* じゃーな *




















ガタン、ガタン。



揺られる電車に身を任せ、ペンギンは手帳に目を落としていた。
もう夜も遅く終電に近い時間である。眠くない訳は無かったが、瞼を閉じてしまえば完全に乗り過ごすだろうと思い明日の予定を確認するに留まっている。



午前中は会議に今日分の書類整理、午後から営業、打ち合わせ…それから新人研修。



都心部から田舎の方に向かう電車なので、席に座っている人はまばらだ。
手帳の内容に飽きて辺りを軽く見回すと、ペンギンと同じようなサラリーマンがちらほらと、加えて大学生だかフリーターだか分からない人。妙に派手な格好をした青年がヘッドフォンから音楽を漏れ出しながらクチャクチャとガムを噛んでいる。
よくある光景だ。
ペンギンは軽く溜息を吐いて手帳を閉じる。ドア上の表示板を見ると、まだあと4〜5駅あった。
少しくらい目を閉じてしまおうか、そう思った瞬間、電車が一際大きく揺れて肩に体重が圧し掛かった。圧し掛かった、と表現したもののそう重くはない。驚いて其方を見ると、大学生くらいであろう青年が凭れてきていた。
「(ったく…。)」
凭れかかったのに気付かない青年は夢の中なのか、謝罪も退く事もしない。
男に寄り掛かられて喜ぶ趣味の無いペンギンは心中嫌気が差しながら、グイと肩を持ち上げる。少し衝撃を与えれば起きるだろうと思っての事だった。
しかし青年に変化は見られない。
「おい、君・・・、」
声を掛けようと、ペンギンは青年を直視した。





短い、黒とも青ともつかぬ髪色。



痩せ細っている身体。



見えない筈の瞳の色を、ペンギンは知っていた。






「―・・・っ!!?」



トラファルガー・ロー、
船長、
ハートの海賊団グランドライン悪魔の実ノースブルー海軍ログポーズ空島ワンピース



ペンギンの頭へ『その情報』が怒涛のように流れ込んでくる。
耐えきれず、思い切り片手で頭を押さえたが、幸いな事に深夜近い電車でペンギンの様子を気にする者は誰一人として居なかった。呼吸を忘れていたペンギンが、思い出したかのように荒い息を吐く。
「( 何 だ 、 こ れ は ! )」






何故忘れていた!?
ずっと共に在り続けると誓い願った筈じゃないのか!?





この記憶は何だ!?
こんなのは知らない、これは誰だどういう意味だ何なんだ!?







自問自答がペンギンの中に溢れる。
同時に『記憶』の意味が分からず、頭の中が掻き回されるように混乱していた。
そうしている間にも電車は順調に進んでいる。
『次は〜・・・上社〜・・・上社〜・・・』
考え込んでいたペンギンは車内アナウンスによって現実へ引き戻された。
同時に肩の重みが無くなっている事に気付く。
「!?」
思わずガバッと顔を上げて辺りを見回すと、いつの間にか電車は駅に着いていた。既に扉も開き、冬特有の寒々しい空気が列車内に流れ込んできている。
そして、ホームには此方を振り返る青年の姿。




「わりぃな・・・寝てた。」




ホームの明かりが逆光になってよく見えないが、その瞳は。




確かに、氷の色―…




思わず立ち上がりかけたペンギンだったが、どう声をかけて良いのか分からず開けた口は音を発する事ができない。流れ込んできた映像は一瞬の内に自分が見た妄想のような夢だったのかもしれないし、万が一本当の事だったとして本当に目の前の青年と関わりがあるのか疑わしい。
頭の中が混乱し、そうこうしていると青年は電車へ背を向けようとしていた。
まるで何事も無かったかのように。
単に隣の人に寄り掛かってしまっただけのように。






「じゃーな。」






ペ ン ギ ン 






声こそ無かったが、青年の唇がそう形作ったのをペンギンは見逃さなかった。
ひゅっ、とペンギンの喉が鳴る。



「ロー!!!」



今度こそ立ち上がりドアへ駆け寄ったペンギンだったが、すんでのところで扉は閉まり電車は発車し始めた。
此方に背を向けた青年は独りホームに取り残され、視界から遠ざかっていく。




ペンギンは、小さくなってゆくその細い背を凝視する事しか出来なかった。












********
この後ペンギンはストーカーばりにローの住所や大学を調べて捕まえに行きます^^
皆さんもストーカーにはご注意下さいね★

因みにロー視点↓









初めて見た時、声を出しそうになった。
確か、大学の図書室で居眠りをして、帰りが遅くなった日だった気がする。
そいつは端の席で、真面目そうな面持ちで小説の頁を捲っていた。



声を、掛けたかった。



海賊だった頃の記憶なんてもう微かにしかないけれど、おれにとってはそれはとても大切で。
・・・・だからこそ、声を掛ける事が出来なかった。
その日から、気が向けばその電車に乗るようになっていた。
逢う日もあれば逢わない日もある。
けれど見かければ必ず同じ電車に乗ったし、アイツが見える所に座ったりした。勿論あいつは気付かない。第一、おれの事なんて風景の一つとして気にも留めてないだろう。



そして"その日"の乗車駅は珍しく電車を満員近くにした。



・・・座る場所が、此処しかなかったから。



おれは自分に言い訳をしながら、何気ない風を装って奴の隣に座る。
今までも何度か視界に入っている筈なのに、男はおれの存在に気付かない。欠伸を噛み殺し眠そうな顔をしながらも、鞄から手帳を取り出してスケジュールを確認したりしている。寝ればいいのに、相変わらず几帳面な奴。
こいつは、おれが隣に居ても分からない。
おれを知らない。
これ以上こいつの姿を見るのは辛すぎて。
つい声を掛けてしまいそうで。
けれどそんな事はこの男の幸せになりはしないと分かってるから思い留まって。
・・・・正直、疲れてた。



「(終わりに、しよう。)」



隣に座れたのも何かの縁だ、これで最後にしようとおれは目を閉じた。
寝ているフリをして、肩に寄り掛かる。




最後なんだから、少しくらい触れたっていいだろ?




それでも時は足早に過ぎ、いつの間にかおれの降りる駅になっていて。
一度揺り動かして諦めたのか、そのままの姿勢のあいつを放置して立ち上がる。





「じゃーな。」





ペンギン、と、懐かしい呼び名は口の中だけで呟いた。
動き出す電車の中から呼ばれたような気がしたけれど、その幻聴に振り返る事はしない。
あいつの・・・、あいつの幸せのためだから。










3日後に大学の校門で刑事宜しく張り込んでいる奴の姿を見る事になるなんて、おれはこの時思いもしなかった。










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取った事のなかった有給を丸々3日使って調べ上げたそうです。
何も知らずいつものように大学の門を通ろうとしたローをいきなり抱き締めるオプション付。

「もう離れない・・・!」<どこのホラーだよ

・・・皆様もストーカーにはくれぐれも(ry
別れの言葉なんて早すぎるよね!お幸せに!




100120 水方 葎