健診な、お前。」
わーやっぱりお誘いだった嬉しいな泣いていい?とか思っても表情には出さないで涙の代わりに灰を落とす。ついでに短くなったそれをそのまま携帯灰皿へ突っ込んだ。瞬間的に強くなった臭いはすぐ海風に浚われていった。俺としては別のとこに別のモン突っ込みたいんだけど、それを言ってもきっと天然ボケかワザとか分からない態度でスルーしちゃうローのこと、相手にされないだろう俺が可哀相だからやめておく。健気だなぁ俺って。
「ローたまとの約束、俺が忘れるワケないっしょー?」
「ん。」
定期健診とは名ばかりの延命措置は、俺よりローを苦しめる。他に延命できる外科が居ねぇからこの船に乗ってる訳じゃないってのに。そんなことローだって分かってる筈なのに。それでも、延命する者とされる者の事実は変わらない。まぁ確かに、ロー自身が目当てっていう事には違いないんだけどさ。
いっそ延命措置なんて事実は無くなれば良いと思っても、それ無くしたらもちろん俺はお亡くなりになる訳で。それはそれでローを苦しめるからどうしようもない。これは自惚れなんかじゃない。そもそもローに対して「これは自惚れか」なんて自問自答は時間の無駄でしかないという事は、この船に乗って一週間で理解済み。無駄な事はしない主義。
「俺、ローのコト好きよ。」
つまりはこの一言に集約されるワケ。
「・・・おう。」
そしてこの一言で、許されてる。
俺も随分甘やかされてるモンだ、と後ろ頭をガリガリと掻く。おっかしーな、俺のが年上なんだけど。
短くなった煙草を口から離したローへ携帯灰皿を差し出しながら、ああやっぱり薄い唇ってエロイな、と再度思う。煙で乾燥するのが気になって舐めたのか、唾液で少し潤っているそれはひどく俺の視線を惹き付ける。気分に任せてそれを貪りたい欲求が高まるけど、そんな事をしたらさっきから斜め後ろの遠いところから俺へ求愛と間違うくらい刺すような視線を送りまくってくれちゃってる副船長サマに何されるか分かったもんじゃないからなあ。キモチイイ事以外はゴメンなのよ、俺。
遠慮なく灰皿に押し付けられる煙草の赤が、チラチラ点滅して灰になる。ローの細い指で消される俺の移し火。勿体無い半分、羨ましい半分。そうして気付いた、火が消される前に掻っ攫って一口でも吸えれば間接チュウが出来たのに。この身体の奥の燻りを、少しは昇華出来たかもしれないのに。あー、けど、まあいいか。いくらローが口付けたとしても、鏡にチュウする趣味は無い。カチリと蓋を閉じられる携帯灰皿。咥えられた俺の想いは、今回も無事灰になってくれたらしい。
灰皿を返される際にさりげなく触れた細い指は、やはり温度を喪っていた。










fin.





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オスロとローと、煙草の話。二人の関係はそういう事です。
因みにオスロとカモメも、そういう事です。







130317 水方 葎