* ふれあい広場 *





















「さっみー、マジさみー・・・。」
船長の声におれは振り向いた。
つんと鼻をつく、濃厚且つ独特な臭いは辺り一面に広がっていて、少し風が吹いたくらいでは消えてくれそうにない。衣服にも、そして自分自身にも染みついているであろう臭いに、不快を感じる筈の鼻は麻痺している。
「・・・何やってんですか、船長。」
おれは持っていた小刀をひゅ、と振り払う。足元で濡れた音がした。
ついでにズレていたトレードマークの帽子を被り直す。
「寒くね?」
数メートル先でしゃがみ込む船長に、おれは肩を竦めた。
「結構動いたんで。」
「おれだって動いたけど寒ぃ。」
船長の言う事は尤もで、掻いた汗は静かになった空気と共に訪れた冷気によって容赦なく掻っ攫われてゆく。寒さなど北の海で慣れていた筈、と思ったけれどグランドラインに入って夏島や春島の気候を心ゆくまで体験してしまってから寒暖の差を激しく感じてしまっている。有難くないことだ。
「だからって、それ。」
「んー・・・。ふれあい広場?」
「ヤなふれあいですね。」
重苦しい水音が耳に響く。
耳を塞いでしまいたいと思うような繊細さなど持っていたら、音を立てる側に回ってしまう。
「お前もやる?」
ほら、とまるでソファの隣を空けるように空間を作る船長。
青白い手首とソレのコントラストが妙に艶かしい。
おれはわざとらしく溜息を一つ吐きつつ、死体の山に埋もれる船長の傍へ近寄った。どれもこれも苦悶と叫喚の表情で時を止めている。いっそ滑稽だ。そうしてそれらの腸へ無差別に手を突っ込み臓物を掻き回す船長の手首を引き抜いた。
心臓に近い太い血管が名残惜しむように船長の指へと絡み付く。それと同時に細い手首がふるりと震えて動きを止めた。空気に触れて寒いのだろう。
生者より死者の方が暖かいだなんて、笑えない話だ。
「そんなものじゃなくてさ。」
しゃがんだまま拗ねるように見上げてくる船長に、屈んで触れるだけのキスを一つ。
「ねえ、おれで暖まってよ。」
血塗れの手を背中へ導き、亡者に向けた視線も奪還。
勢いのまま唇を合わせ、容易い侵入を果たすとおれの好むものがおれの全身を支配する。鼻から抜ける呼吸はきっと互いに無意識で、おれは溺れまいと船長の生温い舌をそっと撫ぜる。


足元の肉塊とどちらが暖かいのだろうか、と思いながら。













fin.





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死後硬直が始まってるかどうかの違い。




120309 水方 葎