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* 命を預ける行為 * ふわりと、意識が浮上した。 今、何時だろうか。 気だるい身体を持ち上げようとするけれど、見知らぬ圧力が加わり動く事が出来ない。 見ると、腕が回されていた。しっかりと筋肉がついた、男の腕。 誰だか確認せずとも分かるので、おれは小さく息を吐いて寝返りを打った。 すぐ脇には、やはり見慣れた男の胸板。 ぐりぐりと頭を寄せてみる。 行為の後のにおい、嗅ぎ慣れた体臭。 ―ひどく、こころがおちついた。 そう、今夜も性行為をして眠りについたんだったか。 目の前の男が誘ったのだったか、自分が招き入れたのか。 記憶はおぼろげだ。どうでもいい事だからかもしれない。 暗闇の中、おれはぼんやりと考えた。 SEX。性行為。 気持ち良い事は、好きだ。 身体を突き抜けるような感覚、吐精感、それに伴う快楽。 一般男子並みには好きだった、けれど、おれには"やらなきゃいけない事"がある。 それに自慢じゃねぇけど警戒心は人一倍強い。 セックスの相手なんて所詮他人だ、無防備な姿を晒すのは正直心地良いと言い難い。 身体が感じる生理的な快楽と、精神的な快楽は別物だ。 そんな訳で、おれはセックスをどこか冷めた視線で見ていた。 好きでも嫌いでもない。ただの性欲処理行為。 ・・・性行為。繁殖行為。自身を無防備にするもの。 溜まっただけなら自慰で済むし、"運動"でだって昇華できる。 だからおれは滅多に娼婦を相手にしようとはしなかった。 誰がどこで命を狙っているとも知れない、ましてや娼婦なんて会ったばかりの女。 その裏で誰がどう動いているか確認しない内に裸でセックスだなんてする気になれない。 そしてそんな下調べに労力を使うなら、もっと他の事に時間を割きたい。 たとえば・・・実験だとか、解剖だとか、 クルーの体調管理、 島の事、 船の具合、 それから、 「・・・せんちょう・・・?」 ほんの少し寝惚けたような声が頭上から降ってきた。 思考を飛ばしていたおれは声を出すのが億劫で、頭をすり寄せて応えた。 そもそも、声が嗄れていそうな気がする。 そう、気持ち良い自体は好きだ。 けれど、誰かと寝るなんて冗談じゃないと思ってた。 わざわざ貴重な時間を割いて、他人に弱点を曝し、快楽に身を委ねるなんて。 おれはこの船の船長で。 自分の為に、クルーの為に、生き延びなきゃならなくて。 ぎゅ、と回された腕に力が込められた。 ・・・・・・・苦しい、 訳がない。 こいつは、おれに危害を加えない。裏切らない。離れない。 「・・・ 。」 小さく、名前を呼んでみた。 まさかこんな関係になるなんて、おれ自身予想してなかった。 セックス。気持ち良い事。けれどおれにとって、それだけじゃないから。 そう、セックスとは"命を預ける行為"だ。 ・・・例えば極端な話、こいつになら殺されても良いとすら思える。 けれどこいつは、おれを殺さないだろう。 そればかりか、正反対の行動を取る。 希望でも憶測でもない、事実だ。 こいつを知って、初めて自身を預ける、本当の意味で休めるという心地よさを知った。 それはまるでセックスというパズルに、欠けたピースが嵌ったかのようで。 「・・・・・おちつく・・・。」 意識がふわふわとして、抱き締められた胸板の中ぽつりと呟いた。 男は少し驚いた様子だったけれど、満足気に微笑むのが気配で分かる。 それを最後に、おれの思考は溶けるように落ちていった。 これからも、おれはこいつに命を預け続ける。 そしてこいつは、嬉々としてそれに応え続けるだろう。 そんな訳で、おれは今現在セックスが好きだ。 ただし、こいつ相手に限り・・・な。 本人には、絶対言わねぇけど。 ******** 船長って立場で、知らず知らず、相当気を張っていると思う。 精神的にも、肉体的にも、彼に休めるところがあれば良い。 相手はペンギンでもキャスでもお好きにどうぞ。 100116 水方 葎 |