逢魔時




















一人、船首に佇む男が居た。
視線の先には広大な空と海、それは男が見慣れているものである筈だった。


「・・・・・・。」


幾許か前に茜は堕ち、空は藍が支配しつつある。
白く細い三日月は小さく、そして高々と空に浮かんでいた。



視界を埋めるグラディションは鮮やかな侵食。
赤より紅い日が水面に滲み消えてゆく。




男は何を感じただろう。



男は何を思っただろう。




肌を撫ぜる風は勢いを増し、海面独特の潮を運ぶ。
その都度、波のざわめきが耳につくように響いた。










日が沈み、闇が降る。




水面が揺れ、光が消えてゆく。




雲は藍に溶けてゆく。
















「   、 ・・・。 」

















やるべき事、やらなければならない事、船の事、クルーの事、食事のこと薬のこと向かってる島のこと明日の天気のこと刀の手入れのこと今日の戦利品のこと備品のこと揉め事のこと気に入ってた毛皮のことこれからの航海のこと枕のこと血の臭いのことシャワーのこと死んだ奴のこと倉庫にある食料のこと昨日割ったシャーレのこと妙な形をした海王類のこと街で出会った女のことこの前飲んだ酒のこと
殺した奴の断末魔。










脳を埋めるグラディションは緩やかな侵食。
紅より赤い血の色が脳裏にこびり付いて離れない。


男はただ一点を見据えたまま、人知れず小さく息を吐く。


今更赤色に怯えている訳ではない。闇を恐れる訳でもない。
それらは今までも、そしてこれからも男の傍に在り続けるものだから。
















ただ、男は魅入られていた。














「船長。」

背後から穏やかにかけられた声。
男はゆうるりと振り向いた。
けれどブーツの踵は足音を鳴らさない。

二人の隙間を嘲笑うように風が擦り抜けた。



「・・・・さみぃ・・・。」



逆光、更には闇が大分落ちてきている中で、その表情は見て取れない。
けれど男の呟きを、彼が逃す筈は無かった。


「人肌は必要か?」


男に向かって伸ばされる腕。
それを焦点の合わない目でぼんやりと見つめていた男だったが、暖かい掌が頬を包み込むと気持ち良さそうにすり寄った。


「・・・・ああ。・・・そう、だな。」


そうして、猫のように目を細めて嗤う。





















抱き寄せられた男の背後で、茜色が地平線の彼方にとぷりと消え堕ちた。














end.



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うちのローさんこんなんばっかですね。
素材は此方からお借りしました。




100105 水方 葎