* No Sweets! *




















いつもと変わらない談話室。
今この場所には、ローとキャスケットがそれぞれの時をゆるりと過ごしていた。
3〜4人掛けのテーブルで黙々と本を読み進めるロー。かれこれ一刻は同じ体勢である。向かいに座っているキャスケットは最初手持ちの雑誌を捲っていたものの見飽きてしまい、今はダガーを磨いていた。余程暇を持て余していたのか、普段なら磨こうともしない柄の部分まで細かく磨き上げている。
「コレ、気に入ってるんだけどそろそろ替え時かなあ…。」
磨いては掲げ、窓の外から漏れる光に当てて曇りを確認する。
年季の入ったそれは重厚な造りをしているものの、刃の部分は所々鈍くぼやけていた。
磨いても落ちない汚れ。切れ味の悪さは同時に己の身を危うくすると知っているからこそ、手に馴染んでいようが手放さなければならない。キャスケットは溜息を吐く。
と、そんな時だった。
「・・・甘いもん、食いたい時ってあるよな。」
「・・・・・・へ?」
文字ばかりの分厚い本から目を逸らさず放たれた言葉に、キャスケットはダガーを空へ掲げたまま首を傾げる。
先程の独り言に対して返事を期待していなかったのは確かだが、突拍子も無い言葉が来るとも思っていなかったのだ。
「甘いもの、ですか?」
ゴトリ、と重い音を立ててキャスケットがダガーをテーブルに置く。
それと同時にローも本から顔を上げて、小さく息を吐いた。どうやら本の内容にひと段落ついたらしい。
「唐突に欲しくなる時、ねぇ?」
「ああ、ありますね。酸っぱいものとか、辛いものとかも。」
どうしたんですか、いきなり。そう目で問いつつも、キャスケットは頷く。糖分を欲するのは疲労の表れだと言うが、そうなのだろうか。
しかしキャスケットの視線を受けて、ローが先に断りを入れた。
「別に疲れてる訳じゃねぇけど。」
「そうですか?」
言いながらもキャスケットの視線はローと、ローが持っている本に落とされている。
細かい文字ばかりが羅列している本は、キャスケットからしてみれば眺めるだけで頭痛がしてきそうなものだ。それを読んでいて疲れないという方がおかしいだろう。
自覚が無いだけで脳や目がが疲れているのではないだろうかとあたりをつけたキャスケットは、眉を寄せる。
「果物とか見繕って持ってきましょうか?」
どうせハニートーストとかクッキーを、と言っても断られるのは目に見ている為に最初からその選択肢は消しておく。果物ならローが頷く可能性も比較的高く、糖分もあるだろうと思っての事だった。
「甘い果物…何かあったか?」
「前の島で苺とか入れませんでしたっけ?本当は桃とかあれば良いんですけど。」
思い出しながら席を立つキャスケットの頭の中には、もう机上のダガーの事など入ってはいない。苺なら練乳をたっぷりかければいいだろう、とかパインに蜂蜜でも悪く無い、などと、甘い果物の事でいっぱいになっていた。
「あはは、何だか話に出してたらおれも甘いもの食べたくなっちゃいました。」
「連鎖するよな、こういうの。」
悪戯っぽく笑うローに、「船長には中々連鎖してくれませんけどね」という台詞をすんでのところで飲み込むキャスケット。曖昧に頷いて調理場へ行こうとドアノブに手を伸ばした時、ガチャリと先にドアが開いた。
慌ててその場を一歩下がったキャスケットは、すんでのところで正面衝突を免れる。
「あ、ペンさん!」
「?どうしたんだ?」
最早いつもの事だが、足音、気配なく入ってきた人物はペンギンだった。談話室はローの私室とは違いノックをする必要が無いので、こういった出会い頭がたまにある。
キャスケットが何処かに行こうとする空気を察したのか、ペンギンがその場に立ったまま首を傾げた。
「いえ、実は船長が甘いもの食べたいみたいなので、何か果物でも取りに行こうかと思って。」
「食べたい訳じゃねぇけど…。そういう気分ってあるだろ。」
キャスケットの説明に、ローが後ろから注釈を加える。あくまで甘い物が食べたい!という食欲は無いらしい。それでも、普段の生活からするとそれだけでも大したものだ。
話を聞いたペンギンはそうか、と軽く頷いて室内に足を踏み入れた。
テーブルの傍までそっと歩み寄ったペンギンは、その顔を見上げるローの額に優しくキスを落とす。
「じゃあ、おれが何か軽い物でも作ってこよう。」
そしてまた、口元にふわりとキス一つ。
まるで羽が落ちたように柔らかなそれは、一瞬にしてその場の空気を塗り替えてしまう。
「ハニーチュロスは重いか?パンケーキなら少しくらい食べれるだろう。」
屈んだ姿勢を伸ばしながら思案するペンギンだったが、ローとキャスケットの耳には入らない。
思わず自然にキスを受けとめたロー自身でさえ目を瞬くほど、今のペンギンの行動は息をするほど自然な流れだった。だからこそ日常的にしているスキンシップの筈のそれが妙にくすぐったくて、ローは視線を外して小さく呟いた。
「・・・・やっぱ、もう甘いものはいい。」
「あー…。…おれも、何かもういいです…。」
部屋を出ようとしていたキャスケットも、甘すぎる二人の光景に視線を彷徨わせた。
「どうしたんだ?いらないのか??」
二人の急な心変わりに、ペンギンだけがついてこれずに首を捻っている。



糖分摂取は程々に!












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キャス、ダガーの使い時だと思います(真顔)




100305 水方 葎