* 断りたくない *




















「ペンギン、船長命令だ。」

きた、とペンギンは咄嗟に思った。
天気は良く航海は順調、ここ1週間ほど敵船にも遭遇しない。たまにはこうしてのんびりしているのも悪くないのだが、ローが退屈している時は警戒した方が良いという事をペンギンは学習済みである。
悪戯を仕掛けてくるか、人を試しにかかるか、それとも無理難題を言い付けるか。
特に、船長命令が発動される時は要注意だ。
「・・・・いきなりどうした?」
なるべく穏やかな声で聞き返す。
揉め事はごめんだぞ、とペンギンの心の中で副音声が混じった。

「今から1分間、おれの言葉に全部"断る"って言え。」

また何を思いついたんだか。
「・・・・・・断る。」
とりあえず他のクルーや船に面倒事が起きるものではなさそうだし、何よりローがとても楽しそうに笑っていたので、ペンギンは小さく頷いた。断ったら拗ねてしまい、よほど厄介になるのは目に見えている。
「(まあ、少しくらいクルー達に被害が及んでも船長が楽しいのなら…。)」
副船長としてあるまじき事を思いながら、手元の本を閉じた。
「流石ペンギンだな。」
ペンギンの言葉と頷きに満足そうに笑ったローは、テーブルに両肘を付いてペンギンに向き直る。
分かった、だの了解、だのという返事すら思い浮かばなかったペンギンは、それほどいつも命令というものに敏感だった。キャスケットあたりなら絶対にこの時点でアウトになった事だろう、とペンギンは思う。
まさかそんな子供騙しのような引っ掛けをしたいが為に、このような命令を下した訳じゃないだろうと思っていると、ローが笑ったまま次の言葉を口にした。

「ペンギンとキスしたい。」

この時点でペンギンは、反射的に船長命令を呑んでしまった事を激しく後悔した。
今なら目の前のローの楽しげな笑みの理由も分かるというものだ。
「・・・・・っ、こ、とわる・・・。」
船長命令は己の中で絶対で、回避しようがなかったとはいえ。

「ペンギン、なぁ・・・キス。」

どんな拷問だ、これは。

「・・・・・断る・・・。」

断りたくないのだが!

「じゃあ・・・セックスも?」

…いっその事耳を塞ぎたい気分だ。

「・・・・・・・こ、と、わる・・・・。」

もう、自棄だった。
ローも意地の悪い笑みを浮かべているならともかく、一々眉を顰めたりしゅんと項垂れたりと演技に余念がない。楽しんでいるのは確実だろうが、表面上そう見えないと騙されてしまいそうになる。

「お前の好きにしていいのに?」

「・・・断る・・・。」

かつてこんなにいじらしい姿を見た事があっただろうか、とさえ思う。
やりたいと思ってローが誘えばペンギンが断る筈など無く、ロー自身それを分かっているから伺いを立てる事など皆無だ。だからこそ、必死に食いついてくる姿は新鮮で。
思わず命令違反を犯しそうになる。
「(ある意味試されているという事か・・・。)」
冷静になれ自分、と息を吐く。
ここで動いてしまえばローの思惑通りなのだから。

そこまで考えて、はたとあることに気付く。



「なぁ・・・ペンギン。お前の、欲しい。」



ローがこの時この台詞を言ったのは、偶然か、策略か。
だが、ペンギンには最早そこまで考える余裕は無かった。





「・・・・・、・・・・・、断・・・、




・・・・・、・・・・・、・・・・・




ら、ない。」





「お。」
船長命令だった"断る"以外の返事をしたペンギンへの反応は、薄いものだった。命令違反に怒ったり呆れたり見放そうとする様子は見られない。
その反応に、やはり手中で転がされていたんだな、と苦々しい気持ちになるペンギン。
わざわざ1分間だけと時間を区切り、始めてから50秒あたりであんな台詞の返答を求めるのだ。もしも自分が気付けなかったら、それはそれで種明かしをせず「もう1分過ぎた」と言って終わり、一人ほくそ笑んでいたのだろう。
「船長。」
「なぁんだ、気付いちまったか。」
「性質が悪いぞ…。」
「お前の忍耐力はよぉく分かったぜ。」
先程のいじらしい様子から打って変わって意地悪く笑うローに、やはりいつもの船長が良いと思うペンギンだった。
「今度から素直に誘ってくれ。」
何度も言葉のおあずけを食らったペンギンは、ガタリと席を立つ。そして分かっていたように腕を伸ばしてくるローをそのまま抱き上げた。
「そんなの、つまんねぇだろ?」
「気付けたから良かったものの…。」
「気付くだろ?お前なら。現に、ほら。」
腕のなか、横抱きにされたローはペンギンの首に手を回し、嬉しそうに足を振る。
「キスしてぇ。」
「おれもだ、船長。」
軽い音を立てて交わされるキス。
お互い、こんなものじゃ物足りないのは明白である。





ああ、結局は。


どう転んでもローの思惑通りなのだ。





「(それも悪くない。)」
思いながら、ペンギンは命令を守った褒美を貰う為にベッドへ向かうのだった。












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どさくさに紛れて、言ってみたかった言葉を言ってみたローさん。
きっとペンギンはそこまで気付けてない。




091229 水方 葎