* 流行歌 *





















ラジオから流行りらしい歌が流れている。


らしい、というのは文字通り憶測にすぎないが、街に上陸してそこかしこから耳に届けば嫌でもそう推測してしまう。若く爽やかでいて、ノイズ混じりの男の声はローの鼓膜を震わせた。
『世界の全てを敵にしても、僕は君の味方でいよう、きっと守るよこの腕で』
昼食のために入ったこの酒場はそれなりに盛況で、絶えず雑談と食器が触れる音で溢れている。にも関わらず流行歌はBGMとして3〜4曲に一度その存在を主張した。
「せかいのすべてをてきにしても、ぼくはきみのみかたでいよう」
サビを歌う声が案外近くだった事に反応して、ローはぼんやりと遠くを眺めていた視界を向かいの席へと絞る。だるそうに頬杖を付きながら料理を待つキャスケットと、視線が絡まった。
「きっとまもるよこのうでで」
歌はキャスケットの声と二重になり紡がれ続ける。
「・・・んだよ。」
逸らされない視線と意味あり気な歌詞に、思わず悪態を吐く。
「求愛中でっす。」
「知ってるか?シャチの求愛は歌じゃなくペニスをメスに擦り付けるんだとよ。」
「待っ、」
「ほう、つまり今船長はキャスケットから痴漢を受けているということか。」
「うああああああ真昼間から下ネタ禁止!!!」
思いがけない話の方向性にキャスケットが叫ぶ。
「やめて下さいよ冤罪ですよおれ痴漢なんかしてませんから!!」
しかし彼にとって下ネタ云々よりも、船長への痴漢許すまじというペンギンの殺気立った眼光の鋭さの方が遥かに勝っていた。トレードマークのPENGUIN帽から覗く刃のようなそれは何度見ても心臓に悪い、とキャスケットは怯える心臓を宥める。
そこへタイミング悪く料理が運ばれてきて、痴漢だの何だのの話を聞いてしまったらしいウェイトレスはぎこちない動きで料理を置いてそそくさと去ってしまう。通報されなかっただけマシかもしれない。賞金首としてではなく痴漢で通報される海賊団など笑い話にすらならないだろう、と内心汗を掻いたのはキャスケットだけで、残る二名は知らん顔だ。もっとも、この島は海賊を見かけても通報どころか商売第一のようなのでその心配はなさそうだが。
「それにしても、こうずっと流れていると歌詞を覚えてしまいそうになるな。」
大皿からローの分をごく少量取り分けているペンギンが何の感情も込めずに呟いた。
「てーか、おれもうサビ覚えちゃいましたよ。」
「もっと為になるものを覚えたらどうだ。」
「いやあ、結構己の意志とは無関係なんですよねー。」
「自ら意志が弱い事を暴露してどうする。」
「ペンギン、多い。」
取り分けられている量を見かねたローが口を挟む。瞬間、ピタと動きを止めたペンギンは内心肩を落としながらパスタを大皿に戻す。
ペンギンに口で勝てる筈もないキャスケットはほっと胸を撫で下ろした。
「大体な、」
珍しくパスタを2〜3本フォークに絡ませながら、ローが口を開いた。
「世界の全てが敵になっても、なんて例えが稚拙すぎて話になんねぇよ。」
言いながらぱくりとパスタを口に含むのを見届けたキャスが眉を寄せる。
「えー、そッスか?なんかこー、全身全霊で好きな人を守る!って感じで良いじゃないですか。」
「それにしては随分現実味のない例えだな。」
答えたのはペンギンだった。
「一般人が世界中を敵に回すなんて、まずあり得ないだろう。海賊ですら仲間がいるというのに。」
「・・・まあ、そうですけど。でも、もしもの話ですよ。」
「だからこそだ。」
ローの分を取り分けて満足したのか、ペンギンは己の皿へ乱雑に料理を盛った後、椅子に凭れて腕を組む。話を優先させる時の恰好に、キャスケットは目を瞬いた。ローは気にせずレタスを齧っている。
「世界中を敵に回した事もない人間が、よくそんな事を言えるもんだ。」
敵という言葉はそう軽くない。
無関心ではなく、憎悪され嫌われ、時に命を狙われる。
「グループ内や社会の派閥や何だという時に使われる『敵』なんて、ただの比喩表現だしな。」
続くペンギンの言葉に、キャスケットは押し黙る。そうして彼は最初に命を狙い狙われ、人を殺した時の事をうっすらと思い出していた。
「それに、世界中というからには仲間や親友、親兄弟も含まれているということだ。殺らなければ大切な人が殺られる、それでも何もかもを棄てて本当に親を、仲間を殺せるというのか?」
そんな状況になったこともない奴が何を歌っても軽く聞こえるな。
ペンギンは、はんと鼻で嗤って食事を再開する。
が、キャスケットはとてもフォークに手を付ける気にはなれなかった。ペンギンの言葉は一見重いものの正論である。言葉を返せなかったという反抗心よりも、歌一つに珍しく饒舌になっているペンギンの事を考えていたからである。いつもの彼ならば上辺だけの歌など下らない、と一蹴するだけなのに。
「船長、この後は買い出しに行くか?」
「いや。一旦船に戻る。買い出しは夕方だな。」
「涼しい時間ならベポも喜ぶな。」
「ああ・・・・・キャス?食わねーの?」
「・・・・・・・なるほど。」
考えを巡らせたキャスケットはある地点に行き着き、飛ばしていた思考に向かって頷いた。今回ペンギンがこれだけこの歌に突っかかったのには、やはり理由があったのだと納得する。
それは他でもないペンギンの親の事で。
「ペンさん、」
「何だ?」
「キャス。」
だがしかし、口を開いた途端ローに呼ばれて再度閉じる事になる。
ローはキャスケットを見ていなかったが、明らかに会話を止めた。買い出しをするつもりで出てきた筈が一旦船に戻るなどと言い出したのも、いつもの気ままな我儘ではないとキャスケットは悟る。
つまるところ、親を敵に回し、ローの許へついたペンギンへの小さな気遣い、なのだろう。
気を使われるほどペンギンの精神が弱いなどとは思わないが、彼の過去を考えると積極的に思い出したいものでもないだろう。
直接的な事を言おうとしていたキャスケットは自分を恥じてから、改めて口を開く。
「おれは、口だけの男にならないようにします。」
「そうだな。」
ふと笑みを浮かべたペンギンだが、それはローが鶏のささ身を口元まで運んだからか、キャスケットの言葉に反応したからか、区別はつかない。きっと多分、いや絶対前者だろうとキャスケットは息を吐いて、フォークを手に取った。今更ながら胃が空腹を訴えている。
それまでの勢いを取り戻すかのように肉を口へ運ぶキャスケットへ、取り分けられていた残りのささ身を全部ペンギンの口へ押し付けたローが満足そうに頬杖をついた。
「いいじゃねぇか、別に。所詮ただの流行歌だ。結局こういう事を歌っとけば収益があるってだけなんだからよ。」
ただ、おれが好きじゃないだけで。
そう言うローは好きじゃないと言いながらも、このBGMをどこか楽しんでいるようだった。
「船長、それ言っちゃあ・・・。」
キャスケットはパスタをぐるぐるとフォークに巻き付けながら項垂れる。もう今となっては流行りの歌より食事が優先である。現金なもので、覚えかけていた歌詞も吹っ飛んでしまった。
ローはルッコラの葉を口に含みながら、先程の歌詞を頭の中で反復する。


『世界の全てを敵にしても、僕は君の味方でいよう、きっと守るよこの腕で』


流行の歌は、きっと聴く者に夢を与えるのだろう。


「所詮、夢だけどな。」
「え?船長何か言いました??」
「キャスケット、無駄口叩いてないでさっさと食え。」
「ひっでぇペンさん!だって今船長が何か」
「船長の所為にするな。」
「理不尽…。」


ハートの海賊団に必要なのは、ただ一つの現実だけである。
ローは二人のやりとりを見て、薄く笑った。










fin.





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アイドルとかの歌を否定するつもりは無いけど、私は好きじゃないのです。







130125 水方 葎