* 踊り喰い *





















飯時の食堂は、きっとどんな海賊船であろうと賑やかだろう。
トラファルガー・ロー率いるハートの海賊団もその点は例外ではない。見張りなどで交代制をとっている事を差し引いても食堂に集まる人数は多く、食器の音や話し声で満ちていた。


「踊り食い?」
「そうそう。知ってるか?」
焼き魚にフォークを突き立てながら、キャスケットが目の前のオスロに目を向けた。
先に食事を終わらせていた彼は、頬杖をついて笑みを浮かべる。尤も、オスロという人間は笑みを浮かべていない時の方が少ないのだが。
「・・ひぃや?」
「お前も案外世界が狭いのなー。」
「・・・・。」
魚を噛み千切りながらの答えに、煽るようなオスロの声。
思わず『グランドラインに居る海賊に向かってそれはないだろ』と突っ込みを入れたかったが、魚肉を頬張っているため反論のしようがない。キャスケットは恨みがましい目で彼を睨みながら咀嚼を繰り返すしかなかった。
「踊り食いってぇのはさ、生きてるまま食べるんだよ。」
「・・・・?」
オスロの言葉の意味が分からないのか、キャスケットは尚も口を動かしながら首を傾げる。
「だぁら、生きたまま。動いてるのを口の中に放り込むの。」
「・・・・・・。マジ?」
「マジマジ。」
頷く顔と紅紫の瞳は冗談を言っているようには見えない。少し考えてからキャスケットは隣に座るペンギンへと話を振ってみる事にした。
「ねぇ、ペンさん。」
「本当だ。稚魚などを生きたまま、胃に流し込むらしい。」
「うげぇ。」
話を耳に入れてはいたのだろう、呼び掛ければパンを千切りながら肯定の返事をするペンギン。予想外の早い返事にキャスケットは驚きながらも苦い顔をする。活き良く口や胃の中で跳ねまわる魚を想像したらしい。
「残虐な行為だ、と禁止されている島などもあるらしいがな。」
キャスケットの方には目もくれず注釈を付け加えるペンギンに違和感を覚え、キャスケットが何気なくその視線を追った。追って後悔する。
ペンギンの正面にはローが座り、彼のメインディッシュの皿から一つ二つサラダを摘んでいた。別段これだけなら問題はなく、寧ろ少しずつながらも食物を処理している姿は微笑ましく、また、クルーとして喜ばしい限りである。しかしその様子をじっと見守り・・・つまりローから視線を外さずに黙々とパンを食しているペンギンを見てしまっては『アンタ何をオカズにパン食べてんですか』と心の中で突っ込まざるを得ない。
「ローたま、おれのも食う?」
「トマト。」
「あ、ごめんマヨネーズ付いてr」
「キャスお前の寄越せ。」
「え、あ、はい!」
いつもの光景だ、と物ともしないのか、あるいは眼中に入れないようにしているのか分からないオスロがペンギンを無視して話しかけ、いつもの食事風景へと戻ってゆく。キャスケットも触らぬ副船長に祟りナシ、と息を吐いて手元の魚へとフォークを戻した。
「で、踊り食いが何?お前食った事あんの?」
「んー?いんや、無いけどさ。次行くのって"美食の島カナン"じゃん?」
うんうん、と頷くキャスケットの斜め向かい、ローから厭そうな溜息が洩れる。
先だって仕入れて来たオスロの情報によると、次の行き先は食物や料理で溢れる、観光地としても島らしい。オスロの情報にも、そして次の島を指し示すログポースにも間違いは無いのだ。だからこそ食物を受け付けない身体のローは、確実にやってくるであろう悪日に陰鬱な気分を拭えないでいる。
「いやほらローたま、ログなんてすぐ溜まるって!」
「・・・結局何が言いたいんだよ。」
憮然とレタスを噛み千切るローに、オスロは小さく笑った。
「おれも聞いた事あるだけでさ、カナンで見つけたら試してみよっかなーって思ってて。キャス坊なら結構ゲテモノ食ってそうじゃん?知ってるかと。」
「人を勝手にゲテモノ嗜好にすんなよな!!」
そんな経験無い、と吠えるキャスケット。いくら彼が上品とは真逆の生活を送っていたにしても、そういった食への嗜好は至って普通である。
「寧ろそういうゲテモ・・・珍味系なら、育ちが良いペンさんの方が食べてそうじゃん!」
「ふむ。フカヒレやキャビアなら結構食べたが、あまり好きじゃない。生魚となると活け造りくらいか。」
「自分で話題振っといて何だけど、ちょっとムカつく!そんでもっていい加減船長から視線外したらどうですか!」
一寸の狂いなく、ローと自分のグラスに水を注ぎ足すペンギンの視線は、未だ固定されたままだった。突っ込みやら何やらが追い付かない忙しそうなキャスケットに、ローが呆れた目を向けた。
「お前は喰う側じゃなくて喰われる側だよな。」
「・・・・へ?」
言われた言葉に思わず口を開けるキャスケット。
「ペンギン、お前も。」
「おれもか?」
フォークで指を指せば、見守っていた漆黒の目と視線がかち合う。
その瞬間、オスロが盛大に噴き出した。
「あっはっは!ほんとだ、お前ら二人は食べられる側だよなあ!」
弾かれたように笑い出したオスロの声は食堂中に響くものの、本人はツボに入ったのか中々止まりそうにない。隣に座ったローでさえいきなりの爆笑に驚いているのか目を丸くして小首を傾げた。
「どうしたんだよ、いきなり。」
「いやぁ、あっはっは!!」
目尻に涙まで溜めている始末で、呆気にとられた周囲三人、いや二人は不可解そうにオスロを見やっている。唯一人ペンギンだけがオスロの笑いの意味するところを理解したのか、下らないと吐き捨てて食事を再開させている。
何笑ってるんだ、とキャスケットがしきりに声をかけるが、オスロは涙を浮かべたまま空のトレーを持って立ち上がる。その表情には堪えきれない笑みが張り付いていて。
「さしずめおれは老若男女に"喰わせる側"ってトコかあ?」
あ、飲ませる側でもいいかも、などとのたまいながら機嫌良く食堂を後にするオスロに、意を察したキャスケットが赤面して勢い良く席を立つ。
「さ・・・最ッ低ー!!!変態!!万年発情期!!」
叫び罵声を浴びせても既に本人の姿はこの場に無い。それでも気が済まないのか吼え立てるキャスケット。騒がしい様子を視界に入れつつローは呆れて呟いた。
「イメージで言っただけだが…まあ、間違ってはねェよな。」
「船長はもっと物理的な肉を食べてくれると助かるが。」
ペンギンが差し出したウインナーは、ものの見事に無視される事となった。














fin.





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ローは踊り食いなんて絶対無理そうだよなあ、なんて思ってたら、話がズレてった。
でも日常会話なんてそんなもんだよね。品が無いのはオスロとペンギンの仕様です。




100927 水方 葎