カチャリ。金属音をたてて静かにドアが開かれた。同時に鼻腔を擽る香辛料の匂いに、ペンギンは手を止めて顔を上げる。「よう。捗ってるか?」掛けられた声に振り返ると、ローがドアの隙間からひょいと顔を覗かせていた。その手にはカレーの大皿。匂いの元だ。ペンギンは思わず眉間に皺を寄せる。「もうそんな時間だったか。」「まぁな。」答えながら後ろ手でドアを閉め、ローはペンギンへ皿を差し出した。温め直したか作ったばかりなのだろう、白い湯気がふわふわと立ち昇っている。「おれが作ったんだぜ。」ローの言葉にペンギンは己の耳を疑う。本当かと聞きたくなるのを我慢しながら皿を受け取ると、確かにコックにはあるまじき人参やじゃがいもの切り方をしていた。ルーの色も微妙にいつもと違っている。「そうか。」銀のスプーンを受け取り、ペンギンは頷いた。机上の書類を横に退けて皿を置くスペースを作る。「チェックはどうだ?」「もうすぐ終わる。」今回は予定より早く次の島へ着きそうになっている為、補給物資や船の損傷個所を纏め上げる作業に時間的な余裕がない。しかし作業は既に終わりかけであるし、折角ローが作った(と自己申告をしている)上にわざわざ持ってきてくれたカレーを食べない理由などどこにもない。居座るつもりだろう、すぐ傍のベッドに腰掛けるローを視界の端に映しながらペンギンは手を合わせた。「いただきます。」スプーンを手に取り、濃茶色のルーと艶々と白く光る米を同時に掬う。ローが呟いた。「ああ、それ毒入りだぜ。」口に入れた。「そうか。」スプーンを引き抜き、咀嚼する。途端、カレーの旨味と辛さが口の中に広がった。「無味無臭、致死量。」「そうか。」ペンギンの手は止まらない。部屋には皿とスプーンがぶつかり合う音が静かに響く。「砒素系のアレだ、お前も知ってるだろ?」「ああ。」頷き、飲み込む。じゃがいもが多少の皮を残してルーの中に転がっているのを発見し、口元を綻ばせる。スプーンで半分にしてからペンギンはそれを口に入れた。「食い終わる頃には、死ぬぜ。」カチャカチャ。音は止まないどころか早くなっている。残りの量が少なくなってきた為、ルーや米を寄せ集めていた。「そうか。」皿を傾ける。人参にも皮が残っていた。じゃがいもに芽は無かった。「・・・・・。」もうローは何も言わない。ペンギンをじぃと見詰めている。それでも手が止まる事はなかった。最後の一口も残ったルーを綺麗に寄せて口へと運ぶ。咀嚼、次いでごくりと咽喉が上下に動いた。ペンギンの満足顔とは対照的にローには表情が乗せられていない。氷色の瞳は、あっという間に空になった皿を見ていた。そうして溜息一つ。「もう少し味わって食えよ。」ローの言葉に、ああ、とペンギンは今気付いたような声を上げた。空になった皿にカランと音を立ててスプーンを落とす。

「次はそうしよう。」

そう言ってペンギンは、世界の終わりのような顔で微笑んだ。




召しませ旨し糧